「好きです、付き合ってください」
まるで台本通りのような告白。
あまり混むことのないお手洗いに行く道中、聞こえてきた声に動けなくなる。
こんな場所で告白すんなよ、心の中で舌打ちをする。次に聞こえてくる声にまた驚いた。
「あまり話した事ないけど、俺のどこを好きになってくれたんやろ」
優しく返事をするこの声は、私の嫌いな白石蔵ノ介だ。この優しい声も嫌いだ。すごく耳についてうるさい。ねっとりと、へばりつくようだ。
「テニスしてる姿とか笑顔とかみんなに優しいところとか、かな」
みんなに優しい、私が最も嫌っている部分だ。テニスと笑顔ってもはや外見であって、彼のどこかって問に答えられていない気がする。でも白石を表すのには正しいとも思った。
「そっか、ありがとうな」
「ほ、ほな私と!」
「付き合う、には答えられへんねんけど……そう言うてくれたこと忘れへん、ありがとう」
なんて酷い答えだ。その気がないならキッパリ断れば良いのに、想い続けてしまうような返事をする。冷たく断れないのは自分の立場を失いたくないからなのか。モテている自分が好きだからなのか。どうしてみんなこんな中途半端な奴を好きになるのだろうか。
「みょうじさん」
ハッと振り替えるとそこには白石が立っていた。
「白石……」
「なんや盗み聞きか?」
なーんてな、乾いた笑いを見せた。
「別に、トイレ行くとこ」
「ふうん」
「ほなな」
白石の横を通り過ぎると同時に手首を掴まれる。
「な、に?」
「みょうじさんて、ほんまに俺の事嫌いやな」
「……白石は全員に好かれないと嫌なん」
納得できるわ、つい鼻で笑ってしまった。
「まあ好かれて損はないわな」
「ええやんモテてるんやし」
「んーでも好きな人に好かれないと意味がない気もせんでもない」
「どないやねん、てか好きな人おったんや」
ほなそう言うて断ったったらええのに、言いかけてやめた。
「好きな人には嫌われてるねんな」
「へえ、私以外にも白石嫌う人いてるんやな」
苦笑する白石に、なんとなく私はその人を見てみたい気持ちになった。みんなに好かれるタイプだと思っていた。
「はは、否定せーへんのかい。いつの間にか呼び捨てやし」
「よー嫌ってる人を好きになれるな」
「嫌われてるから、好きになったんかもな」
今日の白石は、よく喋る。
「ドMか」
「毒舌やな、みょうじさんは俺のどこが嫌いなん?」
「全部」
外面の良いところも、誰にでも優しいところも、曖昧で中途半端で、人間くさいとこを隠すのも何もかも!!!
「白石って何考えてるんかわからんし自分の意見なくて見ててイライラする」
私はそう吐き捨て手を振りほどきようやくトイレへ行った。
告白してきた人とちゃんと会話をして、好きな人がいて、嫌われていても関係なくて、私に取り繕うこともなくて。なんだか思っていた白石とは違う顔を見てしまった気がする。私が思っているような人間ではないと認めたくなくて、蛇口を捻る。握られた手首は洗っても洗っても熱が引かなかった。
なんだこれ、まだ握られている感覚がとれない。
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