予感と青ときっとそれだけ




※死ネタ

鴇子の身体から血が流れるのを俺はただ見つめていた。DIOの嘲笑うような声と野次馬の叫び声が遠くで鳴っている。時間が遅くなったのかと錯覚した。吐き気がするほど鮮烈な紅に、彼女の死が現実であることを嫌でも理解させられる。今すぐにも駆けつけたかったがDIOに投げられたナイフのせいでそれは叶わない。
彼女のスタンドが静かに目を閉じた。本体と同じ翡翠の瞳は仄暗く濁っていた。もう、二度とその翡翠に見つめられることはないのだ。スタンドはやがて霧のように消える。

「ふ、この小娘の血も後で吸ってやろうではないか。…………こいつとは既に寝たのか、承太郎?まァ……若い女なら処女でなくとも美味いがな」
「……ッ」

DIOの下衆な言葉に身体中が怒りで燃えるのを感じた。手を爪が食い込むほどに握りしめる。DIOは相変わらず口角を上げたままだ。



「承太郎の青い目は海みたいね。とっても素敵!」

旅の途中に立ち寄ったホテルので、彼女は俺の瞳を覗き込んでそう言った。ぐいっと突然縮んだ距離に驚いて思わず煙草を床に落としてしまった。つまんで灰皿に投げ入れる。鴇子は人のことを褒めるのが好きだった。花京院やポルナレフはそんな彼女にベッタリで、いつも甘やかされていたような気がする。面倒見がいいのは昔からだった。――この歳になって言うのもなんだが、彼女が他のヤツを甘やかしているのを見るのはあまり好きじゃあない。幼い頃から一緒だった彼女を盗られたみたいで嫌だった。
目の色のことを言われた時、俺はなんだが小っ恥ずかしくて何も言えなかった。ふいと顔を背けても彼女は微笑むだけで何も言わない。お互いに慣れているからだ。
今になってそれを後悔している。彼女の翡翠の瞳はまるで本物の宝石のようだと、昔からずっと思っていた。かと言って本物の翡翠をじっくり見たことはないのだが、例えるなら、博物館に置いてあるどこかの国の女王がかつて身につけていた冠とか、どこかの民族が宗教行事に使っていたアクセサリーとかを飾るような、神秘的なもの。そう感じていた。

「鴇子さんは本当に綺麗な人だな。あんな幼なじみがいるなんて君は幸せ者だよ」

花京院は言う。
初めて会った時のことはもう覚えていない。物心ついた時から彼女はそこにいた。うちに遊びに来た時も、俺が高校生になるまではよく一緒に遊んでいた。ガキの頃は庭で駆けずり回ったり池の生き物を観察したり。中学生になってからはよくファミコンで遊んでいた。
彼女の存在について深く考えたことはなかった。横にいるのが当たり前で、一週間家に来なければ心配になるくらいの、家族同然の関係性。この旅に来てからみんなに幼なじみがいて羨ましいと言われる。挙句の果てには、逆らえないのをいいことに彼女の腰を抱いたスティーリー・ダンにまで似たようなことを言われた。

花京院が彼女のことを好きだろうというのはすぐに分かった。鴇子がどう思っていたのかは知らないが、とにかく花京院の態度は分かりやすかった。
鴇子のことを恋愛として『好き』と思ったことは無い。情欲などに左右されない、愛情のより深いところに自分たちはいると思っている。それは友人や恋人というように簡単に名前を付けられるものではなかった。

 
そんな関係も今日で打ち切られる。
DIOをぶちのめした後、SPW財団の車に鴇子の遺体を運び込んだ。彼女の手は冷たかった。子供の頃一緒に食べたアイスなんかよりも、ずっとずっと冷たい、真冬の雪のようだった。いくら手のひらで温めても溶けない雪だ。

「……DIOは俺が倒したぜ。だから安心して――――」

人知れず死闘が繰り広げられたエジプトの大地に朝日が昇る。それでも溶けない冷たい手を頬に当ててそう言った。ふ、と彼女の頬が緩んだような気がした。
花京院、アヴドゥル、イギー。この短期間で命を落とした仲間たちや、殺された無実の人々の無念を晴らすことはできただろうか。いつかみんなで撮った写真の中で彼女が笑っている。その天真爛漫な姿を指でなぞった。








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