私にはお母さんがいない。小4のときに買い物に行く途中に交通事故に遭い帰らぬ人となった。突然のことに私は悲しみを感じるよりも信じられない気持ちが強くて。それでも遺体を前に頬を思いっきり叩かれたような暴力的な衝撃をもって現実を突きつけられた。お母さんの遺体に触れるのが怖くて立ちすくむなか大粒の涙と嗚咽を伴ってお母さんに縋り付くお父さんの姿をぼんやりと見つめることしか出来なかった。
そこからの記憶はひどく曖昧だ。お母さんの遺体が自宅に運び込まれたことも駆けつけた両家の祖父母からの言葉も葬儀に同級生とその親が来ていたこともろくに覚えていなかった。気付けば葬儀を終え、私は自宅のお風呂にいた。
お風呂はリビングの近くにあるため両家のおじいちゃんおばあちゃんとお父さんの会話はお葬式のように静かなお風呂場まで届いた。内容はいたって簡単で重要なことだった。
私を誰が育てるか。お母さんに育児も家事もまかせていたお父さんが私と二人で生活していくのは難しいというのが両家の意見だった。これはお父さんはもちろん子どもの私でもわかることだった。湯船で体育座りをしていた私は膝を胸の方へぎゅっと寄せた。
これから思春期を迎える女の子がどれほど大変で繊細で危うさを孕んでいるか。女の子を育て上げた経験のあるおばあちゃん二人はそれをお父さんに諭し、私を引き取って育てることが可能なことを伝えていた。
私は湯船をお湯をぱしゃりと叩いた。ぱしゃり、ぱしゃり。お父さんと一緒に生活し続けることが難しいのはわかってる。おばあちゃんたちがお父さんと私を心配してくれていることもわかってる。ちゃんとわかってる。
だけどそれ以上聞きたくなくて。決定的な言葉を聞きたくなくて私は何度も何度もお湯を叩いた。
「ナマエは俺が育てる」
お湯が飛び散る音の隙間からお父さんの声がかすかに聞こえた。ぴたりと手をとめる。
「ナマエは俺が育てる」
もう一度届いた言葉ははっきりと鼓膜を揺らした。私はその言葉を落とさないよう掬い上げて心の奥の深いところにそっと置いた。頬を流れる温かいものは汗だけじゃなかった。
その後は父方のおばあちゃんが家に残って私に家事や料理を教えてくれた。これから生活していく上でお父さんより私に教えた方がいいと判断したんだと思う。3ヶ月ほどおばあちゃんに家事と料理を学び、それなりに形になるとおばあちゃんは四国の自宅に帰った。かなり心配していたし本音を言えば私ももっといてほしかった。
けれど当時のおばあちゃんは週末になると新幹線で四国へ戻り自分の家の溜まった家事を済せて再びこちらへ戻るという生活をしていた。おばあちゃんが倒れるじゃないかと心配になる生活を続けたいとは言えなかった。
「困ったことがあったら言ってね。すぐに飛んでくるから」
それは息子と孫を気遣う本心からの言葉だった。けれどそれに甘えられないことを私は正しく理解していた。
思春期の端っこに入りかけていたこの時期、周りの大人や同級生からの憐れむ視線や態度と慣れない家事や料理をする生活はいともたやすく心を軋ませた。何かに心を動かせば一気に耐えられなくなると悟った私は箱に心臓をしまうと鍵をかけて海に沈めた。何かに心を動かすのも何かを求めるのも当時の私にとって生きていく上で必要がなくて無駄なことだった。
それから数年が経ち私の家事や料理の腕も上達した頃、いよいよ思春期にどっぷりと入ると私とお父さんの関係はぴんと張った糸がいつ切れるかわからないような緊張と不安を孕んだものになった。小学生のときは一緒に夕食を食べていたし仲がいい友だちとの学校での出来事を話していたのに、中学生になると仕事が忙しくなり夕食は別々にとることが増えて会話らしい会話をする時間もとれなくなった。そのせいか中学でできた友だちの名前をお父さんは覚えられなかった。
今ならそんなこと仕方がないと笑えるしそもそも父親に娘の友だちとの出来事を聞かせてどうするんだと思うが、中学生にとって友だちとの出来事や会話は生活の中心で誰かに話したかった。けれど友だちの名前も特徴も覚えていないお父さんとの会話は毎回一からの説明で、それを仕事終わりのお父さんに聞かせることは私の我儘だとすぐに悟った。困ったように眉を下げるお父さんの表情に興味のなさを突きつけられたようで静かに深く傷付いた。
