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急に手に持っていた資料の束の重みが消えた。何が起きたと周りを見れば、常時だるそうに見えるタレ目の男が、私の持っていた荷物を手に持ち立っている。
「どこ?」
「管制室…」
「そ。お疲れさん」
そう言ってポンと私の頭に手を乗せ、こちらを見ずにヒラヒラと手を振り緑マントのキザな男は去って行った。そうやって何人の女スタッフを誑かしてきた?恐ろしい男!
完全に仕事を取られてしまい、廊下に立ち尽くした。さて、これからどう仕事をサボろうかと考えていると、視界の端に見知った姿を捉えた。駆け足で近寄れば、向こうもこちらに気がついたのか、足を止めて待ってくれる。
「ママ!」
「ママではない。何かね」
「どこ行くの?」
「厨房だが」
「実家かぁ」
「厨房だが」
「まだご飯の時間じゃなくない?」
「頼まれてね。茶菓子がいるらしい」
「ふーん。手伝っていい?」
「君が?」
意外そうな顔をして驚いているエミヤに、腰に手を当てて胸を張った。
「これでも料理はできる。実家で花嫁修業させられたからね。家出したけど」
「奔放だな君は…。ふむ」
顎に手を当てて、少し悩んだ後、エミヤは口元を上げて頷いた。
「では頼むとしようか。少々数が要りそうでね」
「やったー!仕事サボる口実ゲット!」
「それが目的か…お菓子作りより、優先すべきことがあるのならそっちを片付けたらどうだ?」
「ない」
「即答だな!?」
このままだとお説教が始まりそうだ。エミヤの背中を押して、厨房へと進ませる。
「はい行こーすぐ行こー!」
「全く…」
どうやら見逃してくれるらしい。やれやれといった感じで溜息をついたエミヤを連れて、意気揚々と廊下を進んだ。仕事よりお菓子作りの方が楽しいし、出来上がったお菓子もつまみ食いできる。一石二鳥だ。


一方、その後ろでは。
「……いや、おかしいだろ!なんであっちとそういう展開になんの!?俺いい感じだったでしょ!?普通俺との展開になりません!?」
資料を目的地へと運び終えたロビンフッドは、エミヤと名前が楽しそうに厨房へ向かう姿を見て歯噛みしていた。
「つーか仕事サボんな!手伝ってやったろ!」
そうボヤいているうちに、2人は廊下の曲がり角へ消えた。はぁ、とロビンは溜息をつく。
「…クッソー…なんか上手くいかねぇ…」
「やり方が悪いよね!」
「うわ!?!?」
突然の声掛けに、思わずロビンは飛び上がった。そんな彼を気にもせず、男は喋る。
「最初から素直に、"こんなの俺が運ぶから、この後一緒にどうですか?"って言っちゃえば良かったのにねぇ。彼女サボりたがってたんだからさ!」
「はぁ!?ダビデのおっさん、一体どっから見てたんだよ!」
「君が荷物を運ぶ彼女を追ってどう声をかけようか考えてた辺りからかな!」
「最初っからじゃねーか!」
「僕はおっさんじゃないよ!」
「今答えんのはそこじゃねーよ!!」
「因みに僕は脈絡も何も考えずに今から厨房に飛び込みに行くけど、君はどうするんだい?」
「へ、は、はぁ?」
「じゃあね。今行くよアビシャグ〜!」
あからさまに煽って、手を振りながらダビデが駆けていく。後に残されたロビンは、しばらく廊下に立ち尽くしていたが、やがてワナワナと震えて拳を握った。
「こ、こんの〜っ…!待てやァ!!」
そう叫んでダッと駆け出した。が、しかし。
「いけません!」
「っごはぁ!?」
誰かに物凄い勢いで襟元を引っ張られ、動きを停止させられる。急停止に追いつかず首が妙な音を鳴らした。
「廊下を走ってはいけません!転んで怪我をしたらどうするのです!この頼光、風紀を乱すその行い、許しませんよ!」
「嘘だろ…マジでついてねぇ…」
黒セーラーの源頼光が、ロビンの首根っこを掴んで離さない。がくっとロビンの肩が落ちた。
「いいですか、まず廊下を走る行為の危険性とは…」
そしてお説教が始まってしまった。もう駄目。ロビンは「ダビデのおっさん、マジでゆるさねぇ…」
と呟き、虚空を見つめるのだった。