泰然アルティオス
ある意味トラブルメーカーともいえるあの書記官に誘われた凪紗は灼熱の砂漠の地で面白いものを見つけた。それは、よその国から来た少年と談笑している大マハマトラ様と居心地悪そうに伝統的な作りの建物の隅で読書をする書記官様の二つ。凪紗にとってセノは孤高の英雄のような印象があった。表情も変えずただひたすらに仕事をこなす冷酷な男だと思い込んでいたが……今はどうだろう。教令院の邪悪な計画とやらの話ではなく、最近スメールシティの子供達の間で流行っている七星召喚の話をしているようだった。あの大マハマトラ様がカードゲームをしているのなら、アルハイゼンにも女児のような絵を描くとか官能小説が大好きとか意外な一面があってもおかしくないな、と凪紗は思った。彼の持つ意外な一面といえば、それは歌だろう。何故か綺麗な高音とリズム感に定評のある自分の歌を誰かの目前で披露させられる日が来ることを凪紗は恐れていた。
「凪紗、君の話はよく聞いている。その計算能力の高さは戦闘でも役に立つだろうな」
「ええ。私は法器専門ですが正確な追尾攻撃や落下攻撃にはやはり演算が必要なので」
大マハマトラに直接そう言われ凪紗は少し畏まって言った。アルハイゼンは書記官という肩書きがあるからなのか元の性格のせいなのか、上から目線で話しかけるのでセノと言い合いになっているようだった。
「命論派の賢者凪紗さん、来てくれてありがとう。とりあえず会議を始めよう」
旅人が声をかけると部屋のあちこちに散らばっていた者達が机の周りに集まる。異国からやってきた旅人、空飛ぶ少女、エルマイト旅団の傭兵、アアル村のガーディアン、教令院の書記官、大マハマトラ、そして知恵の神の生まれ変わりとも言われる少年。だいぶ個性的なメンバーではあるが、旅人が中心になって動いているということもあり少しずつ信頼関係が生まれていた。
「アルハイゼン.......その計画はすこし危険すぎない?」
「少しどころじゃない。その計画に仲間を犠牲にしてまで遂行する価値はあるのか?もっといい方法が.......」
「これが一番効率的だ。教令院の動きが把握出来ない今、時間をかけるのはリスクが高すぎる」
囮作戦、神の缶詰知識の使用、アーカーシャの改造.......その壮大で危険な計画を聞いた旅人は、彼が教令院の気狂いと呼ばれている理由を理解したような気がした。凪紗はまた演算に集中しているようで、片手を顎に添えたまま俯いていた。一方の他の者たちは教令院の聡明な学者達による口争に驚きその間に挟まれた凪紗を哀れんだ。
「アルハイゼンの意見に賛成だ。花神誕祭の後から教令院の行動はどんどん大胆になっている。過去の教令院の動きから考えるに、ジュニャーナガルバの日に教令院が行動を起こす可能性は62.8%、不意打ちで仕掛けてくる可能性は14.2%、それを考慮しても今月中に教令院はナヒーダに何らかの形で手を出すだろうな」
「教令院にとってもゴールが近いんだろうね。とにかくこの策を実行してみるしかないよ。このまま放っておけばナヒーダの命も危ない!」
手を差し出さなかった二人を除き、ナヒーダ救出隊というなんとも安直な名前のチームで円陣を組んだ。女性陣と旅人はこんな状況でも明るく楽しそうだが残る三人の間には険悪な雰囲気が流れていた。マイペースに本を読んでいるアルハイゼンと集団に慣れていないのか隅の椅子に座るセノ、そして片手を顎に添え俯いている凪紗。旅人は手始めに凪紗に声をかけた。
「さすが知恵の神の生まれ変わりなんて呼ばれるだけあるね。数字で分かる結果ってなんだか信憑性があるように感じるよ」
「それはただの思い込みだな。僕がデタラメを言っているのかもしれないだろう?それに……」
知恵の神の生まれ変わり。マハールッカデヴァータの本来の生まれ変わりはクラクサナリデビで、彼らが今救い出そうとしている若い神だ。500年前、何も知らなかった彼女はいきなり新たな草神として称えられ知識が少ないと分かれば直ぐに民に見放されてしまった。今では全く関係の無い人間が生まれ変わりだのと言われ尊敬の目を向けられている。凪紗はクラクサナリデビに対する罪悪感を常に感じていた。
「僕が命論派にいるのを勿体ないと思っているのか知らないけど、勧誘してくるヤツらも多いんだ。教令院の上も含めてね。肩書きのせいで自分の好きな事も気軽に学べないのは苦しいよ。教令院にいるのが嫌になってくるくらいだ」
「ごめんなさい、そんなふうに思ってるなんて知らなかった」
「気にしないで。そう、僕は一度だけクラクサナリデビ様に会ったことがあるんだ。卒業式のあった夜に大賢者様に連れられて籠に閉じ込められた彼女を見た。幼い見た目の少女を、神を、あんなところに幽閉しているアザールを許してはいけない。神に対する冒涜にはしっかり罰を与えないとね」
意外だと旅人は思った。数字以外に興味を持たなそうな彼は信仰深く愛国心を持っている。あの幼い神を懐かしむように、憐れむように#名前g@は視線を外に移した。沈もうとしている月はまるで宝石のように青白く輝き夜空を飾っているが、数多の世界を渡り歩いてきた旅人はどことなく違和感を感じていた。宝石というより硝子玉のような空っぽの月、糸に操られたかのように不自然に動く星屑.......その夜空の向こうに何があるのか、知る者はいない。