紡がれる言葉たち


少しでも気を緩めれば顔がにやけてしまう。学校に着いた俺はまだ誰もいない教室で一人、口元を手で覆った。もう片方の手にはスマホ。無機質なデジタル文字が「苗字名前」という名前を表示している。名前。それが苗字の名前。ああ、俺、本当に。

「ーーッシャア!」

一人で元気にガッツポーズをキメるくらいには今の俺は浮かれている。もう一度画面に目を落とした。俺、本当に苗字の連絡先ゲットできたんだ。信じらんねえ。もう一度確かめる。浮かれる。その一連の動作を何度も繰り返した。それから今朝の苗字とのやり取りを思い出す。


『切島くんのそういうところすごく好きだ』


あ、いきなりやばいやつ思い出しちまった。これはめちゃくちゃ心臓に悪かった。曲がりなりにも好きな子から好きって言われたんだから動揺しない方がおかしいと思う。しかもこの時の苗字の表情は今までに見たことないようなもので。まるで愛しさとか慈しみとかそういった感情が溢れて零れ落ちたような、そんな微笑だった。あんな顔されたら期待しちまう。それとも彼女は気を許した相手には誰にでもあんな表情を見せるのだろうか。そこらへんのことは普段の苗字を知らないから全く分からない。
とりあえず連絡先は手に入れた。一ヶ月前の俺に今の俺は苗字と毎朝話してるし連絡先も知ってるぜって言ったら驚くかな。驚きすぎて信じねえだろうな。
もう一度手の中のスマホを見る。この時まではただただ舞い上がっていた。しかしこの後すぐに新たな壁にぶち当たることになる。





「マジか!やったな切島!とりあえずデート誘えよ」

例のごとく放課後上鳴とやってきたファストフード店。奴の言葉に飲んでいたコーラを吹き出しそうになった。

「待て待て待て!なんでいきなりそんな、デートとかいう話になるんだよ!無理だって!」
「え?連絡先聞き出したくらいだからちっとは積極的になったんかと思ったけど相変わらず堅いな〜。女子高の子が連絡先教えてくれたってことは即ちデートもオッケーってことなんだよ」
「いやお前が軽すぎんだろ!なんだよその解釈!」
「え〜、じゃあお前どうすんだよ。折角連絡先聞いたのになんか連絡しねえの?」
「!それは、」

そこで俺は気付いた。連絡先を聞くっていう目標を達成したところでそこで終わりじゃないということに。そう、連絡先を知ったなら連絡しないと意味がないのだ。完全に舞い上がっていた自分が阿呆らしく思えてきた。

「よっしゃ、じゃあ今なんかメッセージ送ってみろよ」
「はあ!?」

上鳴はポテトをつまみながら片眉を釣り上げた。「ほら早く早く」とか言ってやがる。なんかすげえムカつくんだけど。

「なんかって、何送ればいいんだよ……」
「だからデートとか」
「無理……いやここで尻込みするのは男らしくねえか?いやでも、」
「お前難しく考えすぎじゃねえ?『今何してる〜?』とかでいいんだよ」
「それ俺の下心見え見えじゃねえか」

そう言いながらスマホを取り出してトークアプリを開いた。連絡先をスクロールして見つけた苗字の名前を恐る恐るタップする。画面がトーク画面に切り替わった。ここに文字を打ち込めば苗字にそれが届くのか。指がキーボードの上を行ったり来たりする。お、押せねえ。何打ったらいいかさっぱり分かんねえ。眉間に皺がよるのが自分でも分かった。

「何書いたらいいか分かんねえなら俺が代わりに送ってやるよ!それ貸してみ」
「いや待て待て!お前ぜってえ余計なこと書くだろ!」
「まあまあ、俺に任せたまえよ」
「任せられるか!」

