16





「んんー!!」

一段落着いたので、思う存分伸びをする。
とりあえず生活に最低限のものは揃ったし、部屋もそれなりに整った。
冷蔵庫や電子レンジ、テレビやその他大きな電化製品は、買ってから設置までとなるとお金よりも手間が掛かる。
仮の住まいとしてのこの部屋に持ち込むには些か面倒だし、正式に住む場所を決めた時にその場所に持っていくのも手間だ。
だからサイタマに頼み込んで、サイタマの部屋のものを使う許可も貰った。渋々だったようだがOKさえ貰えばこっちのものだ。

それにしても昨日は大変だった。
前の日、荷物を持ち帰ってきてからサイタマの家で晩御飯を頂いたのはいいけど、案の定そのまま部屋でぐだぐだしてしまって。
結局帰ろう(と言っても最早お隣さんだが)と腰を上げたのは夜中で、そのまま自分の部屋にしようも決めた部屋に戻ると寝てしまったし。
で、日が登ってからああだこうだと部屋の整理に入ったが、結局掃除やら買い出しやらで今日の昼まで掛かってしまった。

とどのつまり、とても疲れた。体力的ではなく気力的に。
だが!私は!その疲れもものともしない!何故なら!!
隣に超絶イケメンサイボーグ王子がいるから!!!!
疲れた時に癒しがすぐ側にある安心感に高揚しながら、少し耳を澄ませる。
そう、他に住民の居ないマンション、その上お隣さんだ。少し静かにするだけで隣の声くらい、はっきりとはいかなくとも聞こえるのだ。
サイタマとジェノスくんの話し声を聞いて、あの二人が家に居ることを確認する。
ってことなので早速お邪魔しに行こっと。



「あ、ヒイロ」

家の扉を開けると、隣からほぼ同時にサイタマも出てきた。
しかもヒーロースーツ姿で。

「昨日からなんか物音してたけど、部屋の様子どう?」

「丁度さっき何とかなったところ。で、サイタマはどっか行くの?怪人でも出た?」

「いや、ちょっと見回りにでも」

お、ヒーローっぽい。
被害が出る前に、先に何か厄介ごとを見付けようとするその心意気や良し!
まぁサイタマの場合だと何か別のくだらない考えがありそうだけど。
しかし見回りか、ってことは二人とも暫くは帰ってこないんだろうなぁ…と思ったけど、この話してる間にももう一人は部屋から出てこない。

「ジェノスくんは一緒じゃないの?」

「アイツが一緒だと何かあっても俺の手柄にならねーだろ」

「何ともいやらしい答えを聞いてしまった」

思わずそう口にしたら、C級は手柄が要るんだよ!と強めに言われてしまった。
そうか、そうだったそんな仕組みもちょろっと聞いたことがある。
ヒーローが多いから活動しないヒーローは名簿から除名される〜とかなんとか、その噂は本当なのか。
大変だねぇ頑張ってねー、と応援してあげたらじとりとした目を向けられた。何故だ。


いってらっしゃいと見送ってから、ジェノスくんが留守番してるサイタマの家にお邪魔する。
入ってすぐの廊下からすぐにジェノスくんの姿を確認した。部屋で正座しながら何やら俯いている。
お邪魔します、と告げて上がり込むとジェノスくんはゆっくりと此方を視界に入れた。
…そこで何となく、漠然とした違和感。
動きがいつもよりゆっくりだとか、少し元気が無さそうだとか、本当にそんなレベルだけれど。
残念ながら私は空気を読むことに長けてはないので、率直に尋ねることにする。

「んー? ジェノスくん、どうかした?」

「…その、外で先生と何を話されてましたか?」

少し控えめな、ジェノスくんにしては珍しい目が私に向けられる。サイタマと私の会話が気になった、ということはもしかして嫉妬だろうか。
自分の方がサイタマと過ごす時間は多いのに今更そんな嫉妬もしちゃうとか、本当にこの子はサイタマ先生が好きなんだなぁ可愛いなぁ。
サイタマも表向きはあんなだけど、何だかんだでジェノスくんと居るのを楽しんでるように見えるし、師弟というよりも兄弟みたい。

「今からどこ行くのかって話をちょっとしたくらいだよ」

「……そうですか」

…あれ? なんか反応が悪いな。
こういう時は「変なことを話してなかったんだ良かった!」みたいに表情が和らぐところだと思うんだけど。
まぁ表情に出てないだけで心の内ではそう思ってたりするのだろうか、と一人納得してると「お茶淹れますね」とジェノスくんが立ち上がった。
勝手に上がり込んできた奴にさえもてなしをしてくれてこの子大丈夫かな、顔が良い上に優しすぎるから何か悪い人に捕まらないかな。あ、私にある意味捕まってたか…って誰が悪い人じゃやかましいわ!!


