07
怪人だ。怪人がいる。
サイズとしては普通の人間と変わらない、しかし容姿を見れば一目瞭然だった。
せっかく昨日から良いこと続きで楽しかったのにまさかのこういう仕打ち。人生は良いこと悪いことプラマイゼロだとよく聞くけれどこんな仕打ち。
話は遡ること数分前、意外と早く終えた支度を終えてお昼が過ぎた頃。
この時間から出れば日が沈む前に余裕でサイタマの家に戻れるだろう、そう思って手ぶらで戻るのも何だしとケーキ屋に寄った。
サイタマはともかく、ジェノスくんが何を好きなのかとか全然分からなくて少し時間を取ったのは確かだが、まぁ無難なものを選べたはずだ。要らないと言われたら私が貰う。
そんなこんなでサイタマん家周辺のゴーストタウンに戻ってきた。
そう、ゴーストタウン。
ここ数年で怪人の出ることが多くなり、自然と住む人が居なくなっていったという噂のゴーストタウンだ。
昨日の夜は暗くて気付かなかったが、今朝帰るときにサイタマここに住んでんのかと正気を疑った。まぁサイタマならある程度怪人倒せるだろうから平気なのか。
人っこ一人見えなくて、大した音もなく静かな道。これで怪人が出ないと保証があれば快適な道だなぁとも思った。
でもやっぱりそうもいかない訳で。
人影が、先の角を行くのがチラリと見えた。
なんだ、サイタマ以外にも人が居たりするんだなと興味を持ち、少し歩きを早くしてその角を曲がる。
興味を持たなきゃ良かったと思った。
人影は、人間ではなかった。怪人だったのだ。
確かに髪が長い人だなとは思った。でもそれは髪ではなく、ワカメのような昆布のような海藻だった。
私が驚いて足を止めてしまっていると、私の気配に気付いた怪人がくるりと此方を振り向いた。
「あ、人間だ。俺を倒しに来たヒーローかな?」
くっそ声可愛いな。
不覚にもそんなことを思ってしまったがそんな場合じゃない。
私はその問い掛けに答える余裕もなく、慌てて逃げ出した。
「なんだ、逃げるってことは一般人かよ。面白くないなぁ」
面白くないなら追ってくるのほんとやめてほしい!!
怪人は歩きながら何やら攻撃を仕掛けてきているようだが知らない知らない振り返りたくない!
「あれ」やら「へえ」やらブツブツ言ってるけど、こちとらそんなのも聞きたくない!!
ある程度全力で走った辺りで声も聞こえなくなり振りきったのだと分かった。
良かった、諦めてくれた。
安心感で思わずその場にへたりこんでしまったが、此所も安全な訳ではない。
早くサイタマの家に行こう、息を整えながら辺りを見回すとまた別の問題が浮上してしまった。
「…何処だここ…」
ゴーストタウンとはいえ入り組んだ住宅街、詳しくないくせにあれだけ無心で走り回っていたらそりゃ迷うってもんだ。
途方に暮れていると今度は衝撃音が響いた。
なに、なになに今度は何!?
音がした方を振り向くが、視界には何も怪しいものは映らない。
つまりもっと違う場所で起こったのだろうが、どうするか。
…音が止むまでこの場に居よう。きっとこれが、私にとってベストだろう。
暫くすると音が止んだ。
きっとさっきまでの衝撃音はヒーローが来てくれて、あの怪人と戦ってくれていたのだろう。
そしてその音が止んだということは倒したのだろう。
あー、あー良かった、これでうろうろしても安心だ。ため息一つ吐いてから先程来た道に戻った。戻ろうとした。
視界に映ったのは先程の怪人だった。
即座に身を隠し、状況を整理する。
ヒーローが怪人を倒して止んだと思った音は、逆だった?
怪人がヒーローを倒して音が止んだ?
あの怪人、そんな、そんな、え、嫌だ、やだ、ごめん、ごめんなさい、どうしよう、ごめんなさい、何もできなくてごめんなさい。
その場に座り込み、丸くなるくらいしか私には出来なかった。
「…そういえばヒイロ、遅いな」
先生の声に、ふと暗くなった外に目をやる。
彼女は夕方頃には戻ってくると言っていなかっただろうか、今やもう夕方を過ぎて夜になってしまっている。
「もしかしたら迷ってるのかも知れませんね、この辺りは多少入り組んでますし」
「あー、ありそうだな。探しに行くか…」
そう言いながら台所に立っていた先生が使っていた火を消した。
「俺が行きます。俺なら生体反応を察知して早く見付けられますから」
「そ? じゃあ頼むわ」
あっさりと任された事に少しだけ嬉しくなる。少なくともこれくらいの事を任される信頼を得ていると思うと誇らしい。
その信頼を裏切らない為にも、早くヒイロさんを見付けて帰って来よう。
行ってきますと外に出て生体反応を探す。
やはりと言うべきか、この周辺ではない変な場所に一つ、生体反応があった。
恐らくこれで間違いないだろうと判断し、早急に向かう。
「…ヒイロさん?」
そこまで遠くはなかったのですぐに着いたが、不思議に思ったのは彼女の姿だった。
隠れるようにして丸くなり全く動かない。
何処か具合が悪いのだろうかと近付いてもう一度声を掛ける。しかし反応は無い。
まさか寝ているのだろうか、ならば起こそうと肩に手を置くとびくんと反応があった。反応はあったのだが依然として顔は上がらない。が、その代わりに少し体が震えているようだった。
もう一度、彼女の名を呼ぶ。
するとようやく、彼女の顔が上がった。
「………、…ジェノスくん…?」
「はい、俺です」
ヒイロさんは俺の顔を見て弱々しく笑った。
肩に置いた俺の手を、指を緩く、でも確かめるように握る。
さすがに道に迷っただけにしてはおかしい反応だと思った。
「何かありましたか?」
握られる手をそのままに問う。
だがヒイロさんははゆっくりとした動きで首を横に振り、大したことじゃないよと答える。
あの勢いのある彼女がこんな状態で「大したことじゃない」はないだろう。
しかし答えたくないことを無理に聞くのも如何なものか。
「ごめんねジェノスくん、せっかく来てくれた?ところ悪いんだけど、」
そんな気分じゃなくなったから私やっぱり帰るね
そう続けた彼女の言葉に心がざわついた。
俺は彼女のことをよく知らない。ただとても自分のペースで盛り上がり、よく笑っていたなと思った程度だ。故にこういう状況ではどうすればいいのかよく分からない。
もしここに来たのが俺ではなく先生だったら…先生だったらこの場合どうするのだろうか。
…そうだ、先生に聞けばいいのだ。
「ヒイロさん、失礼します」
「…え、わっ!?」
彼女の荷物を手に持ち、そして彼女自身も抱き上げる。
一先ずは先生の家に連れ帰り、そこで帰すかどうかの判断を先生にしてもらおう。
ヒイロさんにとっても俺にとっても、互いにまだ知り合って間もないのだ。そんな相手に、この状態の彼女が何かを打ち明けてくれる気配は無い。
「え、ちょ、え?」
驚きでか混乱してかで大人しく俺の腕に収まるヒイロさん。もし暴れられても面倒だしそうなる前に帰ろう。
走り出した俺の肩に、控え目に彼女の手が乗った。
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