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「名前ちゃん、髪伸ばしてる?」
「いや別に。確かにもう結べるくらいありますね。切んなきゃ」
言われて気づいた。もうギリギリ1つに結わえるくらいになっている。後ろ手で纏めて、めんどくさいから明日から結んでようかなと考えていると、ドクターがなにやらニヤニヤと近寄ってくる。
「は?セクハラですけど」
「寄っただけで!?」
ガーン!と口に出して大袈裟にショックを受けた表情をする。口に出すな。
「なんスか」
「え?ほら、よかったら髪結んであげるよ、って言おうとしたんだけど…」
「……や、普通に自分で結べるんで」
そそくさとその場を離れようとすると、「あれ?」と言ってドクターは顔を覗いてこようとする。
「名前ちゃん、なんか」
「セクハラですけど」
「なんで!?」
基準ー!とわめいてるドクターを置いて部屋から抜け出した。あぁ、顔が熱い。



意識すればするほど、髪がウザくて仕方がない。手で髪をまとめたまま廊下を歩く。購買に髪ゴムを買いに行こう、めんどくさいけど。
「おねーさん、もしかして、髪の毛結びたい?」
もしかしなくても私のことだろうか。どこから声が聞こえたのか分からない。前方に誰も居ないので後ろを振り返ると、思っていたよりもずっと間近に声の人物がいて半歩後ずさる。
「ゴメンゴメン、近すぎた」
人あたりの良さそうな顔で笑い軽く謝りながら、長髪の男は後ろに下がった。中国系の顔で、顕にしている上半身にはぎょっとするくらい鮮やかな刺青が広がっている。確か、彼はまだ真名を明かさないサーヴァントの1人だったはず。
「おねーさん美人だね」
「どうも…」
「あ、警戒してる?」
どう見てもヤのつく職業にしか見えない男を警戒してしまうのは仕方がないと思う。何の用だと訝しげに見れば、アサシンの男は何故か面白そうに笑った。
「肝臓は2つ持っていたいです」
「いや、人身売買取引じゃないから!」
違ったらしい。じゃあなんだと返事を待てば、彼は右手を差し出して「はい」と言った。
おそるおそる、こちらも片手を開いて差し出すと、手のひらにちょこんと何かを乗せられた。
「あげる。お近づきの印、ってことで」
今度2人で遊ぼうね、と言いながら手を振って行ってしまった。軽いノリの奴だ。多分そんな機会はありそうにないけど、出来れば怖いのでデートは遠慮したかった。
手のひらに乗せられたものを確認すると、赤い髪ゴムだった。それもたぶん市販のじゃなくて、良いやつ。触った時の質感とか素材の感じが安物っぽさを感じない。一瞬、えぇ…後でやっぱりなんか要求されるんじゃないのか…と怯えたけど、(まぁそんときは立香くんにでも相談しよ)と考えて、今は有難く使わせてもらうことにした。
滑らかに伸びるそれで、ずっと抑えていた髪の束をくくる。ぱっと手を離すと、煩わしさが一気になくなってスッキリした。
「あら?ねぇ、アナタ、髪を結んでいるの?まぁ…素敵ね!可愛いわ!」
「君の方が綺麗だよ」
「うふふ、お上手!」
「君、気安くマリアの手を握らないでくれる?」
「どうですか、このまま私と購買で好きなお菓子を買いだめして、パジャマに着替えてベッドに寝転びながらどうぶつの森で通信しませんか」
「!、パジャマパーティね!えぇ、えぇ!もちろん!」
「マリアをくたびれた女子会に呼ぶのもやめてくれる!?ていうか仕事しなよな君!!!」