お父さんとの楽しい会話も我儘だと中学一年で知った私は普通の家族という形もこのとき諦め、捨てた。そこからは早かった。ぎりぎりを保っていた親子の関係は崩れて同居人に近い形になった。お父さんも私の扱いに困るようで少しずつ距離をとっていった。
これでいいと思ってたわけじゃない。傷付かなかったと言ったら嘘になる。たったひとりの親であり家族だ。普通の親子に戻りたかった。けれど、どうしようもなかった。どうしたらいいかわからなかった。小学生のときと同じよう、何かを求めることは無駄で分不相応だと改めて理解し受け入れた。
お父さんと生活するなかでひとつ大切にしていることがある。
いい子でいること。
そうすればお父さんは私を見捨てない。そして私を預けなかったことを後悔しているであろうお父さんのその後悔が少なくなるよう、私はお父さんにとっていい子でいたかった。
普通の親子ではなくなったけど、それでも私にとってお父さんはお父さんで私の唯一の家族だったから。大切な家族だったから。困らせることも手放すこともしたくなかった。
★
次の日、緊張して登校したものの、木兎先輩に彼女ができたという話は全くもって聞かなかった。昨日あれだけ恥をさらして大々的に告白したので話が広がっていることを危惧したけど、どうやら杞憂だったようだ。ほっとしていつも通りホームルームを終え、一限目、二限目と順番に今日の授業をこなしていく。
昼休みになり友だちと机をくっつけてお弁当を広げようとしていたとき、クラスメイトから呼ばれ目を向けると教室のドアを指差して「ミョウジさんのこと呼んでる」と言う。その指の差した方に視線を動かすとそこには感情の読めない表情の赤葦くんが姿勢よく立っていた。友だちにひと声かけて赤葦くんに近寄る。
「話したいことがあるんだけど今いい?」
こくんと頷くと赤葦くんは体を翻して廊下を歩いていくので私も少し後ろをついていく。昼休みの喧噪は廊下の端っこまでくるとかすかに耳に入る程度になった。空き教室に入る彼に続いて足を踏み入れドアを閉めようとしたら「半分開けておいて」と注意され言われるがままにしめるのは半分だけにしておく。見ようによっては告白現場のようなのでそれを避けるためだったかもしれない。ドアが半分開いていたら告白現場でなくなるのかは不明だけど。
こちらに振り返った赤葦くんの何を考えているかわからない瞳になぜだか尋問される犯人みたいな気持ちになった。
「昨日のやつ、本気なの?」
「え? 木兎先輩のこと、だよね? 本気のつもりだけど…」
「今までの人もミョウジさんみたいなこと言ってた。連絡やデートは気にしないって」
「私もそうだって言いたいの?」
「今年は木兎さんたち三年生にとって最後の年だから木兎さんの調子をあんまり崩されたくない」
木兎先輩の世話役と呼ばれる赤葦くんの世話焼きっぷりは噂以上だ。これほどまで木兎先輩のことを考えているのかと感心した。
「私と赤葦くんはクラスも委員会も一緒になったことないから私がどんな人間か知らないし信じてって言っても難しいと思う。でも本当に連絡とかデートできなくていいの。だって出来ないのは仕方ないでしょ。そういうことをとやかく言うのも無駄だから好きじゃない」
どうしようもないことを求めるのは嫌いだ。
「それに私はバレーを頑張ってる先輩が好きなの。だからデートとか、正直興味ないんだ」
感情が読めない赤葦くんが初めて驚いた顔をした。そして顎に手をあてて私の顔をジッと見つめるので私もその瞳をジッと見つめた。私の顔を見て何かわかるんだろうか。二年生でバレー部の副主将を務め上げるおおよそ高校生らしからぬ落ち着いた雰囲気と達観した様子の赤葦くんなら読唇術のひとつやふたつは使えそうではあるけれど。
何かを考えているその仕草も様になっているなぁとのんびり思っていると「わかった」とまた感情の読めない表情で言う。とりあえず納得はしてくれたんだろうか?
