都市伝説プレゼンター





この世には、人間には計り知れないような、奇妙で不可思議なものが数多く存在している。インターネットに溢れかえっている都市伝説やテレビで放送しているような遠い国の事では無い。もっと身近でお手軽な話である。




[都市伝説プレゼンター]


「岸辺露伴、ねぇ……」

萩宮鴇子は書斎の椅子に座りながらある男の名をを口にした。左手の雑誌のカラフルな表紙では、様々な表情の少年少女、強そうな武器を持った渋い男、さらには何の生物か分からないような者たちまでもが並んでポーズをとっている。全て漫画家によって描かれたものだ。小説家である鴇子にとって、漫画など縁もゆかりも無いような界隈ではあるが、その雑誌の表紙を飾る帽子の男の絵が妙に魅力的に見えたのだった。気になってページを読み進めてしまえばもう止まらない。一睡もせずに公式サイトで課金をし漫画を読んでいたのだった。

岸辺露伴とは、鴇子の目に唯一止まった漫画『ピンクダークの少年』の作者である。職業は違うが、同じ会社で働く者同士、また物語を生み出す者同士である。ライバルという名の協力関係にもなりうるだろう。飲みかけの紅茶を机に置いて鴇子は出版社に向かった。




とある日の午後。露伴は暖かな陽の差し込む書斎で物思いにふけていた。漫画の新作の構想を練っていたのである。あれでもない、これでもないと脳内でペンを走らせていると、コンコンとノックの音が露伴の思考を妨害した。あの女編集者にしては静かなような気はするが気にせずまた自分の世界に没入しようとした。

コンコンコン、コンコンコン。
ごめんください、なんかの挨拶は一言も発さずに誰かがひたすらドアを叩き続けている。頭に来た露伴は部屋に反響する程の足音を立てながら玄関に向かった。

「なんだ、人が漫画の構想について考えてる時に……」
「……岸辺露伴、よね?」
「人の話を遮るんじゃあない、さっさと帰れッ!」
「そんなに怒っていたら綺麗な顔が台無しよ。私萩宮鴇子。貴方の取材をしに来たの」

聞き覚えがあったな、と露伴は記憶を遡る。今話題のミステリー小説家。予想もつかないような展開が老若男女に大人気で、翻訳された本が海外でも大ヒットしている。ただし素顔は不明で一切メディアに顔を出すことは無い。そんな内容の記事を新聞で読んだのを思い出した。露伴が想像していたよりも随分若い女だった。背は小さく露伴の肩をやっと超える程しかない。見ただけでインドアだと分かる肌の白さ。丁寧に整えているのだろう、艶のある黒髪が風に揺られている。

「あの最近話題のミステリー作家か。確か渾名は少女探偵……」
「随分お詳しいのね。でも、今日は私の話をする為に来たんじゃあなくってよ」

そう言うと、鴇子は扉に寄りかかりながらこちらを見下ろす彼を押しのけて部屋の中に押し入ろうとした。咄嗟に露伴が押し返す。

「おいおい、僕は部屋に入っていいとは一言も言っていないぞ」
「そうね。でも残念だわ。せっかく面白そうなネタを分けてあげようと思ったのに」
「は?」

わざとらしく肩を落として露伴に背を向けた。一歩一歩、まるで露伴に引き止められるのを待ち侘びているかのように、ゆっくりと踵を返す。

「なぜ小説家が漫画家にネタを分けようとするんだ。君がストーリーを売りにしている以上は商売敵だろう」
「岸辺露伴、貴方だから持ってきたのよ。警察と私しか知らない機密情報……ああ、勿体ない。この資料は処分するしかないかしら」
「待て!」

岸辺露伴は声を張り上げた。その声に再び進み出した鴇子も止まる。背を向けたままの彼女に露伴はゆっくりと語りかける。問い詰めるようにではなく、惑わすように、引き込むように……。ゆっくりと近づき、止まったままの鴇子の耳元で、興奮して早くなった口調で話し始めた。

「鴇子くんと言ったな?その機密情報とやらに特段興味がある訳ではないが、なぜ君が僕を選んだのか、なぜ警察にバレたら怒られてもおかしくないような情報を持ち出したのか。それには物凄く興味があるね」
「それで?」
「さあ、立ち話もなんだから中に入りたまえ。座ってゆっくり話をしようじゃあないか……」

