エバーグリーン・ルーム








「典明くん、おかえりなさい!」

扉を開ければ、胸元に愛しい彼女が飛び込んでくる。ご飯にする?お風呂にする?それとも――――なんて漫画でお馴染みのセリフは聞こえなかったが、暖かい部屋のおかげで用無しになったマフラーと手袋を脱がせてくれた。それはエジプトの旅の次の年、クリスマスプレゼントに彼女が編んでくれたものだった。もう緑の学ランは着ていないけれど、深緑色のそれのおかげで職場でも僕のイメージカラーはグリーンだ。
廊下の奥から甘いミルクのような匂いがする。今日の夕飯はシチューだろうか。洗面所で手を洗い、スーツから部屋着に着替えた。居間の方へ向かえば案の定机の上にホワイトシチューか並んでいる。

「今日は寒かったでしょう?たくさん食べていいのよ!」

僕の向かいにエプロン姿の彼女が座る。
吸血鬼を倒すために旅をしていたあの頃は、自分がこんなに幸せな生活をすることになるだなんて考えもしなかった。彼女の体にはその時の傷がまだ残っている。もちろん、心にも。

「ねえ、私の名前呼んでみてよ」
「どうしたんだい急に……鴇子?」

シチューを混ぜていたスプーンを置いたかと思うと、下を向いたまま視線をあちこちに向ける。そわそわしているようなこの仕草は、彼女が隠し事や恥ずかしい事がある時の癖だ。だんだんと頬が赤くなっているのに気づいた。

「そうじゃなくて……その、フルネームで呼んで欲しいの」
「……花京院 鴇子」

僕がそう言えば彼女の頬はチェリーのように赤くなる。もう結婚して一週間近く経つけれど、彼女は未だに慣れないらしい。配達で荷物にサインをする時や、仕事や役所の書類に名前を書く時、新しく入ってきた職場の後輩に名前を呼ばれる時。この照れ具合で彼女は大丈夫なのかと思わず笑みがこぼれる。

「花京院鴇子……萩宮鴇子じゃなくて花京院鴇子かぁ……ふふ」

結婚式ももうそろそろだ。ウェディングドレス姿の彼女に指輪をはめるのが待ち遠しい。どこか自然豊かで住みやすいところに一軒家を立てて、子供を育てたりするのだろうか。女の子なら鴇子に似てかわいい子に、男の子なら鴇子のように元気で運動神経の良い子になって欲しい。
なんだか心が暖かくなる。体を乗り出して、手を伸ばして彼女の頬に触れる。鴇子は驚いてびくりと体を震わせたが、顔を赤らめたまま僕の頬に擦り寄って笑った。






TOP