片付けたってどうせ再び(散らかる)


オレは雑務部隊の幹部。幹部って聞こえは良いだろ。聞こえはな。実際自分で言うのも何だけど、雑務のスペシャリストだから、幹部。部長は半端ない手際が良いし、通信部隊から連絡来る前に死体の匂い嗅ぎ付けてるから。千里眼かよ。今日も学校が怠いから午前で抜けて支部でさぼってる。冷蔵庫から牛乳瓶を引っ張り出して蓋を開ける。授業に集中できない……まあ、普段からだけど──のは、百舌のことがあってからだ。百舌の痛ましい姿をまだ誰も見れていないけど、これをきっかけに何か起こるであろうことは容易に想像がつく。牛乳をぐいと煽るとオレの愛用する道具たちを眺める。机に並べてみる。ぴかぴかに磨かれたそれはいつだって使えと言わんばかりだ。なあんか、嫌な予感がするな。

『こちら本部、本部。どうぞ』

「げ。──支部、雑務部隊山崎です、どうぞ」

ほら、予想通りだろ。……おい、これ部長に近付いてんじゃね。まずくねえかこれ。オレ。無線機からは声が続いた。

『黒軍の人間が行く病院が分かるか。百舌もいる所だ。そこで赤軍の男を見た目撃者がいる。至急向かって欲しい』

「え、いまオレ一人なんすけど。雑務部隊ですし」

『構わない。捕まえろとは言わん、カメラだけ持って行ってくれ』

「あ、ハイ」

つまりは雑務ってことだろ。適任すぎる。適材適所ってこれを言うのかな。花宮も暗殺部隊だしな。


百舌に会えたらラッキーかもしれないけど、百舌をハッピーにさせるにはこの仕事を先ずはこなすことだと思ったから、大階段を軽快な足取りで下る男の首元に揺れる真っ赤なタイを見た瞬間、柱の影からシャッターを切った。しかしそれをお見通ししたかのように、男の頭にはなんとまあ巫山戯た白狐のお面。目元に朱の差した狐が、一瞬、オレを見た。見えてた?そんな筈は。だってオレ、あいつらみたいにオーラとか迫力とかないの自覚してるから。かなり一般人寄りだから。でもその狐のお面を着けた男の首が傾げられてオレを煽ってるのは分かった。いや、まあ、いらっとしたけど。そこで殴りかかったりできる伽羅ではありませんので。でも形だけは、と思いオレは後を追って外へ出る。そこではざわめきが起こっていた。何だ?嫌な予感がする。オレはざわめく人だかりの中へ走る。

「……おい!百舌!」

渦中にいたのは百舌の、倒れた体だった。仰向けになっていて、花壇に生える薄桃色の変わった花がちらちらと視界を奪うも、それが生える土が湿っているのを見て、嫌な予感は当たった。周りの病人に聞く。

「こいつ、落ちたのか?医者は呼んだか?」

「は、はい。つい今しがた、一番上から落ちて参りまして、それでお医者さんを呼んだのですが……」

不安そうに答える男に頭を下げながらも、収まりようのない不安が心拍を上げた。自分でこんなことするはずがない。それは確信しているものの、だとしたらやっぱりあの男か、と忌わしさに舌打ちが漏れる。やがて担架を運んできた医者だとか看護婦が百舌を囲んで、白昼に緊迫した空気を醸した。


「どういうことだ」

「だから、落ちたんだよ、屋上から。正確に言えば、落とされたってことになるけど」

花宮の機嫌はいつもに増して悪かった。学校に百舌がいないだけで突然机を蹴ったりするのに(中々に情緒不安定だ)、遂に酸素マスクを被せられて機材に囲まれる百舌を見た途端、オレに掴みかかる勢いで聞いてきた。だからオレは悪くないんですけど。

「赤軍か」

「この前の男と同じだった」

「チッ」

幸い、病院内の大きな花壇に落ちたことで、脊髄の損傷などの、後々に響くような怪我はなかった。そういう問題じゃないっつうのは、一番分かってる。要は心の問題だ。雑務部隊では、死体や拷問を受けた体に触れたりすることは当たり前で、学生は、その光景にショックを受けトラウマになったりして、この仕事ではなくただの事務だけをこなす──そうなると、困るんだよな。人手が十分だから辞めさせる。しかし死体処理に関しては常に人手不足だ。雑務部隊が苦労人と呼ばれる所以はここにある。百舌もこれで二度の苦痛を受けたことになる。それは生涯の中でも味わったことのないものだろう。そういう傷は一生消えることはないし、癒えることにも気が遠くなりそうに時間がかかる。意識を取り戻したとき、はたして百舌の放つ言葉は何だろう。な。雑務部隊のオレには想像もつかねえわ。


