アシュヴァッターマン

よし!頑張るぞー!そう意気込んで召喚した英霊は鮮血のように赤い髪の男の人だった。すっごく体格がよくて、私2人でも全然足りなさそうな体の彼は私を見下ろして「はぁ?ガキじゃねぇか…」と言っている。強そうな英霊でよかった!眉を寄せる彼の周りを、召喚陣もそのままにパタパタと走り回って喜んだ。私は口がきけないので、こうやって体で喜びを表現するのだ。
「あぁ!?オイ!ちょこまか動くんじゃねぇよ!」
突然視界が高くなって、背伸びなんかじゃ届かないくらい上にあった彼の顔と鉢合わせた。不思議に思って下を見ると足が地面から離れて、パタパタと空をきっていた。すごいすごい、どうやら彼が私の服を持ち上げて吊り上げているみたいだ。腕をパタパタと動かして感動を伝える。「だから動くんじゃねぇって、落ちんだろうがよォ!」と怒られてしまった。
私をそっと地面に降ろして、今度は彼が私の目線に合わせてしゃがみこんだ。大きく脚を開き、膝に手をついて、じっと見られている。
「おいガキんちょ、まさかテメーがマスターなのか?」
そうだ、と何度も頭を上下に振りまくると、「ア゛ァ゛!?マジかよ…」と額に手をやり目を丸める。そのゴツゴツした手を見て、やっぱりとっても強そうだと思った。何度もジャンプをしてなんとか思いを伝えようとしたが、「落ち着きがねぇな!」と言われてしまった。
「…ま、イイぜ。アーチャー、アシュヴァッターマンだ。俺を知ってるかマスター、オイ」
知らない。体ごと頭を右に傾けると、だろうなぁと彼は金色の目をすこし細めて笑った。




「オイコラなにこぼしてんだ。ゆっくり食えって言ってんだろうがよ」
左の口元をごしごし拭かれながら、大物を倒したご褒美に買った特大いちごパフェのアイスをスプーンですくって、アシュヴァッターマンのほうに向けた。「あ?」と言って怪訝な顔をしたのに、ぱくりと口をあけて食べてくれた。
「あっめぇしつめてぇな。オメーこれマジで全部食えんのか」
絶対食べれる!うんうんと頭を上下に振るとホントかよ、と頬杖をついて飽きれたように見てくる。
「しっかし今日のはしぶとかったなぁ。首ぶっ飛ばしたっつーのに手足だけで追いかけて来たのはたまげたぜ。骨があっていいけどよ」
今日倒したシャドーサーヴァントを思い出してそう言ったアシュヴァッターマンは、テーブルに置いてあるカトラリー入れからスプーンを1本取り出して、パフェをひとすくいして口に入れた。「あっめぇ!」としかめっ面になりながらまた口に運んでいる。
聖杯が何らかの理由で暴走して、エネミー、そして稀にシャドーサーヴァントを排出する。そんな悪夢みたいな現実に立ち向かうには、やっぱり英霊の力が必要だったのだ。私たち人類は、適正を認められた者が英霊召喚を行って、いつ終わるのかも分からない呪いのような聖杯の脅威に立ち向かっていた。いつ、どこでそれが発生するかも分からないので、地区ごとに別けられ各地に英霊が配置されている。ただ一つ分かっていることは、悪意や憎悪、強い怨みや害意といった、人の醜悪な感情に反応して発生していることだけ。
そろそろ舌がアイスの冷たさで麻痺してきた。ストローでメロンソーダを吸うと、メロンソーダも冷たくて頭がキーンとした。口をあけて上を向くと、「アホ」と言ってアシュヴァッターマンが大きくてゴツゴツした手をおでこにあててくれた。あったかくって気持ちいい。足をバタバタして気持ちを伝えると、「そーかよ」と笑われた。
いつの間にかパフェが空になっている。不思議に思って首を傾げると、目の前にスプーンに乗せられた真っ赤ないちごが現れた。
アシュヴァッターマンが「ん」と差し出している。最後に食べようと残していたのをとっといてくれたらしい。ぱくりと食べると、甘酸っぱいいちごの果肉が口の中ではじけた。おいしい!
「オイ、食い終わったならもう出るぞ。落ち着かねぇわこの店」
ファンシーなピンク色で彩られた私の大好きなお店の外観に渋りながらも一緒に入ってくれたアシュヴァッターマンに感謝して抱きつくと、そのまま小脇に抱えられてお店を出た。抱えられながら私がお会計をしたら、レジのお姉さんが警察に連絡しようとしたのが見えたのでマスターであることを証明するバッジを見せてなんとか事なきを得た。
「ったく、誰が誘拐犯だっつーの!」
ヤンキーみたいだからなーと思いつつ、上半身裸は流石に街を出歩けないので着てもらった真っ赤なパーカーの袖をひっぱる。あ?とこっちを向いたアシュヴァッターマンに、手をパーにして突き出した。
「…………」
ずいっ、と手をちょきにされて出された。ちがーう!と地団駄を踏んで抗議すると、「わーてるよ、うっせーわ」と私の望み通りに手を繋いでくれた。彼の腰あたりまでしか私の身長がないので、やや猫背ぎみになって歩いてくれる。
誰かとこうして歩くなんて夢みたいだ!嬉しくってスキップする。アシュヴァッターマンが来てから、私は嬉しいことばっかりだ!
「ほんっと騒がしいなテメーは…」
アシュヴァッターマンと繋いでいる方の手をブンブン振って歩く帰り道、私の大好きな真っ赤な夕陽が、街全体を覆い尽くしていた。