露伴は鴇子の体から離れると扉を開けて彼女を招き入れた。彼女を椅子に座らせ、紅茶を淹れる……。その間、鴇子は暴れそうになる好奇心を抑えるので精一杯だった。アンティーク調の部屋には一昔前に使われていたデザインのものが並べられている。現代的な白黒のシンプルなものでも平成初期に流行ったような派手なものでもない。落ち着いた装飾は洗練されていて美しい。そんなもので飾られた部屋には突然、アレが二、三体隠れていてもおかしくない。

「おまたせ」

カチャリと机に食器が置かれる。これも部屋と同じく、シンプルではあるが洗練されたデザインをしている。

「こんなにいい雰囲気の場所なのに死体が一体も無いなんて残念だわ」

露伴は目を見開いた。お淑やかで落ち着いた雰囲気の少女の口から、はっきり『死体』と物騒な単語が聞こえたからだった。

「失礼な奴だな、この岸辺露伴が殺人鬼にでも見えるのか?」
「冗談冗談。こういう家は舞台になりやすいのよ」

鴇子ソーサーごと器を持ち上げて紅茶を口に含んだ。慣れた動作だった。もちろん、カップの取っ手に指を突っ込むようなことはしない。
ティーカップを持ったまま顔を上げた。鴇子を観察している露伴と目が合った。ぱちり。視線が縫われてしまったかのように片時も離れない。その状態のまま露伴が口を開いた。

「どうだろうな。僕が人を殺したことがないなんて確証はないだろう。この家にわんさかいるかもしれないぞ、君の大好きな死体とやらがな……」
「それは無いわね。あなたは今嘘をついていないもの。言葉、目線、仕草、鼓動……そのどれを使っても、私を騙すことなんて不可能。これが私の才能よ」

カップは机に戻されたが未だ目線が解かれることはない。それこそが彼女が『少女探偵』と呼ばれている所以である。この程度の言動では確証は得られないが、同類・・の露伴は何となく彼女の才能を信じていた。自信満々に露伴を見上げる鴇子もまた、彼の才能に気づいていた。絵が上手いとかそういったものではなく、もっと奇妙で不思議で凡人には想像も出来ないようなもののことである。

「なるほどね……。まぁそろそろ、本題に入ろうじゃあないか。その機密情報とは何だ?」
「この町の学生が複数人行方不明になっているのは知っている?」
「ああ……だが、それがどうかしたのか?」

杜王町ではここ数日、中学生や高校生の女子を中心に行方不明になる事件が相次いでいた。犯人どころか手がかりすら何一つ見つかっておらず、捜査は難航していたのだった。

「ここからがその『機密』ってやつなんだけれど……被害者達はみんな、死ぬ数分前まで電話をしていたそうなのよ。メリーさんに繋がる死の番号。そんな都市伝説が学生たちの間で流行っているらしいわ」
「メリーさん?」

凪咲は再び紅茶を口に含んだ。そして、メリーさんについて話し始める。



ある少女が引越しの際、古くなった外国製の人形「メリー」を捨てていく。
その夜、少女に電話がかかってくる。

『あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの……』

少女が恐ろしくなって電話を切ってもまた誰かからかかってくる。

『あたしメリーさん。今タバコ屋の角にいるの……』

そしてついに、

『あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの』

という電話が。
怖くなった少女は思い切って玄関のドアを開けたが、誰もいない。やはり誰かのいたずらかとホッと胸を撫で下ろした直後、またもや電話が……。




「あたしメリーさん。今あなたの後ろにいるの」

鴇子はカップを机の上に置くと、両手を顔の前に出して幽霊のポーズをしてみせた。心底くだらないといった風に露伴はため息をつく。それを見て片手を口元にあてた鴇子はクスクスと笑う。露伴はさらに顔を顰めて足を組み直した。

「……胡散臭いな」

露伴はオカルトを全く信じていない訳では無い。科学が全てを証明出来るとは限らないし、現実とリンクしたファンタジー要素は漫画のスパイスのようなものだ。しかしどうしても、今の話は子供騙しの馬鹿馬鹿しい話にしか聞こえなかった。

