幾度となく繰り返された遊戯


遅すぎる。目の前の椅子を蹴ると、さつきに叱られた。

「気持ちは皆一緒。でも百舌ちゃん一人で行かせるのも、おかしいよ」

「あくまで接触だけの予定だったんだよ。……百舌ならやりかねないかもしれない。でも指令を破るみてえなことはしないんだよ」

さつきも顔が暗い。すると廊下から今吉センパイが早足でやって来た。

「おい、集合かかったわ。東京駅行くで。本部に百舌の居場所を教える電報が来たみたいや。そのまま落ち合って乗り込むから桃井は来んでええよ、早よ帰りい」

「気を付けて帰れよ。さつき」

「うん、友達と帰るから。大ちゃんも気を付けてね。百舌ちゃんを絶対助けてあげて」

あったりめーだろアホ。そう言うとさつきも、少しだけ微笑んだ。


緑間が持ってきた文書を、覗き込む。

『黒軍並ビニ白軍ノ皆様 一名ト引換ニ捕虜ヲ逃ス』

「…………百舌か」

「ああ、他の人間は電車に睡眠薬を飲まされた上で乗せられていた。住所は特定してある。行こう」

赤司の歩調が明らかに早い。白軍も関与しているとなれば、赤司、テツ、黄瀬、緑間も一緒にいた。まあ関係なくても来るんだろうな、百舌が帰ってこないならな。あとは俺と今吉センパイと、紫原と氷室ってやつと、霧崎の奴ら。雑居ビル。一階から階段を上っていくが、百舌がいそうな気配は感じない。いや、何かあるだろ勘みてえな。三階には、百舌の短刀や銃があって、黄瀬が明らかに不安定になってる。

「これ、百舌っちが抵抗できないってことっスよ」

「あの文書ではまさか殺されてはいまい。しかし情報の為に拷問を受けていることは有り得るのだよ、急ぐぞ黄瀬」

「……拷問…………はいっス」

結局、最上階の五階に来た。完全に怪しい扉がある。真っ正面を進んで直ぐ。今吉センパイが、小声で、開けるでと言って取っ手を回した。

「…………おい、嘘だろ」

想像はしていた。椅子に座らされて、四肢を拘束されて、尋問を受ける場面とか。そのとき殴られたり、蹴られたり、無抵抗にされていたのならぜってえ許さねえ累乗を重ねた報復をしようと思っていた。けどこれはどうすりゃ良いんだよ。怨み募ってどうにかなりそうだ。天井の留め具から吊られた赤い縄。それに絡み付く百舌。四肢は背中に折り畳まれて前からじゃ見えない。晒け出された白い肌。年齢の割に小さい胸も、強調するようにさえ見えるきつい縄遣いで不自然に膨らむ。股には幾重の縄が痛そうに食い込んで見えないものの、問題はその上。光も放ちそうな朱色が、百舌の子宮の場所を描いていた。

「百舌、おい、百舌」

次々と駆け寄り、赤司が持ってた鋏と今吉センパイの刀で何とか天井からは切り離せた。顔色が頗る悪い。赤司が声をかけるも、意識がないのか首をだらんと後ろに逸らす。様子がおかしいと花宮が言った。

「此処の──」

赤司の掌が、ひたりとその朱へ触れる。そしてあの猫目が大きく見開かれた、花宮もそこへ触る。

「熱い。毒だ」

オレも手をそこに当てた。言った通り熱い。急いで連絡する今吉センパイを傍目に、ひく、と震えたその腹を見た。いまどれだけ其処が痛んでいるのか計り知れない。怒りがふつふつと心臓を焦がした。

車の中。赤司が自らの羽織りに百舌をくるんで抱き締めたまま病院へ向かっている。黄瀬も後ろからずっと身を乗り出して名前を呼ぶのをやめない。誰も止められなかった。オレは気まずくなって隣の花宮へ声をかけた。花宮はオレが言うのも何だけど今悪魔みてえな面してて、相当頭にきてるんだろうなということは容易に想像がついた。組んで浮いた方の脚がいらいらの戯曲のメトロノームになってた。あ?音楽くらい聴くっつーの。

