ハロウィンの日

ハロウィン。たったそれだけのことなのに、娯楽に飢えたカルデアは大盛り上がりだ。普段通りに廊下を歩くと、楽しそうに仮装をしたちびっ子サーヴァントが話しながら通り過ぎていった。可愛いこって。興味があるとしたらタダで貰えるお菓子だけの自分にとっては何だか騒々しくて落ち着かなかった。
早々に食堂へ向かってエミヤとブーディカから貰ったチョコレートを口に放り込む。美味しい。まぁちょっとうるさいけど、ハロウィンも悪くない。
「名前〜!」
不意に声をかけられて、声のした方を向く。手を振りながら近づいてきたのは、いつもの赤いドレスではなく、身体のラインを強調するようなピタッとした純白のパンツドレス姿のネロだった。
「は?えっちやん…」
「名前!そなた、仮装をしていないではないか!」
むぅっと拳を握って、小柄なネロが見上げてくる。
「え?しませんよ…別にみんなしてるわけじゃないでしょ」
「だが、スタッフの者もしている者はしているぞ?」
ネロの言う通り、スタッフにも幾人か仮装を楽しんでいる奴らがいた。だからって自分も、とするつもりはない。
そう言えば、もったいない!!とネロが叫んだ。
「余は見たいぞ!名前〜!余が一緒に選ぶからー!」
くいくいと袖を引っ張りながら、駄々をこねる子供のようにネロがごねる。
「えー、でも〜…」
「だめか?」
くりっとした瞳で見上げられれば、抵抗する意思など粉微塵になった。観念して頷くと、やったー!と腕を組まれて反対方向に歩き出した。
「どこ行くんスか」
「向こうにな、ダウィンチのやつが今日のためにヴラドと用意した衣装ルームがあるのだ!余もな、せっかくのハロウィンゆえ仮装を楽しもうと思っていたのだ!」
きゃっきゃっと嬉しそうに話す皇帝様に、ふーんと返す。内心、可愛いすぎて鼻血が出ないよう祈っているとは知らずにネロが何を着ようかなと想像を膨らませていた。

「かっわいいではないかぁ〜〜〜!!!」
ネロに手渡された衣装を着て試着室から出ると、頬を上気させたネロが歓声をあげた。そういうあなたの方こそ、赤ずきんをイメージしたファンシーなコルセットの衣装が似合いすぎて可愛いんだけど、と言う間もなくクルクルと周りを歩いて隅々まで見られる。さすがに少し恥ずかしい。
「かわいいっかわいいぞっ」
編み込みがついた、胸元だけで留められている黒い丈の短いワンピースに、悪魔をモチーフにしているのか小さいツノと尻尾がついた衣装を見つめる。露出が多い。
「ちょっと恥ずい…」
「なにを!恥ずべき所など見あたらない!そなたは堂々とすべきだ!」
「1人では歩きたくないな」
「余と一緒にまわるに決まってるではないか!」
キュッと手を握って、太陽のような笑顔を向けられる。
「なっ?名前っ」
どうしてこんなに気に入られているのか分からないが、幸せすぎる。幸福を噛み締めて、言われるがままついて行くことにした。


「そこの美しいレディ、そんなに肌を晒していては、妙な虫がついてしまう…。私でよろしければ、傍に控えさせていただけなイダダダダダダ!?」
「おや、虫が。名前さん、大丈夫ですか?」
「マシュ」
スっと近寄ってきたと思えば、何やら喋りながら肩を抱いてきた紫の髪の美丈夫の耳たぶを引っ張って引き剥がしたマシュが涼しい顔で隣に寄ってきた。マシュはふわふわとした髪の色にあったケモ耳を揺らしている。
「可愛いじゃーん」
「ひゃ、その、名前さんの方こそ、綺麗です!」
キュッと抱きしめて褒めれば、赤くなりながらもそう言ってくれる。
「マシュもかわいいなっ!む!ふわふわだ!」
「ひゃわわっ」
ネロがマシュのケモ耳をもふもふといじる。されるがままのマシュがさらに赤くなって身をよじった。
「ほぅ…素晴らし光景」
「トリスタン卿、あなたもランスロット卿と一緒に接触禁止です」
「な…なぜ…?ベディヴィエール卿…」
「面倒なことになるので」
「いや、私はただ彼女達の安全のために」
「ダメです」
ズリズリと2人の男が、銀髪の中性的な美人に引きずられて遠ざかっていく。そんなー!と声が聞こえた。
再び食堂に戻れば、サーヴァントと職員で賑わっていた。早めに来てお菓子だけ貰って退散したのだが、結局仮装までして戻ってきてしまった。
「おいしい!これもおいしい!わぁ!これもおいしい!」
気の抜ける聞き慣れたアホそうな声が聞こえて後ろを振り返ると、ちゃっかり吸血鬼っぽい衣装を着たドクターが両手に爪楊枝に刺したチョコレートをぱくぱくと口に運んでいる。ふにゃーと蕩けた表情で、甘味に夢中だ。
「へー、いいな。1口くださいよ」
「なっ!だめだよ!これは僕の…うひゃあ!?」
食い意地を張って、持っていた両手のチョコを私から遠ざけたドクターが、私の仮装を見て変な声をあげた。わたわたと奇妙に腕を動かしている。
「わー!?わ、わぁー!?」
「なんスか人をバケモンみたいに」
大袈裟に体をよじるドクターにムッとする。ドクターがチョコで顔を隠す。
「名前ちゃんなんてカッコしてんの!」
「なに隠してんスか、せっかく着たんだからなんか感想くださいよ」
逃げようとするドクターに近寄ると、面白いくらいわたわたと慌てる。楽しくなって更に距離を詰めた。
「う、か、感想?」
「感想」
ぱ、と手を広げて衣装を見せた。これ本当に手作りなんだろうか、改めて見ると、クオリティが高すぎる。
「…………」
「…………ちょっと、つらいんで黙んないでくださいよ」
言葉に詰まって黙り込むドクターに、後悔してそう言うと「ち、違うよ!」と首を振られた。
「えーと、あの、可愛い、かな…。でも!ちょっと、いやかなり露出しすぎ!ダメ!はい!」
はい、と自分が着ていた衣装の上着を脱いで肩に掛けられる。予想外すぎて、顔を見つめてぽかんとしてしまった。ドクターはシャツ姿になって、そのまま「僕まだチョコ食べるから!」と立ち去ってしまった。いや、この上着いつ返せばいいんだ。
振り返るとマシュとネロが口元を手で抑えて目を輝かせていた。「え、何ですか」と問えば、「ちょっとキュンとしました…」「ドクターのやつ、ヘタレだがなかなかやるではないか…」と言っている。
掛けられた上着の袖をいじる。だんだん恥ずかしくなってきた。
「…もう脱ぎます」
「「ダメー!」」
2人に抱きしめられて止められた。結局ハロウィンの騒ぎが終わるまで羽織っていた吸血鬼のコートは、ヴラドさんに返す時に不思議そうに首を傾げられた。
次の日、さすがに何か言うべきだろうとドクターのもとへ行けば、「掘り返さないでー!」と逃げられてしまった。自分も恥ずかしがるくらいならやらないで欲しい。しばらくからかう事も出来ずに、ギクシャクした距離間が続くのだった。