「ミョウジさんさ、昨日名乗らなかったでしょ」
赤葦くんから放たれた言葉に耳を疑う。
「あのあと部活で、ところであの子誰?ってなって面白かったよ」
「え? う、……え?」
言葉にならず、どもった声が口から漏れる。私は記憶の片隅に追いやった昨日のことを引っ張り出してなぞってみるものの、緊張していたせいか赤葦くんに指摘されてパニックになっていたせいか名乗ったかどうかなんて全然思い出せなかった。なんにせよ名乗っていないことは間違いないようで昨日と同じくらい恥ずかしくて視界がぐらぐらと揺れる。
「俺もわからなかったけど二年のひとりが同級生だと思うって言うからひとクラスずつ探した」
ひえっと弱々しい声が出た。慌てて頭を下げる。名乗らなかった私を探すために休み時間にひとクラスずつ回ってくれたのかと思うと申し訳なくて頭を下げるしかなかった。赤葦くんはさらに爆弾を投下する。
「あと連絡先も交換してないよね」
ここまでくるとさっき赤葦くんが私の気持ちを確かめたのは連絡やデート以前にそんな大事なことを忘れる私が本気だとは思えなかったのかもしれない。もはや罰ゲームか何かだと思われていた節もある。
頭を上げられないでいると戻すよう平坦な声で言われる。体を戻してちらりと赤葦くんを見ると目が少しだけ笑っているように思えた。
「もう少ししたら木兎さん来るからちゃんと名乗って連絡先交換しなよ」
「え。来るの?」
「連絡しといたから来ると思う」
昨日の半分脅しのような告白でまだ顔が合わせづらいと思っていたのにさらなる恥の上塗りをしてしまっていたことを知った今、木兎先輩に会うのは恥ずかしくて避けたかった。とは言え、わざわざ赤葦くんが機会を作ってくれたのに無碍にはできないし、こうでもしないと連絡先を聞く機会も巡ってこないので恥を押し殺して木兎先輩を待った。
廊下からドタバタと騒がしい足音とともに赤葦ー!と先輩の叫ぶ声が聞こえた。ダンっと教室前で強く踏み込み、壊れるんじゃないかと心配になる程の力でドアをスライドさせて教室に入ってくると、見つけるの早かったな!と赤葦くんを労った。猛禽類のようなくるりとした双眸が私を見つめる。先輩の視線に体が強張って固まっていると視界の端に捉えた赤葦くんが早く名乗れと目で訴えていたので私は慌てて口を開く。
「あの、昨日は突然すみませんでした。ミョウジナマエといいます」
「ミョウジナマエな! しっかりしてそうなのに抜けてるんだな」
「昨日は緊張してて…」
あまり昨日のことは触れないてほしい。出来れば記憶ごとなくしてくれないだろうか。
「連絡先も」赤葦くんに指摘され木兎先輩に連絡先も訊ねた。トークアプリに木兎先輩の名前が追加され表情には出さないけれど、おお…と心の中で感嘆の声を上げる。ファンとして推しの連絡先を入手するのは一種の感動と背徳感がある。
「俺、本当に連絡できねえけど」
「はい、大丈夫です。気にしないでください」
私の言葉に木兎先輩は腕を組んでうーんと唸る。赤葦くんのさっきの言葉から思うに私のことを疑っているのかもしれない。先輩はしばし悩んだのち、まあいっか!とあっけらかんと笑う。深く考えるのはやめたらしい。
そのあとは全員お昼を済ませていないことを理由に解散となり、私も自分の教室へ戻った。突然関わりのなかった赤葦くんに呼び出された理由を友だちであるイトちゃんに興奮気味に聞かれ、私は昨日の脅迫じみた告白のところはぼかして名乗らず連絡先も交換し忘たことを説明した。
木兎先輩については誰にも話したことがなかったのでイトちゃんはびっくりして教室であるにもかかわらず「はあ?!」と大きな声を出して注目を集めていた。
「ちょ、ちょっと…! みんな見てる!」
小声でイトちゃんをたしなめ席に座るよう腕を引っ張ると彼女はのろのろと椅子に座り込んでどこを見てるんだかわからない目をしていた。
