吐く息が白い。寒さに弱い名前はコートにグローブ、それからマフラーをして慣れない道を歩いていた。家を出る前に母親から渡されたカイロをポケットの中で握りしめる。とうとう今日は雄英高校の実技入試だ。目的地にだいぶ近づいてきたこともあり周囲を見ると多くの受験生が名前と同じように雄英高校へ向かっている。皆緊張した面持ちだ。その特別な雰囲気に不安な気持ちが煽られる。やがて見えてきたゲートをくぐると大きな建物が天に向かってそびえ立っていた。
「(テレビやネットでは見たことあるけど実物はすごいな)」
さすが国立と言ったところか、これが学校だと言うのだから驚きだ。思わず足を止めて荘厳なその建物を見上げているとふと視線を感じた。名前が辺りを見渡すと立ち止まっている名前の横を通り過ぎる受験生達がチラチラと名前を見ている。わざわざ名前を振り返る者もいる。それで漸く自分が目立ちやすい見た目をしていることを思い出した。自分の学校では慣れていたが学校以外で同世代が多く集まる場所へ来る機会がなかったため失念していたのだ。
「(変に目立つのは嫌だな)」
妙な居心地の悪さを感じた名前は顔の半分を隠すようにマフラーを巻き直すと足早に建物へ向かった。
*
隣で緑谷がずっと何やらブツブツ呟いている。
久しぶりに聞く緑谷のヒーロー語りに名前は苦笑する。実技試験の内容の説明をしている人は緑谷曰く有名なヒーローらしいがあまりヒーローに興味のない名前は正直よく知らなかった。
「うるせえ」
「出久、静かにして」
そして爆豪、緑谷、名前が三人並んで座っているこの状況が名前にとって懐かしいというか、ある意味新鮮な物でもあった。いけない、試験説明に集中しないと、と名前は気を持ち直す。仮想敵を倒してポイントを競うという試験内容、相手がロボットなら自分の個性でもなんとかなりそうだ。
「チッ、同じ学校のダチ同士で協力できねえようにしてあんのか」
「ほ、ほんとだ。試験会場違うんだね」
「これじゃあテメェをぶっ殺せねぇじゃねえか!」
「ヒィッ!」
何やら物騒な会話が横から聞こえてくる。名前は口を挟まずチラリと横に座る緑谷を盗み見た。服を着てるから分かりづらいけど出久は前よりたくましくなった。おどおどと挙動不審な感じは相変わらずだけど少しだけ表情も変わった。確かな努力に裏付けられた自信がそうさせているのだろう。かっちゃんもそれに気付いているのかな。
受験生をそれぞれの試験会場へ案内する準備が始まった。名前は意を決して個性無効化グローブを手から外す。それを手の中に収めると「出久」と隣に座る緑谷を小声で呼んだ。
「どうしたの?」
「これ、試験が終わるまで持っててほしい」
そう言って名前が差し出したグローブに緑谷は目を見開いた。
「これって……いいの?僕が持っていても」
「うん、これが私のけじめ。だから、お願い」
「分かった。試験が終わるまで預かっておくよ。お互い、頑張ろう!」
名前はコクリと頷くと小さく微笑んだ。表情も乏しく言葉数も少ない名前をこれ程理解してくれる友人を持ったことを改めて嬉しく思ったのだ。そしてこれで完全に自分の手元にグローブがない状態になった。今から始まるのは自分の個性と向かい合う時間だ。
*
試験会場Cへ案内された名前は会場を見渡し絶句する。学校の何処にこんな物を用意していたのだろう。今日何度思ったか分からない「さすが雄英」という言葉を心の中で呟いた。
すると名前の目の前で同じく会場の規模に驚いていた受験生が振り返った。大きな黒目が名前を捉える。ピンクの肌にツノが生えたその少女は名前と目が合った途端「あー!」と声を上げた。
「さっきの子だ!同じ会場なんだね!偶然!」
どうやら名前のことを知っているらしいその口ぶりに名前は首を傾げる。さっきとはいつのことだろう。何処かで会っただろうか。会っているなら人外っぽい特徴的な外見をした彼女を忘れるはずはないのだけれど。何より、名前は同世代の女の子と話す機会がないのだ。話しかけられた嬉しさと気恥しさでドキドキしながら名前は「あの、」と口を開いた。
「何処かで会った?」
名前の問いかけに彼女はパチパチと瞬きをすると「あはは、ごめんごめん〜!」と笑う。いっそう首を傾げた名前に彼女はこう続けた。
「君、校門をくぐった所で雄英の校舎をしばらく眺めてたでしょ?すごい目立ってたよ〜!この人こんな所で立ち止まってどうしたんだろう?って思って見たらすっごい美人でかわいいんだもん!なんかキラキラしてた!しばらく見とれてたから私の中ですっかり君友達になってたよ〜!だからいきなり話しかけちゃったんだ、ごめんね!あっ試験お互い頑張ろう!じゃあまたね〜!」
一方的にまくしたて嵐のように去っていった彼女に名前は置いてけぼりになった。すごく、元気な子だったな。しばらく見とれてたから彼女の中では友達になってた、という思考の飛躍は特にすごい。名前は呆然としながらも心が踊った。
「(同世代の女の子と話しちゃった)」
実際のところほぼ一方的に話しかけられていただけなのだが名前を浮き足立たせるには十分だった。もっとも顔に感情が出ない名前は無表情のままなのだが。
「(もしかして雄英に入れば他にもあんな子に出会える?)」
希望的観測、自分に都合の良いことが頭に浮かぶ。彼女は「またね」と言って去っていった。合格して雄英でまた会おう、ということなのだろう。もちろん名前だってそのつもりでここに来た。今、自分は人生の岐路に立っている。ここから変わる、いや、変えるのだ。
名前はいつもあるはずのグローブがない、自分の手をギュッと握りしめた。