「…ヒイロさんは、ヒーローランキングはチェックしてますか?」

「ヒーローランキング? この前見たっきりバタバタしてたこともあって見れてないなぁ…」

「そうですか…」

わざわざこう話題に出してくるということは、もしかすると変動でもあったのかな。
部屋に出したままの畳まれた布団に凭れるように座ると、台所から湯飲みを手にジェノスくんが戻ってくる。
お礼を言ってから携帯でヒーローランキングを確認しようとしたが、ジェノスくんが口を開く方が早かった。

「先生のランキングがC級342位から5位まで上がってまして」

「………ん? ごめん何位に上がったって?」

聞き間違いだと思って聞き直してしまったが、どうやら聞き間違いではないらしい。342位から5位ってすごいな…多分隕石の件で上がったんだろうけど、順位上がる条件そんなにガバガバでいいのかヒーロー協会。
…いや、考えてもみれば災害レベル竜だったし、その災害である隕石を破壊したのだからそれくらいは当然なのかな…サイタマがあの後もしれっとしてて忘れそうだったけど、本当にアイツすごいことしたんだよな…。

「ちなみにジェノスくんは変動あった?」

「はい、俺はS級17位から16位になりました」

「おー!おめでとう!」

さすがにS級になると飛び級みたいな順位変動はないんだなぁ。
なんて思いながら、今の話題とさっきのジェノスくんの態度が繋がらないなと考える。順位が上がるのは多かれ少なかれ嬉しいものだと思う。先程の話すときの表情を見る限り、きっと自身よりもサイタマの変動が嬉しいのだろう。それはいい、何であれ嬉しくなるのは良いことだ。
でもその話題と、先程のサイタマの事を聞いてきた時の様子とを繋げるには話のピースが足りない気がする。

「それで、その事が何かあった?」

その問いで、正座しているジェノスくんの纏う空気が変わった。
やっぱり本題は順位の話じゃなかったんだろうなと漠然と理解する。

「…先日、ヒイロさんの家…のあった場所から帰って来た時の事を覚えていますか?」

「ジェノスくんと一緒にいた時の事を忘れるほど私の脳はポンコツじゃありません」

「……家が壊れたことで八つ当たりしていた男性のことを覚えていますか?」


「先生は間違いなくZ市を救いました。半壊こそしましたが死人は出ていない、Z市消滅の危機であったのにここまで被害を抑えられたのはもっと評価されてもいいくらいです。しかし一部ではこの半壊の原因が先生であるとして悪者扱いされている…不可解だ。一部の市民は目先のこと、自分のことばかり考えて何故だどうしてだと嘆く。でもそれは今はいいんです、一度に多くを失えばそうなる気持ちも分からなくはない。俺が気がかりなのは先生です。先生はそのような現状を知らない、ご自身が悪者にされているなどもってのほか。知らないままあの人は、そんな噂の飛び交う街に出てしまった。きっともう少し経てば噂も落ち着くのにパトロールだと言われてしまえば、先生のヒーロー活動を邪魔するようなことは俺には出来ません。しかしそうやって見送ってしまって良かったのかと、ずっと心がざわついているんです」

視線はとうに下を向いていて、ジェノスくんの膝に置かれた両手に力が籠るのが見て分かった。
…先日のあの男については覚えている。その男の漏らす言葉にジェノスくんがショックを受けていたっぽいことも。
私が言うのもアレだが、昔から少し浮いていたサイタマにとって、あんな悪口のようなことを面と向かって言われてもきっとすぐに忘れるだろう。…確かに小さく心は傷付くかもしれないが、アイツは多分それが痛みだと気付かない。
だから痛みに気付く前に付けられた傷は塞がる、そんな男だサイタマは。
だから大丈夫だと言った。だから大丈夫だと確信している。

「…ジェノスくんは優しい子だねぇ」

付き合いの長さから、互いにこれ以上の干渉はしないという線引きをしてしまっている私たち。そんな私たちの間で出来上がっている距離に、この子は干渉してくる。
自分にも他人にも頓着の無いサイタマには、きっとジェノスくんのような踏み込んでくる子は必要だ。

「サイタマが心配なんだよね」

「……それは、……はい…」

「じゃあ追ってあげて、サイタマはジェノスくんをきっと拒まないから」

「…しかし、」

「えーいだがもしかしも無い!そこまで自分の心と向き合えてるなら後は行動あるのみよ青少年!!もし何か責められたら私に追い出されたと言っていいから!!」

ジェノスくんを立ち上がらせるのは重さ的に無理だから、背中をバシバシ叩いて催促する。
戸惑いながらも立ち上がってくれたジェノスくんの背中を素早く玄関まで押し、そのまま外に追い出した。
「いってらっしゃい!」と大きい声で告げてから玄関の扉を閉める。…というか考えてみればここサイタマとジェノスくんの家なのに、その家主を追い出すってどういうことだろう怒られたら反論出来ないぞ。

閉めてからサッと顔を青くした私の耳に、扉の外から小さくお礼の言葉が届いた。




- 16 -

*前次#

ALICE+