「今年一番のびっくりだったわ」
「まだ4月なんだけど」
「これ以上驚くことが起きる気がしないよ。……それで? ナマエいつから木兎先輩のこと好きだったの?」
「いつって言われると難しいけど去年くらいかなぁ」
素直に答えるとイトちゃんはその長い睫毛を瞬き、お弁当を片付け始めた。
「食べないの?」
「中庭行くよ」
4月と言えどまだまだ肌寒い日があるこの時期、さらには今日はその肌寒い日だっため中庭のベンチでお昼をする人はいない。つまるところ私たちの周りには人っこひとりいなかった。
ひゅうっと吹きつける風が膝の上にひいたランチクロスの端っこをなびかせる。足が寒い。
「素直に言ってほしいだけど」
「なにを?」
「木兎先輩のこと好きなの?」
「うん、そうだよ」
「違う。恋愛的な意味で、好きなの?」
今度は私が瞬く。あっこれ怒られるかも。最初に浮かんだのはそれだった。
「あのさ、恋愛のレの字も知らないナマエがそんなあっさり好きって認めるのは怪しいよ」
「確かに恋愛経験はないけど」
その言い草はあんまりじゃないだろうか。
「本当に好きなの」
もうイトちゃんのなかで答えは出てるんだろう。尋問するような詰め寄り方に私は観念して目を伏せる。
「そういう好きじゃない」
「じゃあ…なんなの?」
そこに呆れや蔑みはなかった。ただ私の行動の理由を純粋に知りたいようだったし、おそらく私を心配してくれている。
「ファン的なやつです」
ファン…。力なくイトちゃんが呟く。それでなんで彼女なの? ファンだから彼女になりたいの? 矢継ぎに問う姿は初めて彼氏が出来た娘に対する過保護な母親のようだ。一瞬笑いそうになったけどここで笑ったらお説教がくるやつだと思い表情を引き締める。イトちゃんの次々と投げられた質問に私は首を振った。ファンはあくまでもファンだ。そこに恋愛感情はない。
「木兎先輩は彼女とデートと連絡が出来なくて別れてるのは有名でしょう? その度に落ち込んだり調子悪くしてるから私が彼女になってデートも連絡も求めなければそういうことなくなるかなって」
「ああー…」
「木兎先輩は彼女いるだけで元気になるタイプみたいだし」
「それはそうかもしれないけど…ナマエはそれでいいの?」
「うん。それでいい」
デートも連絡のやりとりもどうでもいい。木兎先輩がしたいのなら別だけど、そうでないのなら私からは求めない。木兎先輩はバレーが一番だ。そしてそういう先輩が私にとって一番だった。
イトちゃんは唸って「でも」とか「それはさぁ」とか「それって彼氏彼女と呼べるの」と私を諭そうとする。イトちゃんは中学からの仲で一番気の合う友だちだ。私をよく知っているので恋愛経験のないのも当然ながら知っている。私が突然このような奇行に走ったとなれば心配もするだろう。私も逆の立場なら同じ気持ちになるはずだ。そういう意味ではとても申し訳なく思う。
「木兎先輩が初めてなんだ」
ぽつりと告げる。
初めて興味を持った人だった。執着と言い換えてもいいほど強い惹かれ方だった。
あの人のためなら私の出来うることは全部やりたかった。そこに私の意志は関係なくてただ木兎先輩が望むままになにもかも叶えてあげたいと思った。こんな感覚は初めてだった。
イトちゃんがかなり困惑した様子で訊ねる。
「え? ええ? ファンなんだよね?」
「そうだよ」
「過激すぎて怖いんだけど」
「ファンってこういうものじゃないの?」
「ナマエのそれは狂ったファンだよ」
イトちゃんは自身の肩を抱いて震えていた。可愛い顔の人のドン引きする姿はなかなか心にくるものがある。悲しい。
とにかく。
こほんと小さく咳ばらいをする。
「私は木兎先輩がバレーに集中する環境を整える彼女になりたいの」
それが嘘偽りのない本当の気持ちだ。
「それって木兎先輩は知ってるの?」
