戸惑う銀色

入学式には緑谷のクラス、1年A組の姿はなかった。式を終えた後に知ったことなのだが雄英高校の常軌を逸した自由な校風は教師側にも言えることらしく、1年A組は入学初日から担任の指示のもと個性把握テストなるものをしていたらしい。

「(そういえばかっちゃんもA組なのかな、こっちにいないし)」

入学式とガイダンスを終え教室に戻った生徒達は各々帰りの準備をしたり教室で雑談を始めたりしていた。「なんとなくA組に遅れを取った気分だよな」というクラスメイトの言葉を聞き流しながら名前は少し肩を落とす。いつも私だけ二人とは違うクラスだ、縁がないというか、少し寂しい。爆豪とは喧嘩別れのようになったまま顔を合わせていない名前だったが緑谷だけでなく彼を案ずる気持ちもあった。どうも、彼の自尊心とプライドは度が過ぎるほど大きく高くなってしまった気がする。

「名前、帰り駅の方?」
「うん」
「おっじゃあ一緒に帰ろうよ、私も電車なんだ」

荷物をまとめながら名前を振り返ってそう言った拳藤に名前はまた心が跳ねた。今まで緑谷以外の人と学校の登下校をしたことがなかった、というか友人がいなかったのだから。返事をしない名前に拳藤は首を傾げる。

「ダメ?」
「いや、いいよ」
「あはは、その間はなんだったんだ〜?」
「女の子と一緒に下校するの、初めてで」

誘ってもらえて嬉しかったの、と名前は拳藤の瞳を真っ直ぐ見つめた。

「さっきも思ったんだけどさ。名前って中学まで友達いなかったの?いや、その、口ぶりから察するとさ?」
「……うん、いなかった。幼馴染み以外は」

友人がいないなんて言って、引かれるだろうか。名前はそう思ったが正しい選択肢が分からなかった、だから嘘をつかず見栄も張らずただ事実を並べることしかできなかった。しかしそんな名前の不安を拳藤は笑顔で吹き飛ばしてしまったのだ。

「なら私が友達第一号じゃん」

名前は呆気に取られた。そんな言葉が返ってくるとは思わなかったのだ。この子はどうして、ほぼ初対面の私にここまで歩み寄ってくれるのだろう。エメラルドグリーンの双眼をじっと見つめる。拳藤はただクラスメイトと友好を深めようとしているだけで何も特別なことはしていないのだが、同級生から避けられてきた名前にとってそれは理解し難いものだった。そして心の底から喜ばしいものだった。

「ありがとう、嬉しい」

名前はそう言って微笑んだ。きっとぎこちない笑顔になっていると分かっている。それでもこの気持ちを精一杯伝えたかった。拳藤はそんな名前を見て満足そうに頷くとおもむろに名前の隣りの席に視線を向ける。その目には子供の悪戯のような茶目っ気が見え隠れしていた。

「ところで名前。さっきから仲間になりたそうにこっちを見ている人がいるよ、気づいてた?」
「なっ、馬鹿、拳藤お前……!」

拳藤の発言、隣から聞こえた慌てふためいた声。よく分からないまま顔を横に向けるとガッシリと体格の良い銀髪の少年が拳藤に食ってかかっていた。

「え〜だってそうじゃん。めっちゃこっち見てたじゃん」
「うっ、それは……確かに見てたけどよう、いきなり話振ってくんじゃねえよ……!」
「ふうん?でもさ鉄哲、名前が登校してくる前までは普通に私らと話してたのにさ、名前が来た瞬間よそよそしくなっちゃってそれってどうなの?」

拳藤の口調は一貫して彼を小馬鹿にしているような感じだ。名前は拳藤の言わんとしていることが分からず瞬きする。入学式前のあの時間だけで私の隣の席の鉄哲と呼ばれた少年と拳藤は随分仲良くなっていたんだなと的外れなことを考えていた。一方少年は拳藤の言葉に焦りの色を強くした。そんな彼を名前がじっと見つめていると彼の宙を泳ぐ目が名前の目とぶつかった。彼は露骨に肩を跳ね上げ、そしてゆっくり名前から顔を逸らすと拳藤に助けを求めるような視線を送る。拳藤は「はあ」と短くため息を着くと席を立った。彼の机に手を置き名前に背を向けると彼女に聞こえないよう小さな声で耳打ちする。

