贋作モナリザ






「さすがね、次回も期待してるわ」

顧問の先生はそう言って笑った。私の書いた猫の絵が全国コンクールで金賞を受賞したのだ。運動も勉強も苦手な私に出来ることなんて、絵を描くことかピアノを弾くことくらいだった。父親はクラシックや油絵の良さなんて一切理解できないような凡人だから、顔も知らない母親の芸術肌が遺伝したんだろう。

「来月までには、次の題材を探しておいてね」
「はい、先生」

そう言われて美術室に戻ると、難しい顔をしながら絵を描いていた数人の同級生が私を睨みつけた。いつまでたっても銅賞すら貰えないような凡人になんて興味が無い。鞄を肩にかけた私は年上の部長に軽く会釈をして部屋を出た。ああ、早く卒業してしまいたい。
もうほとんどの生徒は帰宅している時間帯だ。残っているのは片付けをしているサッカー部か、馴れ合っている恋人たちくらい。題材になってくれた猫に餌をやってから帰ろうと、学校近くの雑木林に向かった。

「クロ?どこにいるの?」

人に飼われていたことがあるのか、妙に懐っこいその猫はいつもなら直ぐに私の傍に寄ってくる。今日のように餌を持ち歩いている日は特に。
適当に付けた安っぽい名前を呼びながら数十分彷徨いていたが、その猫が姿を現すことは無かった。


翌日私がいつもより遅れて学校に到着すると、教室の席のひとつに人が集まっているのが見えた。彼らの顔を見て初めて、その机が西くんのものだと分かる。単に集まって談笑している訳ではない。油性ペンで落書きしているのだ。『死ね』『消えろ』『学校来んな』……よくもまあ、そんなことが出来たものだ。せっかく机があるんだからキャンパス代わりに絵でも描けばいいのに。
西くんが後ろの扉から現れて、集まっていたやつらに怒号を飛ばすまで、そのラクガキは続いた。

西くんはあまり細かいことを気にしないタイプなのかもしれない。汚れた机を六時間目までそのまま使い続けていた。まったく、どうして私の周りのやつらはこんなに芸術センスの無いヤツらばかりなんだろうか。自分の運の悪さにうんざりする。アニメやドラマで見るような、ライバルとお互いを高め合う関係なんて実現できそうにない。

放課後、絵を描いている私になんて目もくれず、クラスメイトはそれぞれの予定の為に部屋を出ていった。誰もいなくなったことを用心深く確認して、西くんの席の前に立った。散々落書きされたり外に投げ捨てられたりした机はボロボロだ。私は自分の机の足に引っ掛けている雑巾を水で濡らして、丁寧に汚れを落としていった。年季の入った汚れがそう簡単に落ちるはずもなく、掃除ロッカーからクレンザーを取り出して机にふりかけた。

磨き始めてから一時間くらい経っただろうか。
机の汚れはほとんど落ちて、私の机と同じ茶色に戻っている。バケツの水をかけて泡を流す。これで、キャンパスが使える状態になった。
黄色、赤色、青色……小さい頃はそんな名前でしか認識していなかったカタカナのオシャレな名前の絵の具で机を鮮やかに飾っていると、誰かが勢いよく教室の扉を開いた。

「何やってんだよ、そこで」
「……絵を、描いているんです」

突然現れて、怒ったような口調でそう言った西くんにそう返した。訳が分からないという風に戸惑った顔をした西くんは、直ぐに眉をしかめて怒った顔をしてみせた。

「そんぐらい見ればわかるッつーの。馬鹿か?俺の机なんだけど」
「でも、ここで描きたいって思ったから。芸術はインスピレーションが大事なんです」
「画家気取りかよ、くッだらねェ」

西くんはそれだけ言って、教室を出ていった。
無理矢理にでも止めると思っていたのに、彼は殴ることはおろか、脅すことさえしなかった。もしかしたら、先生に言いつけているかもしれないけれど。

(……変な人だなあ)

完成した机を教卓の上に飾りながらも、頭の中は西くんのことばかりだった。私はクラスメイトとも関わりが少なく、いじめに関与したこともない。むしろ誰にも相手されない影のような存在だった。西くんが初めて話したクラスメイトかもと思えるほどである。
猫を殺しているだとかなんとか、怖い噂は流れているけれど、もっと彼のことを知りたいと思えた日だった。



次の日、早朝に学校に向かった私は西くんの机の掃除をしていた。本当は消したくないけれど、放っておいたら私が原因で西くんが虐められることになってしまうから。綺麗に拭いた机を元の位置に戻して、時間を潰そうと美術室に戻る。掲示板として使われているホワイトボードには、『部活動発表会について』と書かれた紙が貼られていた。そうだ、そろそろ準備を始めないといけない。






「というわけなんですけど。西くん、私の絵のモデルになってくれませんか」
「嫌だ。つーか、なんで俺がそんなことしなくちゃなんねェんだよ」

その日の放課後、下校時間間際の昇降口で西くんに頭を下げた。顔も整っていて肌も白い。絵の題材にはピッタリだと思うが、顔が良くても性格には難アリのようだ。

「だって西くん、顔かっこいいし肌も白いでしょ。絶対私の絵に合いますって。一回だけですから、ね?」
「そもそもそれ、文化部発表会で飾ンだろ?どうせ切り刻まれて終わりだぜ」
「じゃあ、文化部発表会じゃなかったらいいんですか?今度海外の油絵コンクールに応募するんですけど、それだったらいい?」

余計なことを言ったかもしれない。私は西くんに強い力で突き飛ばされ、後ろにあった下駄箱に思いっきり頭をぶつけた。ぐわんぐわんと揺れる視界の中で見上げた西くんは怒っているように見える。倒れ込んだ私に向かって、西くんは話し始めた。

「この偽善者が。どっちにもつかないのが優しさだとでも思ッてンのか?……うぜェ」
「まって、あの、絵は……」

そう言い捨てて帰ってしまった。下駄箱に手を付きながらゆっくり立ち上がって西くんの行った方を見た。多分、私がいじめっ子の側につくわけでもなく西くんの側につくわけでもないような事してるから怒ったんだろう。他に題材を探すしかなあ。……私は、西くんが描きたかっただけなのに。







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