意識が戻ったのは四日後。それまでにオレは、何となく気になってた花壇に咲く花を調べてた。支部でやってたのがよくないな。図書館から借りてきた花の事典をめくっていたら続々といつもの面子がやって来る。その中でも鬱陶しそうなのが、今吉さん。ひょいと肩越しにこれを見ると、細めた目で尋ねてきた。

「気色悪いなあ、何があって男が花の事典なんて見ることになるん、なあ」

嫌われても良い。無視した。桃色で、外に向かって白へ近付く美しいグラデーションの花だった。五十音順に並んでたから飽きる前に見付けられた。アザレアという花だ。ちょうど春によく出回るらしい。そのとき既にそれはもうそうそうたる奴らがオレのしていることを見ているのは分かっていた。しかし口に出してしまうオレ。もはや不憫。

「花言葉、──『もろさ・はかなさ』『私のためにお体を大切に』」

ほら、見たろ、神社の鯉みたいな食い付きようだよ。

「ザキー、これ、何?何か百舌ちゃんと関係ありな感じ?」

「ああ、百舌の落ちた花壇に咲いてた花だ。一面この花だったし、少し珍しくて気になったから調べてた」

「ふうん、そう。『私のためにお体を大切に』なんてさ、ねえ。随分皮肉で酷いメッセージだねん」

緩い口調でへらへら笑う口も、怒りに微かに震えている。珍しいその姿に、百舌の存在はこう思うと奇妙なものだな、とろくでもないことを考えてしまった。まだ高一の百舌は、オレたちとは知り合ったばかりなのに、どうしてこんなにも密で深い感情を抱かせるのか?キセキの人間だって、あれはかなりおかしい状態だ。過保護というか、度が過ぎているというか。確かに、百舌は可愛い。けど、特筆すべき点はなくて、強いて言えば長い白い髪色くらいか。特にこの手の顔は、あの──秀徳の宮地。アイドルに目がないあの男は好みだろうな。派手でもなく地味でもなく、そう、ほんとうに特徴がないんだ、百舌には。花言葉の、『もろさ・はかなさ』にも、何か意味がありそうだなと、思った。けど──まさか誰にも言えないだろ、こんなこと。オレはさっさと頁を閉じて、皆の視線をひしひしと感じながらドアを閉めた。


百舌はゆっくりと目を開いた。オレのことを見た。確かに見たんだ。病院に来ていたオレは、突っ立ったままで百舌のことを見ていたら、唐突に、だった。

「百舌──」

オレの呼びかけに、百舌は少し頷いて、首を傾げる。酸素マスクの中で、口唇が小さく動く。

『きづいた、?』

「………………未だ、」

未だ、だ。オレは笑って、百舌の白髪を撫でた。いつもはあいつらの影に隠れて引っ込んでるオレがこんなこと、おかしかったのか。百舌もくすぐったそうに目を細めてから、その黒目をこっちに悪戯っぽく寄越した。そして徐に、酸素マスクを取る。

「お、おい、まだ外しちゃまずいだろ」

「大丈夫、だよ。ねえ、山崎くん」

「……何だよ」

「私、少し帰らないとならない」

「──何処にだよ」

「ドイツ帝国──」

ドイツ帝国。民主主義を抑え、圧倒的な社会主義の支持で、軍事的には米国に並ぶ脅威だ。特に核実験などの国家的な化学軍事実験は世界で最先端を誇っているのは誰もが知ること。彼女の故郷が其処、ということは、ああ、早くすべてを知ってしまいたい。そう思った。


百舌はその日に羽田空港ヘ向かった。どうやって行ったのかは知れない。看護婦たちが雪崩込んできて、オレはそれから強制的に帰らされたからだ。けど裏にある搬入口を見ていたら、車椅子に乗せられて四肢をすべて固定された百舌を見た。頭の部分はがっちりとたくさんの器具で固められていて、顔はすっかり見えなかったから、一瞬誰かと思ったが、あの白く伸びる髪をみて、すぐに分かった。がちがちに動けなくされている様は、まるで人間扱いされているように見えなくて、すごく嫌な気持ちだったが、その代わり、百舌のあの髪も、そういえば長さが全然変わらないな、と気付いた。

- 6 -

*前次#


ページ:



ALICE+