「アンタさあ、私が気を利かせてやったのになんなの?チェリーくんなの?漢見せなよ」
「お前あれで気を利かせたつもりかよ……!無茶ぶりすぎんだよ!ていうか余計な世話だっつの!」
「そう?でも名前と話したいんでしょ?すごいわかりやすくソワソワしてたじゃん。あの子は気づいてないみたいだけど」
「別に話したかった訳じゃ、」
「ならいいけど、鉄哲から避けられてるって感じるんじゃないかなあ名前。さっき『名前が登校する前までは私らと普通に話してたのに』って言っちゃったし」
「な、オメー卑怯だぞ!」
「アンタが女々しいせいじゃん?」

「ほら、シャキッとしな!」っと拳藤から背中を力強く叩かれた少年は「どわっ」と声を上げながら名前に向き合った。相も変わらず少年をじっと見つめる名前と視線がぶつかる。彼は少し狼狽えたがもう引けないと思ったのだろう。重い口を開いた。

「あー、苗字だったよな?その、なんだ。すまん」

少年は名前の見た目に及び腰になってなかなか話しかけられなかったことに対して謝ったのだがそれが分からなかった名前は首を傾げた。

「何に謝っているの?」
「あー……すまん、分からんなら気にしないでくれ」
「そう、分かった」
「それよりこれからよろしくな!俺ァ鉄哲徹鐵ってんだ」
「てつてつてつ……?」
「鉄哲でいいぞ」
「てつてつ?」

二人のやり取りを見ていた拳藤が吹き出した。可笑しそうに肩を震わせながら「よかったな、名前。友達第二号だ」と言う彼女に名前は小さく笑った。

「鉄哲、よろしく」
「おう。よろしくな、苗字」

強面の鉄哲だが話してみた感じいい人そうな印象を受けた名前の心は浮き足立つ。クラスメイトと交流するという感覚は随分懐かしいものであり面映ゆいものだった。

「お前ら席につけ、ホームルーム始めるぞ」

担任であるプロヒーロー、ブラドキングが教室に入ってきた。ヒーローに詳しくない名前は彼のことを知らなかったのだが入学式前の教室に彼が現れたときの生徒達の盛り上がりようを見れば名のあるヒーローだということはすぐに分かった。彼は配布物等を配るなどの雑務を終えると自身のヒーロー談を熱く熱くざっと30分ほど語り、夢を追い雄英にやってきたヒーローの卵たちも流石に疲れてきたところでホームルームを終えた。ホームルームが終われば今日はもう解散ということで、席を立つ生徒達に倣って名前も席を立ち荷物をまとめる。約束していた通り拳藤と帰ろうか、というところで「苗字」と教卓の方から名を呼ばれた。

「お前はまだ帰るな。話がある」

担任のブラドキング先生がそう言った。名前は咄嗟に「はい」と教卓に向かって返事をする。そして眉を下げ拳藤を見た。

「ごめん、今日は先に帰ってて」
「残念だけどしょうがないな。にしても話ってなんなんだ?名前何かしたの?」
「わたしも検討がつかない」

「じゃあね」と小さく手を振って拳藤と別れ先生のもとへ急いだ。話ってなんだろう。心当たりがないしいきなり何かやらかしてしまった覚えもない。不安で心が翳った。

「何でしょうか」
「お前の『個性』について話がある。場所を替えるぞ。ついてこい」

私の個性。ああ、なるほど。名前は少し顔を伏せた。学校には入学時に戸籍届けの写しを提出してある。今のご時世、大抵どんな学校でも個性届けの提出は必要だが、なんといったってここはヒーロー科だ。個性はヒーローにとって重要な項目なのだから、当然先生方も満遍なく目を通すはずだ。そして目に止まったのだろう、私の個性が。おとなしく先生についていくと仮眠室と書かれた部屋に通された。

