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カルデアは無駄に広くて部屋も多いしサボっていてもバレにくくて最高。適当に選んだ資料庫の奥に引きこもって雑誌を読みながらポテチをパリパリ食べていると、突然扉が開く音がして「う、うううぅう〜!何よぉ〜!あ、あたしだってぇ〜!」という大きな声が聞こえた。
何やら泣いているらしい。グスグスと鼻を鳴らしてこちらに向かって歩いてきている。おいおいこっち来んなよと思いつつも、小さい女の子のようなので様子を伺うことにした。
「うぅ……ばかぁ…」
そのまま私が居座っている奥の棚の手前で座り込んでしまった。べそべそとすすり泣きが聞こえてきて、雑誌をめくる手がはばかられる。勘弁してくれと覗き見ると、彼女の鮮やかな紅色の髪が見えた。あぁ、エリザベートか。どのエリザベートかは分からないけど…。
こんな状況でまったりなんかしていられないので出ていくとしよう。廊下に出た時同僚に捕まらないようにしないと。
でもどう足掻いても泣いているエリザベートの前は通らなければいけないな。あーあと思いつつ、仕方がないので堂々と通ることにした。
「!だ、誰ぇ?」
「モブです。通ります。では」
そのままサッと通り抜けようとした。が、それは腕にしがみついたエリザベートによって阻止された。
「待ちなさいよぉーー!!な、泣いてんじゃないアタシ!何かないの!?素通りとかありえなくない!?」
「えー…」
捕まってしまった。よく見ればエリちゃん(無印)
だった。危うい肌の面積のワンピースを着ている彼女は、うるうると瞳を湿らせ見上げてくる。
「モブでもブタでも何でもいいわよ!話くらい聞きなさいよぉ!」
「嫌だブー」
「ちょっとぉ!!お、お願い!お願いします!聞いてよぉ〜〜!!」
なんかもうさすがに必死すぎて可哀想になってきた。はいはいとエリザベートをあやしながら座らせ、その横に自分も体育座りをした。
「聞いてくれるの!?」
「いやもう聞くしかないじゃん」
途端にニコニコと表情を変えてエリザベートは話し出した。
「アタシ、今日もライブする予定だったの。新曲お披露目しようと思っててね?」
「(人来んのか?)」
「だから、まずは他のアタシに聞いてみてもらおうと思ってね?呼んだのよ」
エリチャンズが脳裏に浮かぶ。確か、ハロウィンのエリちゃんとセイバーのエリちゃんと、あとなんかロボットのエリちゃんもいたな。改めて考えるとロボットのエリちゃんて何?
「そしたらアイツら!!」

〜ほわんほわんえりえり〜

『ちょっと微妙なんじゃない?アタシがアレンジしてあげるわよ!カボチャを空から降らせるのなんてどう?』
『うーん、アタシは可愛くていいんだけど歌詞が微妙よね!勇者のアタシに任せなさい!それよりもっといいの考えてあげる!』
『何もかも落第点。オリジナルのクセに、本当に残念ですね』

〜ほわんほわんえりえり〜

「って………」
「なに今の」
「うぅっ、な、なによぅ…アタシだって一生懸命考えて練習してたのに…」
また泣き出してしまった。1度話を聞いてしまった手前、聞いたからいいよねと去っていくことも出来ない。仕方がない。
「何で自分にしか感想貰えてないのに泣いてんの。別に彼女たちに聞かせるために作ったわけじゃないんでしょ」
「ふぇ?」
「お客さんのために作ったなら、他のエリちゃんがどう言おうと関係なくない?大事なのはお客さんがどう思うかでしょ」
知らんけど。そう言うと、パァーッと顔を輝かせてエリちゃんが笑った。
「モブのくせにいいこと言うじゃない!じゃ、じゃあ、今ちょっとここで歌ってみてもいい?」
「駄目」
「なんでよ?!」
「鼓膜破れて死ぬ」
「小声で歌うわよ!だ、だめ?」
そんな可愛らしく言われても、耐えきれずに気絶したらどうしよう。迷っていると、エリちゃんの表情がまた曇っていく。
「今度はアタシにじゃなくて、聞いてくれたあなたのために歌うから…感想、聞きたいの…」
ゔ、と心が揺らいだ。懇願するように両手を握って見つめらる。うるうるした瞳に耐えきれず、ついに折れてしまった。
「小声ならね…」
「やったぁ!んんっ…じゃ、じゃあ歌うわよ?」
死にたくねぇ〜、と思いながら身構えていると、綺麗な歌声が聞こえてきた。驚いて隣を見ると、目を閉じて歌っているエリザベートしかいない。
あれ?めちゃくちゃ上手いじゃん。音痴じゃなかった?と困惑したけど、まぁなんとか死なずに済んだと安堵して、耳をすませて曲が終わるのを待った。

「ど、どうだった…?」
おずおずと聞いてくるエリザベートに、頷いて答えた。
「よかった」
「ほんとぉ!?」
「うん」
「やっぱりやっぱりやっぱり!アタシの思った通りじゃない!アイツら、全然信用ならないわね!」
いやアレ全員自分自身でしょ…。嬉しそうに笑うエリザベートを見てもういいかと立ち去ろうとすると、またしても腕を掴まれた。
「待ちなさい!あ、えっと、待って!名前!名前教えて!」
「え?」
「お願い!」
「名前だけど…」
「名前、名前ね!覚えたわ!」
腕を外され、はい、と何か紙切れを渡される。
「アタシのライブの特別チケットよ。マスターとあなたにしか渡してないわ。だから、その…」
チラッとまたこちらを伺って上目遣いをする。あざとい子だなぁ。
「来て、くれないかしら…」
「うん」
「!!絶対よ!じゃあアタシ、リハに行くわ。とびっきりのライブにしてあげる!」
そう言って飛び出していってしまった。軽率に返事をしてしまったけど、これ、どうしよう…確か、マスター…立香くんにも渡してるって言ってたな。


「どうぞ」
「え、なにこれ」
先人にアドバイスをもらおうと立香くんの所へ行って相談したら、手に何かを渡された。柔らかいスポンジのような…耳栓?
「鼓膜がやられないようにです」
「でもさっき歌聞いたけど、音痴じゃなかったよ?普通に上手かったっていうか」
そう言うと、立香くんは「あー」と曖昧な表情をした。
「エリちゃん、誰かの為に歌おうって思った時じゃないと上手に歌えないから…」
「なんだそれ」
「これをしてライブ聞くのは申し訳ないけど、結構楽しいですよ。職員の方もそうしてますし」
「アイツら」
グッズやらなんやらもあるらしい。人気じゃないか。
「そろそろ時間ですね。名前さん一緒に行きましょう!マシュも来ますよ」
マシュも?マシュがペンライトとうちわを振っている姿を想像する。
「はは」
「?、あの、どうしました?」
「いや別に」

エリちゃんのライブは楽しかった。想像通り、たどたどしくも熱心に歓声を送るマシュは可愛かった。ただ、オタ芸を披露していた男性職員にはかなり引いた。近寄らんとこ。