閉店後楽園




※迷走。恋愛要素なし。


そろそろ今日の営業も終わりだ。客のほとんどは終電に合わせて帰って行った。だが、問題が一つ。食洗機に入り切らなかった食器たちを洗いながら店の奥の方に目をやった。一時間、いや、二時間ほど前に来店したのにも関わらず注文したのは生ビール一杯と枝豆だけ。ツンツンとした長い癖毛の彼は机に突っ伏したまま動かない。酔ってしまったのだろうか。

「ねぇ、あんた、どうした?」

体を揺さぶってみる。すると彼は勢いよく顔を上げた。袖の当たりがぐっしょりと濡れて、目元にも雫ができていた。

「あ、もう閉店か……」
「どうしたんのそんな顔して。もう何時間もここで突っ伏してるじゃない。振られでもしたの?」

私から目を逸らして、視線が逃げ回った後で、彼は話し出した。

「自分が嫌になっちまったというか、んな感じかな。何やっても上手くいかねーつうか」
「ふ〜ん、なるほどねぇ……。そういう時は食べるのが一番よ。ほら、サービス」
「え、いいのか?」

メニューを手渡した。悩んでる時は食べるのが一番。これは母親の口癖だった。彼は子供のように目を輝かせながら料理を選んでいた。先程とは真逆である。

「じ、じゃあ、特製からあげ!」
「ふふ、見る目があるね。『ほたる』の唐揚げは美味いよ」

私の経営する店、喫茶ほたるの唐揚げは地元では有名だ。テレビで紹介されたことだってある。
キッチンに向かってフライヤーの電源を入れた。色んなスパイスを混ぜて作った特製パウダーに鶏肉をまぶして熱した油へと入れていく。パチパチと油の弾ける激しい音がして、肉が揚がる香ばしい匂いが店中に充満した。食欲をそそるその匂いに私のお腹が鳴いてしまう。
おまちどおさま。そう言って彼の机に唐揚げを置いた。彼の座る向かいに私も腰掛ける。

「タバコ吸っていい?」
「あぁ、どーぞ」

彼はライターでタバコに火をつけてくれた。労働後の一服。これが堪らない。次々と唐揚げを口に入れる彼を横目にふうっと息を吐いた。

「私凪紗。鷹嶺凪紗。ここのマスター」
「どうも……。俺、伊藤カイジ」

会話が拙い。さっきからやたらと胸に視線を感じるのは気のせいだろうか。人より大きなモノを持っていることは自分でも分かっている。男の人からやましい視線を向けられることなど何度もあったし、今更何も思わない。

「それで、何があってあんなに泣いてたの」

そこからはまあ酷いものだった。働かず、ギャンブルばかりして、金持ちやカップルには嫉妬する日々。自業自得だろうと言ってやりたかったがその言葉を飲み込んだ。
一応そんな自分が惨めだとは思っているらしい。自覚があるならギャンブルをやめてさっさと働けとも言ってやりたかったが、客相手にそこまで言うこともないと我慢した。

「俺ってホント、惨めだよなぁ……」
「まあ、そう思わないと言えば嘘になるが……結構イケメンだし、もう少し自信がありそうというか、シャキッとした表情で面接受けたら受かるんじゃないの」
「結構イケメン……!?俺が!?へへ……」

大事なのはそこじゃない!と思わず心の声が漏れそうになった。だが同時に可愛いとも思ってしまった。ほんのりと赤く染った頬のまま照れくさそうに頭の後ろを掻くその姿がなんだか可愛らしい。

「まあ、またバイトでも始めたらうちに来なさいよ。いくらでも相談に乗ってあげる」
「め、女神だ!ありがてえっ!」

彼はキュッと目を閉じて喜んだ。なんだか犬みたいな可愛さがある。寂しそうにこちらを見あげてきて、撫でられるとぶんぶんしっぽを振り回す、みたいな……。思わず頭を撫でそうになるのを我慢して、白い煙をふぅと吹き出した。







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