「やあ!来たね」

名前は目を丸くした。ソファに座り名前を待っていたのは先程の入学式で壇上に立っていたネズミのような犬のような、校長その人だったのだから。ブラドキングは壁に背を預け腕を組んだ。他にも一人、校長の隣になんだかくたびれた少し小汚い男性が座っている。彼も教師だろうか。驚く名前をよそに校長は「さあどうぞ腰掛けてくれ」と向かい側のソファをすすめた。いまいち状況を呑み込めないまま「失礼します」とソファに腰掛ける。

「苗字さんだね?突然呼び出してすまないねえ」
「いえ、それで話って」

つぶらな二つの瞳が静かに名前を見つめる。まるで何かを見定めようとしているようだと感じた。

「そうだね。単刀直入に言おう。君の個性届けを拝見したよ。これまた珍しい個性だ。今まで苦労してきたことだろう」

校長の隣に座る男性が名前の制服の袖からのぞく個性無効化グローブをじろりと見た。

「そして僕とブラドキングで話し合った結果、一年生担当教員の間で君の個性に関する情報を共有、及び監視するということになったのさ!勝手に決めてしまってすまないね」
「監視、ですか」
「そうさ。ヒーローは人を救けるために個性を行使する。しかし人を救けるための強力な個性は同時に人を簡単に殺せてしまう個性であることもある。君がいちばん分かっているだろう。君の個性がまさしくそれさ。それもね、少なくとも僕が今まで見てきた個性の中ではトップクラスだ」
「……はい」

名前は唇を噛んだ。知っている、そんなこと。個性が発現した日。自分の掌の上で儚く消えてしまった命の重みを、あの感覚を覚えているのだから。忘れたくても忘れられない。忘れてはいけない。あの感覚は呪いのようにあの日からずっと名前に付き纏ってきた。

「A組担任の相澤だ。聞くが、お前。個性のコントロールはできるのか」
「はい。できます」
「そうか。ということはそれをつける理由は『万が一誤って人を殺してしまうことを防ぐため』か」
「……はい。そうです。それが怖くて私は人に触れることができません。個性のコントロールができるとはいえ、何が起きるか分からない。暴走して、意図せず発動することもあるかもしれない。このグローブはそのための保険です」

名前の言葉を聞き届けるとA組担任の先生と校長、それからブラドキングは目配せをした。代表するように校長が口を開く。

「なるほど、やはりそうだったんだね。それでは日常生活でのグローブの使用を認めよう。しかしヒーロー活動をするにおいてそのグローブをつけることは致命的だ。それを付けているときは君は無個性と変わらないんだからね。これからこの学び舎で君は君自身の個性に向き合ってそれを克服してほしい。できれば日常生活でもそれを外せるようにね。」
「はい。……あの、やはり私の個性はヒーローには向いていないのでしょうか」
「とんでもない!美しい個性じゃないか。使い方次第さ」

美しい個性。そう言われたのは初めてだった。そもそも個性のことを誰にも話したことがないのだから当然なのだが。

「誰にでも言えることだが個性がヒーロー向きかどうかに固執するのは合理的ではない。まずは当人の心持ち。そして使い方次第。実際お前は実技入試で個性の『人を殺してしまえる』マイナスの側面を使わずにプラスの側面だけでポイントを稼げている」

A組担任の先生が資料を見ながらそう言った。詳しい入試成績だろうか。

「さて、具体的に監視とは何か。簡潔に言うと学校側は君にその『マイナスの側面』の個性使用を禁止する。そしてそれを監視する、ということだよ」
「もちろん、元々そのつもりです」
「話が早くて助かるよ。よろしくね。君の個性のことは一年生に関わる全ての教員に伝えておくから。それじゃあ時間を取って悪かったね」

礼をして仮眠室を出た。部屋を出る時、壁に背を預けていたブラドキングから「お前の力は人を救うために使え」と言われたことが名前の胸に深く刺さった。私にできるのだろうか。校舎の外に出ると日は傾き始めていて生徒の姿はほとんどない。一人帰路につき見上げた空に吐いたため息は寂しく空気に溶けていった。