そうだと思った

 なんて?と聞き返した私は悪くないはずだ。私の耳か頭か両方がおかしくなければ、時寧ちゃんは今「お父さんが欲しい」と言ったのだ。その言葉の意味を理解できないほど、私は馬鹿ではない、と思う。
 つまりだ。時寧ちゃんは私に結婚しろと言っているのだ。こんなことを言われてしまってはやかましいほっとけ以外に返す言葉が見当たらず、曖昧に顔を引き攣らせるしかなかった。


「……あ、ち、違うんです! 結婚してって話ではなくて、あ、あの、えっと!」

「あ、違うの?」

「えっとえっと、私が言いたいのは……消えてしまったお父さんと、もう一度仲良くして欲しいってことなんです」


 そういえば、父に当たる人間のほうについてなんにも考えてなかったわ。よく考えてみれば、過去が消えたにしろなんにしろ、時寧ちゃんが産まれる原因となる人間は2人はいるはずなんだよな。母である私と、父となる誰か。
 でも私にそんな人間はいないんだよね。高校のとき付き合ってた男の子と数回繋がったことならあるけど、ゴムは付けてたし、その後授かる事もなかったし。専門の勉強してる間にその男の子とは別れて以降連絡すら取ってない。
 ていうか連絡帳には仕事先の人間数名しか入ってないレベルで人間関係は薄いぞ私。まさかネットで相手を見付けたわけでもあるまいし。


「時寧ちゃんの目的は、うん……わかったよ。でも私、時寧ちゃんのお父さんに心当たりがないよ」

「あ、はい。この世界にはいないので、それは問題ないです」


 いや大問題だよ。死んでんの? そいつもう死んでるってことなの? そ、そのこの世にいないお父さんとやらと、もう一度仲良くなれと? 無理無理無理無理。ゾンビと仲良くなれるほどの度胸なんかないって。確かに私は自分で面倒事に首突っ込んで楽しむ癖があるけど、衛生上問題ありそうな奴に突っ込ませる性癖なんかねーわ。


「この世界にいないと言っても、死んでるわけじゃあないので安心してください」

「……死んでない?」


 どういうことだってばよ。いや、実はちょっとだけ展開は読めて来てる。死んでないけどこの世にいない。そして豚と自覚する夢女子である私の前に時寧ちゃんが現れた。
 その真意とは。


「私のお父さんは、逆トリと呼ばれる現象でこの世界にやってきた、所謂キャラクターだったんです」


 私の予想は見事に当たった。やはりそうであったか、と思うと同時に、やっぱりだから何なんだよとも思う。
 結局何が言いたいのだ、時寧ちゃんは。仮に逆トリキャラと仲良くなって繋がって子まで授かっていたのだとしても、でもその過去ってもうなくなっちゃってるんでしょ? 私の記憶にそんな次元規模の出来事なんてないし、そんな大事ならさすがの私も忘れないと思う。
 元からそんな過去は存在しないか、時寧ちゃんの言う通りそんな過去は消えてなくなったのだ。
 もう一度仲良くなって欲しいと言われても、そんなのはまさに土台無理な話なのだった。

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