お遊戯はお片付けまで


熱が出るってあんまりないんだよねぇ。 でも昔流行った麻疹やインフルエンザで高い熱が出ると、逆に体が寒すぎて毛布にぐるぐる巻きになったりね。あるよね?お腹のヒリヒリはまだしも、三日三晩熱に魘されてもなお下がらない熱はさすがは赤軍さん。

「熱い……寒い……よく分からないよ……寒い……」

「百舌さん、お熱下げるお薬をお飲みになって」

「看護婦さん……ありがとうございます」

要介護のおじいちゃんが飲むようなやつで薬を流し込まれて、すぐに布団を被せられる。看護婦さんが氷嚢の中身も変えてくれると、ひんやりと冷たくなる額。ああ*きもちい。

「何かあったりひとりで寂しいときは、何時でも呼んで」

ナースコールを顔のすぐ横に置くと、看護婦さんは帰って行った。ひとりで寂しい……かぁ。まだこの毒の成分が知れていない以上、感染の恐れもあるから、面接は断っていた。キセキのみんな──赤司くん、青峰くん、緑間くん、黄瀬くん、紫原くん、そしてその影に潜む黒子くんのこと。彼らは学生にして各々軍の中で高い地位の幹部を任されるだけの才能や能力を持つから、そう言われてる──や、霧崎のみんな、その他色んな人たちに迷惑をかけてしまった。自己責任だから丁度良かった。いまは会わせる顔がない。あ〜あ、本部の人にも怒られるかなぁやだなぁこわいなぁ〜!

「結局役立たず。私のいる意味なぁ、このまま自分で消していって、自分のいる意味を失くしていって、事情自爆だね、ねぇ…………」

独りだからできる告白を誰かが独白と言った、強かに生きる相田さんには私はなれない。他者を支えて引くことを知るさつきちゃんにもなれない。は〜だってそもそもゴミみたいなメンタルしか持ち合わせてないし、引いたら処分されるし!ごめん迂闊だった今のナシナシ。私は大きくてふかふかの白い枕に頭を預けて瞼を閉じる。おやすみ私永遠に眠れ。おやすみ。


オレは百舌と中学校からの仲だ。百舌のことは一通り把握しているつもりだが、しかし彼女は人間だから、日々成長するし、変わるところもあると思うのは分かっている。中学のころとは異なるところも。だからそれを見守ることは当然のことだと思う。最早使命、義務とすら感じる。だから今晩もこうして彼女に着けた盗聴器から無線を繋いで、随時録音。彼女の一日の様子を聴くのだ。ここ最近は苦しい呻きしか聴いていない。代われるものなら代わっているのだよ。悔しさを噛み締めながら再生のスイッチを押した。

『結局役立たず。私のいる意味なぁ、このまま自分で消していって、自分のいる意味を失くしていって、事情自爆だね、ねぇ…………』

独り言なのだろうが、どうしても独り言にしてはいけない。オレはそう思った。だから外套を手にすると急いで家を出ていた。病院までは電車で直ぐだ、定期券を見せて改札を抜ける。もう外は薄暗く、病院の裏口も大きい病院とはいえ、薄暗く閑散としていた。

「面接をさせて欲しいのだよ、750号室の百舌に」

「百舌さんへ?もう何人もいらしてますが、まだ面接ができないのです」

「それを承知で言っています」

「あら、貴方は……」

渋る警備員相手に粘っていると、一人の看護婦が通りかかってオレに声をかけた。この声には聴き覚えがある。百舌の担当をしている看護婦だ。オレがそれを伝えると驚いた顔をした後に、警備員からオレを引っ張っていく。看護婦は階段の下で周りを見てから、小声で言った。

「貴方が、本当に覚悟の上で──っていうのは、毒の感染を万が一想定した上で、それでも百舌さんへ会いたいのなら、会って。百舌さんの顔、少し追い詰められたような顔をしてらっしゃるの。私たちにはどうにもできない。貴方たちだけなの」

もう回診は済んでるから、行くのなら早くお行きなさい。オレの答えは勿論イエスなのだよ。看護婦に頭を下げ、階段を駆け上がった。

「百舌、入るのだよ」

「ナースコール鳴らしてないです……って、緑間くん!どうして?危ないよ近付いちゃうと」

「構わん。お前から感染する毒ならば後悔しないのだよ」

「なに、なんだか変!今日の緑間くん」

「百舌こそらしくない。何があろうといつも通り、お国のことだけ考えていれば良いのだよ」

「あえ、…………」

ぽかん、と固まった表情。オレは座っていた椅子から立ち上がって、それを覆い隠すように両腕を廻した。百舌の腕はだらんとシーツに置かれている。ぴく、ぴくと時折動いては諦めるように空を撫でるあたり、まだ酷い熱に力を入れることができないのだ。たしかに、腹へ当たる百舌の頭はかなり熱く、これは辛いだろうに、と思う。