上鳴が身を乗り出して俺のスマホへ手を伸ばしてくる。コイツ完全に悪ノリモードになってやがる!マジで勘弁してくれ、こっちは真剣なんだよ!必死に上鳴の手を避けスマホを庇っているとあいつが手を伸ばしてきた拍子に自分の手で画面を触ってしまったことに気づいた。しかも苗字とのトーク画面を開いたままだったような。無性に嫌な予感がした。慌てて画面を確認するとその嫌な予感は的中することとなる。思わず「なーッ!?」と訳の分からない声を上げた。

「お前のせいで誤送信しちまったじゃねえか!」

画面には意味をなさない適当な平仮名が三つ並んでおりそれが苗字へ送信されたことになっている。「えっ!まじで!」と上鳴が目を見開いた。お前なんでちょっと楽しそうなんだよ。
冷や汗が蟀谷を伝う。何か、早く上手い言い訳を考えないと……って、は、

「既読ついた……!?早!」

俺が誤って送ったメッセージの横に既読と表示された。苗字が俺のメッセージを開いたというサインだ。ただそれだけのことで、この画面の向こうには苗字がいるのだと急に現実味が湧いた気がした。「まじで!?早いな!面白くなったきたぜ」と向かいから声が聞こえる。うるさい、上鳴はちょっと黙っててくれ。頭ん中が真っ白になる。待ってほしい。早すぎる。まだ心の準備も上手い言い訳も何もかも整理できていないのに。そのとき、シュッという音と共に新たな文字が表示された。

『どうしたの?』

ただ一言。そんな五文字にさえ苗字の声を探した。ああ、これ苗字なんだな。苗字がスマホを通して俺に届けてくれた文字という形をした声。状況はすこぶるマズイのにそんなことを考えてしまう。好きだ、何故か分からないけど改めて痛感した。


『スマン!』
『ダチと話してて余所見してたら、』
『ちょっと手が滑ったっていうか誤送信しちまった』


素早くそう打ち込んで送信を押す。苗字は俺とのトーク画面を開いたままだったようで送信と同時に既読がついた。それから数秒後彼女からメッセージが連投される。


『そうなんだ〜』
『何もないならよかった!何かのSOSとかだったらどうしようって思ったよ』
『私も今、友達と駄弁ってたんだ〜』


だんだん文字が頭の中で苗字の声として再生され始めた。俺、重症かな。ニヤけそうになる口元を手で覆うと向かい側の上鳴が「何!?何話してんの!?教えろよ!」と騒ぐ。「後でな」と答えて再び画面に目を落とした。指を画面内のキーボードに走らせる。


『心配かけてごめんな。てか俺と話してていいのか?』
『いいよ〜友達四人で集まってすごいダラダラしてるだけだから』
『へー、じゃあ学校?』
『そう!切島くんは?』
『俺は学校近くのファストフード』
『いいな〜ポテト食べたい!』


『まあ今たこ焼き食べてるけどね!』苗字はそう続けたあと妙にリアルなたこ焼きのスタンプを送ってきた。俺は思わず吹き出す。なんだよこのスタンプ、なんでこんなの買ってんだよ苗字。そのとき、妙にじっとりした視線を感じた気がして顔を上げるとジト目の上鳴が俺を見ていた。

「ああ、悪ぃな上鳴」
「いいぜ〜、俺に構わず続けてくれよ」
「って言う割に不満げだな。さっきまでノリノリだったくせに」
「いや〜、お前のことは応援してっけど実際に目の前でイチャつかれるとリア充爆発しろって思うな。爆豪爆破してくれねえかな」
「本音ダダ漏れだな」
「てか結果オーライじゃん。俺のおかげだし感謝しろよ」

結局、その日は夜まで苗字とのやり取りは続いた。内容はとても些細で他愛ないものばかりだけど、どれも苗字の発言がいちいち苗字らしくて画面の文字を目で追いながら笑ってしまう。そしてその度に、ああ好きだなって思う。苗字のことも、苗字とのゆったりとしたこの時間もどっちも大切にしていきたい。


『じゃあまた明日な』
『うん、おやすみなさい〜』


別れの挨拶と共にデフォルメされたオールマイトが「おやすみ」と言っているスタンプが送られてきた。また一つ笑みを零して眠りにつく。そんな夜。