インスタントレゾンデートル
アパートのドアの叩かれる音で目が覚めた。
ベッドの傍の時計は朝九時を指している。こんな朝早くから誰がなんの用だと、重い腰を上げて玄関に向かった。ボロいアパートだし、修理費用ももったいないからチャイムは壊れたまま修理していなかった。
「ごめんくださーい」
ドアノブに手をかけたところで扉の向こうから聞きなれた声がした。若い女の子の声。
こんな早い時間から彼女の相手をするなんて面倒だなと思いつつ、どこか心の隅で喜んでいる自分もいる。
「んだよ、こんな朝っぱらから……」
「えーっ、もう九時よ?学校なら一限が始まってる時間だし。カイジさんってほんとだらしない」
休日なのに何故かセーラー服を着ている彼女は呆れた様子でそう言った。相変わらず短いスカートは風が吹いたら簡単に下着が見えてしまいそうだ。いつまでもそこを見ている訳にもいかず、誤魔化すように目を擦る。
「ね、部屋に入れて」
上目遣いでそんなことを言われてしまえばもう断れない。アパートの廊下を覗き、誰もいないことを確認してから、彼女を部屋に招き入れた。未成年の女の子を部屋に連れ込んでいるところなんて見られたら通報されてもおかしくないからだ。
倫理的にアウト。たとえ同意があったとしても、彼女にとっても俺にとっても危険な行為。そう分かってはいるが止められない。この背徳感がたまらない。
「うわあ、ちょっとくらい片付けなさいよね」
怠い体をベッドに横たえて布団を被った俺の横で、紗雪は部屋の掃除をし始めた。師走の朝の寒さは本当にきつい。とてもじゃないが手伝う気にはなれなかった。
「掃除機はかけるなよ」
「はいはい」
特にこれといった理由がある訳でもなく、ただ単純にうるさいから嫌いなだけだ。自分の部屋を掃除させておいてこの言い草はないだろう。俺もそう思う。
彼女は飲みかけのペットボトルやポテチの袋、灰皿、シンクに突っ込んだだけの汚れた食器を片付けてカーテンを開けた。部屋が一気に明るくなった。
「まだ、まだいいだろっ……眩しいっ……」
そう呟く俺を無視して、紗雪は布団の中に潜り込んできた。
「うわっ、おまえ、体冷たすぎ……」
「さっきまで外にいたんだから当たり前でしょう?カイジさん、あっためてよう」
布団の中で俺の体に腕を回してきた彼女の体は氷のように冷たい。あっためろと言うので、仕方なくその腕をさすってやれば、違うと言うように服の袖を引っ張られた。
「ねぇやだ」
「何で」
「だっこして」
「い、いや、それはさすがに……」
後ろから抱きしめてくる彼女は、その腕の力を強めて、俺にすり寄ってきた。
「どうして?私のこと嫌いになったの?」
「好きだけど……でも……」
二十一歳が十六歳と付き合っているというのはかなりおかしい。バイト先が同じで、彼女はいつも俺の前のシフトだった。そこから話すようになり、連絡先を交換し、ついに家に招くようになった。バイトをやめてからも交流は続き、ついに、彼女の方から告白された。
キスはもうとっくに済ませた。……『そういうこと』をするのは、紗雪が十八歳になるまでお預け。そういうルールは一応決めている。
どうもこのくらいの歳の子供というのは、大人への憧れのようなものがあるらしい。酒やたばこに手を出したり、パチ屋に行ったり。実際俺もそうだったからよく分かる。紗雪の目にもフィルターがかかっているのか、クズでニートでダメダメな俺を先輩で大人だからという理由だけで好きになってしまったらしかった。
「分かったよ、ほら……」
「やったあっ!」
何を今更。彼女の告白を受け入れた時点で、俺はもうとっくに堕ちているのだ。
「カイジさん、たばこのにおいする」
「あ、悪ぃ。嫌か?」
「ううん。むしろ好き」
沈黙がもどかしくて、自分の腕の中にいる紗雪の頭を撫でてやる。こういうのはとことん苦手だ。愛情表現と言われても、どんなことをしたらいいのか分からない。
「カイジさんはやさしいね」
彼女はそんなことを呟いた。
「んなわけねぇよ……本当に優しい奴は、こんな……」
紗雪の告白を受け入れたのも、彼女の悲しむ顔を見たくなかったからだ。本当なら断るべきことなのに。でも自分のせいで紗雪が悲しむのは、嫌だった。それじゃあまるで、俺が悪人みたいだから。
そんな罪悪感を誤魔化すように、彼女の唇に自分のを押し付けた。紗雪は目を見開いた。と思えば今度は目をとろんとさせて甘えてくる。
まだ高校生になったばかりだから、まだ幼いから、彼女は自分の間違いに気づけない。俺は紗雪にキスをする度に、自分の罪をひとつひとつ数えていた。