コバルトブルーに愛を溶かす
青い海、白い雲。八月の熱に照らされて水平線がじりじりと揺らいで見える。係決めを休んでいたせいで押し付けられた環境委員の仕事は意外と忙しく、夏休みでも掃除の為に登校しなければならない。昼前になんとか仕事を終わらせて学校を出た私を待っていたのは、いつもの帽子に半袖のポロシャツを来た承太郎だった。彼の傍にはバイクが止められている。承太郎は私を後ろに乗せて家とは反対の方向にバイクを走らせた。そうして連れてこられたのがこの海岸だ。片道二十分ほどのそこはたくさんのカップルや子供連れで賑わっている。更衣室も借りられるか分からないほどの混雑具合だ。
「どうするの?どこかのお店のトイレでも借りる?」
「任せな。静かでいい所知ってるぜ」
更に十分ほど海岸沿いに走ったところでバイクは止まった。岩が多いが僅かに砂浜がある。堤防沿いの急な階段を降りると、爽やかな潮風と潮音、蝉の鳴き声だけに包まれる。まるで夏の欲張りセットだ。そう言うと承太郎は意味が分からないと言って笑った。
去年か一昨年くらいから承太郎の家に放置していたシンプルな空色の水着は少し小さくなってしまっていた。キツくなってしまった部分を引っ張れば幾分かマシになった。
「すまねえ。上着を持ってくるべきだったな」
「私が太ったのが悪いんだし、大丈夫よ。こっちの海岸に連れてきてくれて助かったわ」
「いや、太ったと言うより……」
どうしても肌の露出が増えてしまって困る。紐がピッタリと体に沿っているせいで胸元が苦しい。髪を結い上げて誤魔化すようにコバルトの海に飛び込んだ。掃除での疲れが一瞬で消える。潜って底の貝を拾ったり、それを陽の光に当てたりして遊んでいると承太郎が浜辺で何かを探しているのに気づいた。
「どうしたの?承太郎は入らないの?」
「海水浴だけが海の魅力って訳じゃあないぜ。ここは人が少ないから生き物もたくさんいる。例えば……ほら」
承太郎が指さしたところを凝視すると、小さなハサミを持ったそれが岩陰に逃げていくのが見えた。カニだ。よく絵本や鍋で見るような真っ赤なやつではなく、岩と同じような黒っぽいカニ。よく見てみると奥の方には大量の仲間がいる。集合体恐怖症だったら目眩がしていたかも。
「でも冬になったら海水浴はできないでしょう?せっかくだから一緒に泳ぎましょ!観察には後で付き合ってあげるから!」
「……やれやれだぜ」
そう言って承太郎も着替え始めた。波打ち際で貝を探したり、浅いところで水をかけあったり、少し深いところで競走したりした。ひらりひらりと足を動かしながらゆったり泳いでいた私の方へと承太郎が泳いできた。足がつくところまで戻って彼の方を向くと、私の濡れた髪を耳にかける。私の髪は彼よりも少し明るい色。
「泳ぐのが上手いな、人魚見てえだ。人魚は美貌と歌声で人々を惑わせる。……俺もお前に振り回されてばかりだな」
「ふふ、ありがと。もしも私が本当に人魚だったら、承太郎みたいなかっこいい人、すぐに海に連れてっちゃうかもね。欲しくなっちゃうもの!」
そう言うと承太郎は恥ずかしそうに顔を背けた。いつもこういう時は帽子で顔を隠してしまうから分かりづらいが、彼だって思春期の男子高校生だ。人並みに照れることだってある。けれど、やはり私は人魚にはなりたくない。どこかの国の童話では、人魚には不死の魂がないので人間との恋は成就しないと言われているそうだ。例え人魚が美しくても、承太郎と結ばれないのなら意味が無い。
制服に着替え、海の家で遅めのお昼ご飯を食べたあと、私たちは砂浜で生き物の観察をした。承太郎は凄く詳しくて私が拾ったものの名前をすぐに当ててしまう。
「鴇子、これやる」
そう言って差し出されたのは青みがかった紫色の美しい貝殻だった。ぐるりと渦を巻いている。それを受け取って耳元に当てたが潮音は聞こえなかった。
「ルリガイだ。今の時期は珍しいが、秋になればもっと浜辺に打ちあがると思うぜ」
ネックレスにしたらますます人魚みたいだろう。何度か光にかざして見た後で、厳重にハンカチに巻いてポケットにしまった。私も何かあげられないかな。そう思って辺りを探すが良さげなものは何も無い。承太郎の胸に飛び込んで首に手を回した。
「ありがとう。でも私、あげられそうなものは何も無いわ」
「別に、何か欲しくてあげた訳じゃあないぜ。そうだな……俺とまた海に来てくれないか」
承太郎の純粋で小さな願いに驚いた。この男、意外とピュアだ。約束だと言って口付けるとまた頬を赤くして顔を背けた。その時にもらった貝殻のネックレスは、エジプトへと旅する今でも私を守ってくれている。