チョコ味のマイルドキス
「承太郎、はい!」
そう言って手渡されたのはリボンで包まれた小さな箱。いつも俺に付き纏っているやかましい女たちを押しのけて逃げるように家に帰ったところで、いつの間にか先回りしていた鴇子を見つけたのだ。むしろ、今日はこれを楽しみにしていたと言っても過言ではない。去年はブラウニー、その前はガトーショコラだった。楽しみで心が奔りだしそうになるのを表情に出さないように気を引き締めた。
「クッキーか」
「ええ。承太郎、甘いものそんなに好きじゃないでしょ?だからビターチョコレートを使ってみたの」
ピンクのリボンを解いて箱を開けば、そこには四つの小さなガナッシュクッキーが並んでいた。バターとチョコレートの匂いが食欲を誘う。
そのうちのひとつをつまんで口に放り込んだ。サクサクとしたクッキーの食感とビターチョコレートの苦味に混じった僅かな甘さは確かに一級品だったが、何よりも鴇子が俺の為に手作りした菓子だというのがこのクッキーの俺の中での価値を何万倍にも引き上げていた。
普段よりも丁寧に咀嚼してから味わうようにゆっくりと飲み込んだ。そんな俺の様子を微笑みながら見上げる鴇子と目が合った。そのまま逸らしてしまうのがなんだか勿体なくて、残りの三つのクッキーのうちの一つを彼女の唇に押し付けた。
「んぐっ……もう、せっかく承太郎のために作ったのに」
「おすそわけだぜ。それとも、俺からのプレゼントは嫌いか?」
鴇子の口の端に付いていたチョコを指で拭って口に含めば、彼女は面白いくらいに顔を真っ赤にして俯いた。
「あともう一個、分けてくれたりしないの?」
「……やれやれだぜ」
さっきまでの照れていた彼女はどこへやら。あーん、と口を開けて待っている鴇子に再びチョコを食べさせた。今度は指の腹ではなく自分の唇で彼女の口を塞いだ。くぐもった声に混ざって咀嚼音がダイレクトに伝わる。彼女の瞳の奥は、溶けたチョコレートのようにどろりとした熱で歪んでいる。体を離せば、鴇子は恍惚とした表情のまま俺に抱きついた。
「ありがとよ。美味かったぜ」
「ねぇ、私の家に来たらおかわりをあげられるんだけど……」
「……ほう」
俺の制服の裾を摘んで、逃げるように視線をあちこちに向けながら、だんだんと小さくなる声で『めしあがれ』と一言。本当にこの女には敵わないと、思わず笑みが漏れた。