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やる事はやった。だから余計な仕事を追加されないうちに忍び足で管制室から抜け出して、抜き足さし足で人のいない所を目指す。こっそり盗んだドクターのおやつを脇に抱え、自室にこもってゲームでもしようと考えていたら、誰かに肩をポンと叩かれてしまった。
コノヤロウ後ちょっとだったのに一体どこのどいつだゴルァとしかめっ面で振り返れば、きょとんとした顔で少し怯えたように手を胸の前に組んだ金髪の女の子がいた。
「何?」
「あ、あの、ええと、わた、私ここに来たばっかりで…購買は、何処にあるのかしら?」
「あぁ…購買は…」
そこ曲がってまっすぐ行って…と伝えようと思ったが、ここからでは距離があるためいかんせんちょっと説明が長くなりそうだ。かったるい、というのが第一なのだが、この下半身の装備が極端に危うい赤目の美少女に「めんどい、あっちらへん向かえばいいよ」と言えるほど嫌な奴にはなれそうにない。
いかにも勇気を出して話しかけてみました、といった感じの彼女は、私の返答を八の字眉でオロオロと待っている。気が弱いのか、それとも迷い続けていて不安感が募っているのか、なんとも危なっかしく見える。
「…あー、私も購買に行くから、一緒に行こうよ」
どうにも放っておけず、めんどい、という態度を隠しながらそう言えば、金髪美少女はパァ、と顔を輝かせて頬を高揚させた。
「ほ、本当?……コホン、一応、お礼を言います」
素直じゃないらしい。厳格そうな態度を取ってはいるけど、色々と手遅れな気がするがスルーしてあげた。
脚を進めると遠慮がちに少し後ろを着いてくる彼女に、あまり気にしすぎるのも返って気を使わせるかと思い振り向かないで前だけ見て歩いた。ただ、背中に刺さる視線はちょっと痛い。
「たしかエレシュキガル…ちゃん…だっけ」
「え、ええ」
どうにも、人見知りな性格らしい。会話を続けるにはこちらから話した方が良さそうだ。
「スタッフの名字です。すぐ忘れるだろうけど」
「そ、そんな事ないわ。私、マスター以外に話しかけたの、あなたが初めてだもの…」
だからといってそんなにも緊張するものだろうか。しかし彼女の今までの境遇を考えてみると、もしかしたら人と話すのも稀な状況だったかもしれない。
「なんで購買に?」
「あ、カルデア内を、見て回ろうと思ったのだけど…想像より広くて…まずは行ってみようと思っただけ。迷ってしまったけれど…」
ということは、そもそも施設内を知らないということか。だとしたら、購買の場所を教えたとしてもまたそこから迷子というわけか。
「立香くんに案内してもらえばいいじゃん」
「……忙しそうだもの、私1人で十分だわ」
「迷ってるけど…」
「ぐっ!た、たまたまだわ!ちょっと、こういう所は初めてで…」
2つ結びの髪を手で握りこんで、キュッと抱き寄せながらエレシュキガルは語気を弱々しくした。そんなにしゅんとされると困ってしまう。
「はい、あげる」
「…え?」
脇に抱えたままだったドクターのお菓子、(今日のは高そうな焼き菓子だ)をエレシュキガルに差し出す。チョコは私の好物なので彼女のはフィナンシェのプレーンだ。
「い、いいの?」
「うん」
個包装を剥がして自分の分を口に入れる。美味しい。ドクターは相変わらずいいのをストックしてる。
「歩きながら!?」
「いーじゃん、食べなよ。おいしーよ」
躊躇いがあるらしい。が、手元のお菓子と周りを見て、そしてまたお菓子を見て、うんうんとしばらく迷ったあと、私をチラッと見ると意を決したように個包装を破った。そのまま1口齧ると、表情がパッと明るくなる。
「美味しいのだわ!」
「よかったね」
「あ…」
恐らく素だったのだろう。警戒心の抜けた笑顔を見られたのが恥ずかしかったのか、赤い顔で俯いてしまった。それはそうと、もうすぐ購買に着きそうだ。
「もう購買着くけど、ここで別れたらまた迷うよね?」
「え!?い、いえ、もう大丈夫だわ!た、たぶん…」
やっぱり自信はないらしい。そもそも、来たばかりで土地勘もないままマスターである立香くんの元を飛び出してしまったのだろうから、相当不安な筈だ。面倒だけど、この子の可愛さに免じて少しくらい付き合ってあげようと思った。
「仕方がない、可愛いからな、ブスだったら絶対面倒見ないんだからな、よかったな可愛くて。可愛いは全てを解決するからな」
「???」
「弟も面食いなんだよ。そこだけは私と一緒なの」
「ええと、よく分からないのだけど……」
「ざっとだけど、案内するよ。次食堂行こうか」
困惑していたエレシュキガルの顔が、驚愕に変わっていく。その顔はどこか安堵が見え隠れしていた。
「いいの…?」
「可愛いからね」
手ぐしで髪を弄って、返答に困っているのか赤い顔で俯いている。照れた時に髪を触るのは癖なのかもしれない。
「ありがとう…」
最初の時のようなお礼ではなく、きっと心からの言葉なのだろう。いい事をしたのだからこの後の仕事はサボってもいいだろうか。そんなことを考えながら、彼女と並んで歩き出した。