「どういう事だ、これ」

「先輩には敬語だろって、前々から再三言ってるだろ。……赤軍だよ」

「は、」

赤軍。まだできて間もない、個人が組織として動くという赤軍が、今回の首謀者。なるほどだから白軍も黒軍も呼ばれたのか。

「少し良いか」

「んだよ緑間」

「これを見るのだよ。彼処にはこれが置かれていた」

「え、なにそれみどちん」

「データメモリなのだよ。恐らく百舌がああなったのを、誰かが撮ったのだろう…………屑め」

緑間の指に摘まれてたのは、薄くて小さな濃紺の物体。紫原は秋田なんつー辺鄙なとこにいるから見慣れてねえみたいだが、それは確かビデオカメラなんかに挿入されてるやつ。緑間が今にも壊しそうな顔で慎重にハンカチーフへ仕舞うのを見て、オレは自分の心情すら理解出来ないでいた。見たい、見たくない。でも絶対見る。百舌の苦しみの詰まっているであろうそれは、幾分オレたちには残酷ってやつだな。


『や、やだ!やだやだ!』

どれだけ百舌が日本を愛してるか。それは百舌を知る人間なら全員知ってるだろ。現に全員が目の前の光景から目を逸らせずにいた。白地に朱の丸。それだけ。それだけを踏まないために、自重で肩の脱臼にも気付かない阿呆なんて百舌くらいだ。不自然に吊り下がる体が見ていて痛々しい。カメラは床に置かれた。あおりの位置から見た百舌に近寄る男は、カチカチと手のカッターを鳴らして、百舌の服を裂く。オレが床に足を叩き付けると、緑間もダァン!と強く机を叩いた。スクリーンを百舌の肌色が埋めていく。ここは視聴覚室だった。さっきの面子が各々椅子に座って残された映像を観ている。

『百舌、お前は女だな』

女。百舌の性だ。ぐ、と手に力が入る。声の主が筆を持って、まっさらな腹へ女の象徴を描いた。その後の百舌は酷かった。魚のように暴れ回り、逃げられない痛みにもがいて苦しんだ。痛い!痛い!と叫んでいたのが、最後には虚言みてえにいたい、やだ、やだと言って涙を流す。長かった、二十分くらい続いた百舌が苦しむだけの映像。ついに意識を失った百舌の頭を撫でて、髪を梳きながら、後ろ姿だけの男が言う。

『おいおい、流石に、女一人は、可笑しいだろ、なあ、黒軍さんよ、白軍さんも、何だよ、自分たちの、仲間位、常に把握しとけ、って。これは、しばらく、苦しいぞ。高熱が、長引く毒だ。自然素材だから、痕は残らない、百舌に穢れは、俺の存在だけで十分だからな、はは……』

百舌の白い髪に、男は唇を押し当てた。ちらつく首のタイ。赤い色をしてる。

『痛い目見るぞ、なあ、お前らだけじゃ、ないんだ』

この日本国は──、それを締めとして、百舌から離れカメラに近寄り、無造作に切られた映像。

「宣戦布告だ」

赤司が静かに呟く。そうだな、完全に挑発だ。

「絶対許さねえ、ぶっ殺す」

「落ち着くのだよ、黄瀬」

「何で、緑間っちは落ち着いてられんスか?!百舌っちが、こんな目に遭ってんのに!」

「殺したら惜しい。嬲って現世で地獄を見せてからでないと、オレの気が済まない」

「先ずは本部さんに報告やね。それからやわ」

「けど、百舌が言われた事以外はしねえよな」

「青峰っちの言う通りっス!」

「……本部か」

「あとで盗聴器を確認しておくのだよ」

これから何かあるぞ。オレの勘。けどそれはここにいた全員が感じてたかもしれねえな。

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