「どうかしらね。でも他に手がかりが無いの。だから今晩試してみない?夜中の一時にこの番号に電話するのよ」

鴇子が露伴に差し出したメモ用紙には、十一桁の、電話番号だと見分けがつかないぐらいしっちゃかめっちゃかな並びの数字が並んでいた。その下に、『午前1時、固定電話から電話すること』と書かれている。

「なんで固定電話なんだ?携帯電話じゃあダメなのか?」
「ええ。何故かは知らないけど、携帯電話だと繋がらないらしいのよ。昼間にかけるのも多分ダメね」
「そもそもそれ、一人でやればいいだろ。わざわざ僕に言う必要あったか?」

露伴がそう言うと鴇子は少しの間目を伏せた。オカルトじみた事に付き合ってくれるような友達が居ないというのも一つの理由である。だが他にも露伴を誘った理由はあった。好奇心や思いつき、ネタのため、他にもいろいろあるが、この辺りの芸術家特有のものはまとめてインスピレーションとでも呼ぶとしよう。だがそれ以外に、世の中の大多数の人が持っている平凡な感情が起因していた。

「ひ、一人でこんなことしたら何かあった時に大変でしょう。万が一倒れたりとか行方不明になったりしたらメモを取る人もいない訳だし。だから誘ったのよ」
「ふ〜ん……?ああ分かったぞ、君、怖いんだろ?」

紅茶をこぼしそうになった。カップの中は強風の吹き荒れるしけた大海原のように激しく揺れている。ニヤニヤと笑みを浮かべながら楽しそうな露伴を見た鴇子が慌てて言い訳を並べ始めた。だが本心はすっかり見破られてしまっている。

「ハッ、そんなに焦らなくてもいい。あれだけ上から目線で余裕そうに説明していたくせに、実は臆病な弱虫だったことなんて誰も気にしてないぜ」
「……うるさいわねッ!」

人の心を見破る能力がある鴇子には、現時点で岸辺露伴がメリーさんのことを怖がっているようには見えない。だからこそ悔しかった。好奇心の欠片も見られない。ただバカバカしい、怖がりの女が持ってきたくだらない都市伝説としか思っていないようだった。実際に電話をかける時になれば少しは露伴も怖がるだろう、怖がって欲しい、いや、怖がってもらわないと困る。自分だけ怖がっているなんて恥ずかしい。鴇子は電話の前で怖がる露伴を想像したが、現実に起こることだとは到底思えなかった。

夜中の一時までの数時間、漫画を読んだりテレビを見たりして過ごしていた鴇子はうっかり眠ってしまっていた。突然の来訪者に妨害されたせいで遅れていた仕事を終えて、風呂から出てきた露伴が彼女の体を揺さぶる。ソファーを占領している鴇子は目を擦りながらゆっくりと起き上がった。眉間に皺を寄せた露伴と目が合った。

「ん……もう一時?」
「もう一時?じゃあないッ!人の家でよくそんなに熟睡できるな。その図々しさが羨ましいよ」
「…………仕方ないでしょ。このところ仕事が忙しくてあまり寝れていないのよ」

露伴はラフで着心地のよさそうな部屋着を着ているが上はタンクトップ一枚だけだ。肩にタオルを掛け、軽くタオルドライをしただけの濡れた髪をかきあげる露伴は無意識の内に鴇子を魅了した。十代後半の彼女は思春期の同級生と同様に異性に興味津々という訳ではない。その人生の殆どを小説と謎解きに費やしてきた彼女が心のときめきを感じたのは初めてのことだった。

「もう、さっさと着替えて準備してよね!都市伝説相手でも一応取材だから仕事の一環なのよ!」
「まったく……ああ、わかったよ。君に言われなくてもそうするさ」

鴇子は本心を隠すように声を荒らげた。そして露伴はそれをあしらうように返した。階段を登って自室に向かう露伴を目で追い、扉を閉めたのを確認してから大きく溜息をついた。脳裏には先程の露伴の姿が浮かんだままだ。頭の中を占拠しているそれに鴇子は気づかないフリをした。




※気が向いたら続きを書きます





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