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「風邪ひきました。お休みします」
「はいはいまたそんな仮病使って…って、うわーっ?!顔赤ァ!」
「だから風邪ひいたって言ってんじゃん」
なんで初手から疑ってくんの?まぁ私が毎日仮病使って仕事サボろうとするからだけど。
「ちょっ…!フラフラじゃないか!」
「称えて欲しい。視界がボヤけつつも風邪であることをドクターにアピールし仕事から逃れようとする私を」
「妙なガッツ見せなくていいから!熱測るよ、ほら、そこのベッドに横になって」
「え?やだ…そういうのはまだ恥ずかしいよ…」
「何が?!どういうテンションなのさそれ!?」
ヤバイ、本当にしんどい。頭がガンガンして自分が今何喋ってるのかも分かんない。言われた通りにおぼつかない足取りでベッドに潜り込む。横になるといよいよ世界がくるくると回りだして、うわー私風邪ひいてますね。という感じだ。
「ドクター、私のこと、忘れないでね…」
「名前ちゃんみたいなアクの強い子、忘れたくても忘れられそうにないよ…」
目を閉じると、電源が抜けるように意識がプツリと落ちた。


耳鳴りがするほどの静かな医務室でゆっくりと意識が浮かび上がってくる。頭はまだ痛い。それどころか体が動かせないほどの体熱感と倦怠感。吐き気がないことが唯一の救いだ。
自分の呼吸だけが荒く響く空間。壁掛けの時計を見ると、昼過ぎだった。
みんな、何してんのかな。こういう時普段ならやる気のない仕事に対して思考を巡らせてしまう。
管制室にはタイピング音と忙しなく行き交う人の足音と、ダヴィンチちゃんやドクターの声が飛び交っているのだろうか。立香くんは今日もサーヴァント達と戦いの準備に奔走しているだろうし。
けほ、と咳をする。静かな部屋にその音だけがこだました。なる程ね、これが咳をしても一人ということか。
「ぷりんたべたい…」
「なんだそりゃ。食欲はあるみたいで安心しましたよ…っと」
返事があるとは思っていなかったので目を見開く。誰かがベッド脇に座っている。オレンジに近い茶髪。緑色のマント。
「りょくちゃじゃない…ぷりん…」
「なんだとコラ」
ぺしっと頭をはたかれた。病人だぞコラと言おうとしたが、自分以外の誰かの存在を確認出来たことが上回り安心が込み上げてくる。
「今ナイチンゲールは戦闘に出てるんでね。仕方ないから俺が診ますよ」
「やぶいしゃ…」
「はいはい、ならコレは俺が貰っていいんかね」
ロビンフッドの掲げる手元を見ると、小さいカップとスプーンを持っている。
「なに?」
「なんでしょーね。食ってみたらいいんじゃないですか」
重たい体を起こそうとしたら、後ろに倒れそうになるのを手で支えられなんとか起き上がれた。ずい、とスプーンを差し出される。
この歳でそういうことをされるのは若干恥ずかしかったけど、甘い香りにつられておそるおそる口をあける。
「…」
プリンだ。柔らかくて、熱い口内ですぐに溶けてしまった。
「どーです?」
「あまい」
「いや、美味いかどうかってこと」
甘いって美味いって意味じゃなかったのか。口の中でなくなってしまった甘さに物足りなくなり、「あ」と親鳥にねだるように口を開けて催促した。
はいはい、と言って甲斐甲斐しくもロビンフッドは結局カップの中身がカラになるまで私にスプーンを差し出し続けた。
「ほら、水分」
ストローが向けられた。口にはんで吸うと、スポーツドリンクのような味が広がる。胃がスッキリした。
「よし、飲んだな。そんじゃもう寝た寝た。横なんな」
「うん」
横になった私に、ロビンフッドは布団を掛け直してくれる。私は彼の緑のマントをグイグイと引っ張った。
「なんです?」
「めっちゃ好き」
「へーへーありがとさん」
いいから寝なさい。と背中を優しく一定のリズムで叩いてくる。心地いいメトロノームは人の温もりがして、私はすぐに眠りについた。