11

マーリン、「マーリン!」いつもの見慣れたピンク色の光景が目に飛び込んできたのと同時に、私はその部屋の主の名前を迷子のように呼ぶ。
いない。マーリンがいない。せっかく今日はこっちに来られたのに、どうしてどこにもいないの。
「マーリン…マーリン!」
「どうしたんだい?」
ぜんぜん姿が見えなかったのに、いつの間にかすぐ傍にマーリンは立っていた。手にいつものティーポットを持っている。どうやら紅茶を用意していたらしい。
「やぁ、久々だね。どうして最近は来てくれなかったんだい?名前ちゃんも居ないのに淹れる紅茶は虚しいんだぞぅ?」
花の香りがする。腐葉土と発酵した草木の臭いは、ここではいっさい存在しない。
「顔色が悪いね。椅子に座ろう」
マーリンがティーポットを置いて椅子を引き、私に座るよう促す。誘われるまま、私はいつもの席へ着いた。
「大丈夫かい?」
「あ、わ、私、わた、し、わたし、」
思考がまとまらない。声がうまく出せない。そもそも、私は今までどうやって喋っていたんだっけ?
「落ち着いて。なんとかしてあげよう」
マーリンが指先を動かして、空中に何かを描いている。頭の奥にモヤがかかって、霧の中にいるような感覚になった。
花の香りがする。


「海と山、どちらが好きかい?」
ぼやけた視界が晴れて、いつものようにマーリンと向かい合って座っていた。何をしていたんだっけ?あんまりよく思い出せない。
「実は私、夏の装いなんかもあったりしてね。見たい?」
いや別に。
「冷たい!」
海と山かぁ。どっちがいいんだろう。海はクラゲとか怖いし、山は虫が多くて嫌だな。
「私は女の子たちが大胆になるから、海がいいかな」
じゃあ山にする。
「なんでさ!」
でも一番いいのは、快適な近くの建物で日差しなんか気にせずアイス食べるとかだな。
「うーん、現代っ子。じゃあほら、行ってみたいところとか、見たいものはあるかい?」
見たいもの……。マーリンはあるの?
「君たちの産み出すものは、私にとって価値のあるものばかりだからね」
……結局マーリンってなんなんだっけ。
「おや、言わなかったかな?」
ウーパールーパーの妖精だっけ。
「うん…半分、正解にしていい気もしてきたよ…」
視界が滲んでく。マーリンの白い姿が歪んで、そろそろ朝が来るみたいだ。なんだか今回はいつもより短く感じるような気がする。
「もう朝かい?あと何回、君とこうしてお喋りできるかな」
そこで、11回目の会話は終わった。