最終ソワレ
彼はいつも丁寧に私に触れてから行為に及ぶ。ところどころに愛の言葉や雑談を挟みながら。だがその日はなんだか焦っているように見えた。音を立てて部屋に入り、服を脱ぎ捨てる。彼の急な行動に動揺している私を押し倒して口付けた。こんなことは初めてで思わず彼の胸を押して抵抗してしまう。
「な、何か、あったのですか?」
「うるさい」
そう言われてしまえば私が声を上げることはなくなり、大人しく彼に抱かれることになる。私にとっての一番の優先事項は彼の意思であって自分に何があろうが関係ないのである。大人の余裕を欠いて獣のように私を貪る彼の頭に触れると、彼は私を叱るときのように睨みつけた。頭を優しく撫で、数回往復した後、胸の中に彼を閉じ込めた。ぎゅうっと抱きしめる力を強めていくと、彼の男らしくがっしりとした体つきと熱が感じられた。
彼はそのままじっとしていたが、私が何も言わないせいか自分で私の腕から抜け出して、落ち着きを取り戻したようにゆっくりと口付けの雨を降らせた。
彼は珍しく私を優しく抱いた。体を撫でる心地よい熱に微睡み、暗闇に落ちてゆく私に口付けたのが彼との最後の記憶。目が覚めた時、ベッドにいたのは私一人だった。
「いい加減話したらどうです」
レースカーテンが取り払われても檻にいることに変わりは無い。鎖に繋がれて更に囚人さが増した気がする。彼が現れなくなってから少し経って、目の前の椅子に座り私に心無い言葉を投げた人間が四人目になった時、次に現れたのは美しいブロンドを後ろで編んでいる少年だった。少年はまるで魔法使いのようだった。彼に貰った腕輪を小さな薔薇の冠に変えて、私の頭にのせた。
「彼、もう三十は超えてますよね?まさか相手が十以上離れた子供だとは思わなかった」
少年の方が私よりも年下だろう。そう思ったが口に出せる訳もなく彼の宝石のような瞳を睨みつけた。
「はぁ。早く話した方が楽になれると思うけどなあ。女の子に酷いことはしたくない。尋問で無理なら拷問することだってできるんですよ」
「……じゃあ聞くけれど、貴方、自分の家族や友人の情報を話せって言われて簡単にベラベラ喋れるのかしら。もしできるのなら相当な薄情者ね。お友達のことを不憫に思うわ」
突然話し出した私に驚いたのか、少年は腕を組んだまま目を見開いていた。椅子から立ち上がり私の隣に座った。腰に手を回されたが、私はもうランジェリー姿では無い。しかしシルクのネグリジェの下では今でも深紅のそれが私を優しく包んでいる。慣れない白の服を着るのは突然この部屋に押し入ってきたこの少年の色に染められていくようで嫌だった。とはいえ、ずっと部屋に閉じ込められろくに運動もしていない私が抵抗したところで勝てるはずもない。
「僕の仲間は君に相当酷いことを言ったみたいですね。怖い、なんて思ったことは?」
「……言葉の痛みも暴力も快楽も、ここに来てから全部知り尽くしてしまったから」
「そんなことをされたのにも関わらず、君は彼のことを話さない。彼に呪われてるんじゃあないですか」
自分は誘拐されてここにいるはずなのに、いつの間にか愛が芽生えてしまった。それは彼がいなくなってしまった今でも変わらない。彼の霊が未だに私を雁字搦めに縛り付けているのだ。呪いだと言われても仕方がない。だが、少年のその言葉に何故か怒りを覚えた。
「死んだ彼が今でも私を想ってくれているなら、それは呪いじゃなくて祝福だわ」
自分の体を抱きしめながら言った。そしてその手は身体のラインをなぞりながらだんだんと下がって、一つの場所に辿り着いた。下腹部。その内側にあるものは……。
「……まさか」
これに気づいたのは最後に彼と会った日の少し前のことだった。彼は何も言わなかったけれど、孕んだ私の体を労る訳でもなく、通常通り私を抱いたので、もしかしたら彼は堕ろして欲しいと思っていたのかもしれない。だが、彼が私に残してくれた唯一のものを殺すなんてできるはずがない。
「やれやれ。妊婦となればさらに手荒なことはできませんね。仕方ない、君に二つの選択肢を差し上げましょう」
少年は腹を撫でる私の背中を擦りながら話し始めた。決定権があるということは、今まで来た人達の中でも権力がある人なのだろうか。明らかに私よりも年下なのに遥かに立派だ。地位だけでなく凛々しい出で立ちからもそれは感じられた。
「一つ。君はこの部屋で暮らせるが、自分で働かなくちゃあならない。だが彼のことを他言しないよう監視を受けることになる。二つ、君はこの部屋で暮らすことはできないが、拠点で僕の秘書として働く。君は一気に高給取りだ。その子供も不自由なく暮らすことができるだろうね」
「……あなた、二番を選んで欲しいのね。まあ、私は別になんでもいいわよ。好きにすればいいわ」
それは本音だった。この部屋には確かに彼との思い出が詰まっているけれど、ほとんどは快楽という名の拷問だ。なによりここには家具がない。頼る人もいない。少年のことはあまり好きじゃあないけれど、お腹の子のことを考えればお金はあった方がいい。
「決まりだな。僕はジョルノ。パッショーネのボスのジョルノ・ジョバーナです。鴇子、今日から僕が君の主人だ」
まさか彼がボスだとは思わなかったが、あの日が私の第三の人生の始まりだった。久しぶりに浴びた太陽は眩しすぎてしばらく目を開けなかった。高級そうな黒い車に乗せられて市街地を走る。これで良かったのか。そう考える度に彼のことが頭に浮かぶ。ローズを求めてネグリジェに顔を埋めたが、そこにあったのは甘ったるい薔薇の香りではなく、柑橘系の爽やかな香りだった。