マイナーセブンスの朝月夜







映画が奏でる音の中に、ポップコーンを噛み砕く雑音が混ざる。泣き喚く女の声に狂ったように笑いながら血まみれの手を振り上げる爆弾魔。どこからともなく飛んできた弾丸がその爆弾魔の頭を貫けば、隣で私の手を握る男がびくりと震えた。感情移入しているのだろう。同じく世間に理解されない性癖を持ち、殺人で物事を解決する癖をつけてしまった劇中の爆弾魔。その末路に自分を重ねる。

「映画の中の話でしょ?警察に頭を打たれて死ぬなんて、本当に自分に起きるとでも思ってるの?」
「……うるさいな」

嫌がられるのが分かっていて私がそう言ってしまうのは、隣の男を失うのを恐れているからだ。彼の完全犯罪がいつか暴かれて、牢に投獄されて、四十八人、いや、それ以上の人間を殺害した罪できっと死刑になる。私達は最期の夜、ベッドで愛を確かめ合うことすら叶わないのだろう。既に死んでしまった彼の家族の代わりに凶悪殺人犯『吉良吉影』の遺骨を受け取るのだ。そしてそれを瓶型のペンダントに封じて、最初に出会った職場のビルから彼の待つ地獄へと真っ逆さま――

「おい、見ないなら消すぞ」

私の妄想癖がまた出てしまったみたいだ。どうも考えすぎてしまう性格のようで、一度自分の世界に入ってしまったらもう止まらない。
再びポップコーンを口に放り込んだ。映画のお供としては定番のスナックだが、スプラッタ映画にはミスマッチだ。普通の映画なら規制されるであろう、撃たれた爆弾魔の頭から赤黒い血が噴き出す描写を執拗いほど画面に移している。隣の男は未だ不快な咀嚼音を鳴らす私を呆れるように見た。彼は神経質すぎるのだ。

「そんなに神経質でよく殺しなんてやってられるわね」

潔癖もそうだが、例えば、本棚の本の位置が少しズレていたり、窓の些細な汚れであるとか、そういったことも見逃さない。私はどちらかと言えばズボラな性格なので彼については理解できない部分も多い。

「君がおかしいんだよ。顔と手だけは美しい。その雑な性格をどうにかしてくれたらいいんだが……」
「残念でした!この歳になって今更直らないわよ」

普通の殺人とはまた違う、シリアルキラーとしては典型的なのかもしれない。穏和で冷静な人間の仮面を被って人に接する反面、その実は狂気的で残酷。隣の男も、妻子を持つ優しいサラリーマンだと言われたら簡単に信じてしまいそうなほど、狂気を隠すのが上手だ。

「まったく。君が能力を持っていなかったらとっくに処分していたというのに」

では何故私がこの殺人鬼と手を組むことになったのか。それは『能力』のせいだ。あらゆるものを爆弾へと変化させる彼の能力と、記憶を消すことのできる私の能力。私は彼の平穏のために生かされている。
ふと視線を映画に戻せば、いつの間にか女は監禁されていたビルから抜け出していたらしい。安堵したような女の表情と共にスタッフロールが流れ出す。演技が下手だった女の恋人役の俳優の名前を見ておこうと思ってじっと画面を見ていると、隣の男によってそれはプツリと切られてしまった。そんなに気に入らなかったのだろうか。

「ほら、今日は君の夜更かしに付き合ってあげただろう。さっさと寝るぞ」
「……はーい」

夏の日の出は早く、まだ朝の四時半だというのに空が明るくなり始めている。普段夜の十一時には寝てしまう彼が私のためにこの時間まで起きていてくれたことを考えると、私と一緒に過ごすことも案外満更でもないのかもしれない。そんなことを聞いたらきっと怒られてしまうので、自惚れるだけにしておこう。







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