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「いやー、はっはっは」
「………」
「見つかってしまいましたか。しかしですね、これは誤解というものです。私はただ、聖杯の場所を確かめていただけで、ついでに少し手に取って近くで見てみようとしていただけでありまして」
「警報ーーーー!!!聖杯保管庫に天草四郎発見!!!直ちに包囲ーーー!!!包囲ーーー!!!」
「さらば!」
「逃がすな!」
館内アナウンスをして対聖杯略奪部隊警報スイッチをすぐさま押す。ヴーヴーとサイレンが鳴り響き、マントを翻しながら飛んで逃げる天草四郎をすぐさま他の規律取り締まり系サーヴァント達が追うのを突っ立って見ていた。アルジュナ、普通に廊下で弓を引いてるけど大丈夫なのだろうか。
「とんでもないところに出くわしてしまった…」
ただサボり場所を探していただけなのに、偶然にも保管庫でじっとり聖杯を見つめている天草四郎を見つけてしまうとは。あれが本来の聖杯ではなくリソースなのは分かっているはずなんだけど、煮え切らない何かがあるのかもしれない。目がマジだったし。いや知らんが。
とにかく、ここじゃ休まらないし場所を変えよう。まだ喧騒が遠くの方で響いているのを聞きながら、そちらとは逆の静かな方へと歩き出すことにした。

「マスターは私のことが…好き…好き…好き…好き好き好き好き好き好き好き…!まぁ!やはり!これは!愛!」
選択肢を与えてやれ。温室で花占い(?)をしていた清姫の気迫に押され、ここはダメだと判断して次へ向かった。

「ん〜やはりこのラノベの新刊、最高でおじゃる…」
「あの新ヒロイン、もう少し前髪が長ければ良かったと思わないか?」
「お前そればっか」
休憩スペースでは黒髭とバーソロミューが机に本を並べて熱く語り合っているようだった。なんとなく近寄り難い雰囲気だ。ここもダメか。

「そこ!何度言えば分かるんでちか!?醤油やみりんの大さじは決ちて普通のスプーンで換算していいものではありまちぇん!感覚でさじ加減を測れるのはお前たちにはまだまだ先の話でちよ!」
「ああ、ぁあ〜っ!す、すみませ…!」
「ちゅん!!よそ見をちない!」
「ふぁ、あぁあ〜……!!」
地獄のお料理教室が開かれているようだ。鍋が吹きこぼれたような音と、なんだか情けない巴御前の悲鳴が響き渡る厨房の前を通り過ぎた。


「ねーっ!アタシちゃんさぁ、ここの図書館もアレにしたらいいと思うんだよねー、なんだっけアレ、なんて言うの?なんかコーヒーとか飲みながら本読めるやつ!」
「え……カフェが併設された本屋の事でしょうか…?い、いえ、ここは図書館ですっ!購入した書籍であれば可能ですが…あくまで、ここでの蔵書は貸し出しですので…。もう、いいわけないじゃないですかっ!ダメです!ダメ!」
「えー!ちょーオシャンだと思ったのにな〜」
「というか、私語厳禁です!」
「ちぇー、……あり、今誰か来なかった?」
「話を逸らさないでくださいっ!もうっ…」
危ない、パリピに捕まったら仕事をサボれたとしてもなんの意味もない。ここもダメそうだ。


その後も転々とカルデア内を歩き回ったが、どこもかしこも英霊だらけ。一歩進めば声、声、声。そうして1時間ほど歩き回った頃、少し疲れて廊下の壁にもたれかかった。
本当に、賑やかな場所になったもんだ。第一特異点の頃からは想像もできないほど、人(ときどき人外)の声に満ちた場所になった。私が今いるここが、人類最後の砦とは思えなくなってしまいそうな程、暖かくて、光に満ちたような場所。
「………」
でも。
窓の外から見える景色は、いつだって暗闇なのに。
「………へや、かえろ」
本当は部屋に1人で居るのは嫌いだ。ベッドに1人閉じこもっていると、もうダメなんじゃないか、今回は大丈夫だったけど、次の特異点で立香くんもマシュも、みんな死んじゃうんじゃないか。そんな最低な事ばかり考えてしまう。弱っちくて嫌になる。そんな自分の不安が、全てを信じて頑張っている他のスタッフの皆にバレてしまうのが怖い。そんな自分が、あんなに真っ直ぐな少年と少女を支えられるわけが無い。
皆といると、いつも、酷く、後ろめたい気持ちになる。

俯いたまま足を自室の方へ向け歩き出そうとした時、風が吹いたように花の香りが顔の横を通り過ぎて行った。
顔を上げてその匂いの正体を探すと、彼はすぐ目の前にいた。
「お嬢さん、浮かない顔をしているね。良ければ僕とおはなしなんかはどうかな?」
「………知らない人について行っちゃダメって、エミヤママに言われてるんです」
「それは困ったな。じゃあ、これから友達になればいい、そうは思わないかい?」
花の魔術師はそう言って、手のひらから一輪の淡いピンクの花を差し出した。そして迷子の子をあやす様な笑顔で、静かに見つめてくる。
「………」
「どうかな?」
「………はい」
「ふふ、じゃあさっそく僕の部屋に」
「ママに聞いてきます」
「まってまってまって」
マーリンは近くにいたマルタさんに引きずられて行き、私はエミヤに仕事をサボりすぎだと怒られた。首根っこを掴まれ同僚に引き渡され、両脇を抱えられて管制室に引きずられながら、黒髭たちの会話に入れてもらうのが1番マシだったかな〜〜と遠くを見つめていた。