天気予報、恋煩い
絶体絶命。後ろを振り向いたその瞬間、俺は終わる。
楽しそうに笑っている画面の中の女の子と、耳障りなほどうるさい効果音が、なんとも絶望的だった。手が震えるのも忘れてキュッと目をつぶって気づかないフリをする。
「カ、イ、ジ、くん?」
「ひっ……」
ポン。と肩に手を置かれた。錆び付いたおもちゃのようにぎこちなく振り替えれば、笑みを浮かべた彼女が立っていた。付き合っている訳ではない。ただの行きつけの喫茶店のマスターだ。関係性を表す言葉は思いつかないが、強いて言うなら俺は「借りた側」、「返さねばならない側」とでも言えるだろうか。
「お金、今日までには返してくれるんでしょ?昨日言ってたわよね?」
「あ、えと、その、それは……」
「ニートだから仕方ないか。お金を増やす手段なんてギャンブルしかないものね。かわいそうに」
「うっ」
嘲笑うように口角を上げているが、瞳の奥は冷たい氷のようだった。マジに怒っている。
「次は絶対!絶対勝つから!頼むよ!!!!」
「ダメ。絶対ダメ。どうせ負けてるんでしょ。ほら、今日は帰るわよ」
首根っこを掴まれてちょいちょいと引っ張られる。大人しく彼女に続いてパチ屋を後にした。俺の沈む気持ちに追い討ちをかけるかのように、外では大粒の雨が地面を濡らし始めていた。とことんついていない日だ。すると彼女が鞄から何かを取り出した。
「いつも持ち歩いてるの。一本しかないし、折りたたみだから狭いけど……一緒に入る?」
「お、おう」
小ぶりな水色の傘の下、二人で体を寄せあって歩く。彼女が濡れない程度に、でもお互いの肌が触れない程度に、自分の肩が濡れるのも気にせずその微妙な距離感を保ちながら歩いていた。だがすれ違うお婆さんには微笑まれ、小学生にはくすくす笑われ、小さい子にはジロジロ見られた。それがなんだか恥ずかしくて何度か隣を覗いた。同じく俺を見上げた彼女と目が合った。
「その、俺あんたより厚着してるし、ちょっとくらい濡れても平気っつーか、あんたが濡れる方が心配っつーか……」
「なによ、心配してくれるの?大丈夫よ。そんなにか弱い女の子じゃないし、それに───」
その時。彼女に、水が振りかかろうとしていた。
慌てて腕を掴んで引き寄せた。だがそのまま彼女を下にする形で地面に倒れ込んでしまう。車の水しぶきが俺の全身を襲った。冷たい水に思わず身震いする。
だがそこで、彼女の胸元に顔面を押し付けていたことに気づいた。その白い肌の柔らかさに名残惜しさも感じつつ、慌てて顔を上げて、自分の下にいる彼女を見遣った。
「大丈夫か!?」
一回、二回、三回……と何度も瞬きをしていた。怪我は無いようだった。
「カイジくんこそ……!こんなに濡れて風邪ひいちゃうわ!どうしよう……」
彼女はハンカチで水滴の付いた俺の顔を拭いてくれた。そして俺の手を掴んで歩き出した。
「うちに来て。傘も貸すから!」
自然と手を繋ぐ形になっていること気づいているのだろうか。ほんのり顔を染めているような気がする。
これ、もしかして、俺のこと……。
いや、さすがにないよな。くだらない妄想を消し去るように首を振って、彼女の家を目指して歩いた。