「いつの間に、こんなに素晴らしい紳士に、なっちゃったの、緑間くん……」

そんな時にすらこんなことを言われて、胸の内に形容し難い感情が渦巻き溢れるのだから、中々オレも馬鹿なのだろう。百舌とは別々の高校になると決まった時のような、悔しいだとか苛苛するといった感情。これは誰に対し何を言いたいのだろう。説明できないなら放っておくしかないと、今日まで無視し続け、そしてこれからも。

「お前こそ、自分自身を恥じらい悩む様は、乙女そのものなのだよ」

齢十七にして、紳士淑女と讃え合う様は阿呆らしいだろう。しかし虚ろな慰めを吐いたところで、彼女の心が癒えないのは分かっている。そのまま眠りに就いた体をそっと横たえながら、眉を顰めた。


「……寝落ちちゃった〜!ごめん緑間くん!」

「百舌さん、少し元気になってらっしゃるわ。はいお薬」

「あっあっありがとうございます」

ニコニコ笑顔の看護婦さんから薬を受け取る。看護婦さんはもう察してくれているみたいだ。ありがとうございますほんとうありがとうございます。でも医療に関わる人間としてはどうなんですかね。目瞑りますね。けど、確かに少し良くなってきた感はある。自力で起き上がって薬飲めるまでなったし、そろそろ動かないと体力が落ちちゃうよ〜お散歩行きたいなぁ。よく映画のワンシーンにあるみたいな。他の人に移るから無理か。と思ってお菓子作りの本を読んでいたら、お医者さんがもう外出は敷地内なら良いよ〜って。軽っ。でもやった*速攻栄養剤の点滴を引きながら外に出る。春の風が髪を攫っていく。暖かさを含んだ空気を肺に吸い込むと、体までぽかぽかと心地好くなっていった。春は呆けるとか言うけど、確かに言えてるよなぁ。頭がぼうっとして、立ってるのに眠くなる。あれ、何かデジャヴ。

「このまま使いものにならなくなっても良いなぁ」

あと弱ったらすぐ病む癖もいつも通り。快方に向かっているのは間違いないけど、それでも今言ったことも事実であり。存在で自分の身に迷惑被るやつなんていないほうがマシでしょ。ですよね。思い直して庭にいたのは実質数分、すぐに向かったのは屋上。地上より気持ち風が強い。春風は優しそうだけど意外と厳しいよね?春一番なんて呼ばれるくらいだもんね。それはともかく、この屋上から地面までは二十メートルはある。死ぬ気?いや、そこまで馬鹿じゃないから、死にはしないけど、でもそれならなぜここに来たのか?

「…………どうしちゃった、なんかおかしい。しっかりしろ」

頬をぱちんと叩いて、目を覚ました。らしくないよね!やっぱり帰ろうと、振り向く。小児用の薄い水色や淡い桃色のシーツが干される中、立っている男、真っ白なスーツに鮮烈な赤いタイは春に相応しくないよ。私は喉を呼吸で鳴らした。赤軍の男だった。

「百舌、元気、だったか」

まだお別れして一週間も経ってないですけども。でも、何で?何でここにいるの?それできみ、どうして体が動かないのかね?

「可哀想に、動けないよな、体は覚えてるからな」

頭だって覚えてるよ。そう言い返したかったけどできなかった。声も出せないのだ。これじゃあ男の言う通りじゃないか。にじり寄られても、動かない足をからからと頼りない押し車が何とか引っ張ってくれる。引き摺られるようにして下がったは良いものの、背中は柵に着いてしまった。逃げられないなぁ。空を飛べるわけでもなし、私は至極普通の人間なのだ。そして誰かが──たとえばヒーローや王子様が──まさに今!というそのタイミングに来てくれることもないのである。ちょっと期待した?花宮先輩とか赤司くんとか来てくれるとか。ないです。ごめん。すなわちこういうこと。

「や、────!」

点滴のチューブと離された腕が空に投げ出される。顔に髪が纏わりついて周りが見えない。私は突き落とされたことだけは分かった。目の前の男がなぜか悲しく柳眉を下げた表情が焼き付いて離れなそうだ。いや、それより、二十メートルって……死ぬやつ……。

- 5 -

*前次#


ページ:



ALICE+