「バレーに集中するために彼女にしてくださいってお願いしたからある程度わかってると思う」
「私はさぁ、正直言うと手放しに賛成はできないよ。健全な付き合いとは言い難いもん。でもナマエがしたいって思ったんでしょ。なら見守ってるよ」
健全とは言えない私の可笑しな執着をイトちゃんは最終的に受け入れてくれた。今更無くせる気持ちでもなかったのでイトちゃんがどう思って何を言おうと私は意見を変えるつもりはなかったけど、一番の仲の友だちに認めてもらえたことに安堵した。ふにゃりと笑う。
「ありがとう」
「…その腑抜けた顔! 簡単に見せちゃダメだからね」
「ええ…辛辣すぎる」
可愛い人からの辛辣な意見もこれまた心に深く刺さる。
★
近所から少し遠いスーパーのタイムセールに間に合わせるためクラスメイトと早々に別れ玄関までの一階廊下を急いでいると後ろから「あ! 昨日の!」叫ぶ声が届き、その声の大きさに思わず顔を向ける。木兎先輩とバレー部の先輩方がいて身体を強張らせた。
無視するわけにもいかず「こ、こんにちは。部活頑張ってください」なるべく事務的にならないよう気をつけて言ったつもりだっけど、はたしてうまくいったのか。軽く会釈して再び歩こうと足を踏み出したところで腕が強い力で掴まれ後ろに倒れそうになる。寸前でどうにか踏ん張って耐えたけど反った背中が痛い。
振り返ると掴んだのが木兎先輩だとわかった。何か用があるんだろうか。先輩の顔を見上げ言葉を待つ。言葉を待つ間、電車に乗れるか、タイムセールに間に合うかと脳内を忙しく駆け回る。
「…待たねえの?」
「え? 何がですか?」
電車の時刻表を思い浮かべていたせいか、思いがけない先輩の言葉に間抜けな声で答えてしまった。ぶっと木兎先輩の隣にいた先輩が噴き出して「マジでおもしれえ」と笑っている。
おもしろい? 私がだろうか?
怪訝な顔をしていると木兎先輩は「元カノたちは待ってたんだけど」なんとも歯切れの悪い感じで言ってくる。なるほど。
「すみません、私、放課後は用事があって待てなくて…本当にすみません」
「別にいいよ。自主練の時間気にしなくていいし」
腕が解放され、掴まれていたところにじんわりと酸素が巡る感覚がくる。もう一度、部活頑張ってくださいと口にして今度こそ廊下を先生に怒られない速さで出来る限り素早く進んでいった。
タイムセールには無事間に合い、安く手に入れた食材を使って夕食を作るとテレビを見ながらひとりでささっと済ます。片付けやお風呂を終わらせ自室にこもったあたりでバレー部の練習が終わる時間だと気づいた。
スマホを手にしてアプリを立ち上げると木兎先輩のトークを開きメッセージを入力していく。
『部活お疲れ様です。
昨日は突然すみませんでした。これからよろしくお願いします。
明日は午後から雨だそうです。体育館は蒸しそうですね。具合が悪くならないよう気をつけてください。
明日も部活頑張ってください。
返信は不要です。
おやすみなさい』
送信ボタンを押す。木兎先輩にメッセージを送るとなると緊張のあまりボタンを押すのに一時間くらいかかるかと思ったけど、返信不要の一文があるおかげかさほど緊張もせず送ることができた。
連絡のやりとりは求めていないけど、こちらから送る分にはいいだろう。彼女からメッセージが来ると嬉しい!と以前廊下で言っていたのを聞いたことがある。それを信じて私から送ってみた。少し様子を見て、今度聞いてみよう。
イトちゃんから『英語の宿題おおすぎー』というメッセージと泣いているスタンプが届き、宿題があったことを思い出してスクールバッグから英語のプリントと電子辞書を引っ張り出す。『手分けしてやらない?』メッセージを送って返信を待つ。
パタンとリビングの戸が閉まる音がかすかに聞こえお父さんの帰宅を知らせる。私はスマホをポケットに入れると晩ご飯を温め直すために一階へとおりていった。