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「お。ヘーイそこの!超暇そうなカルデアガール!わしと焼きいもパーティーなんかどう!?」
織田信長は女性じゃないと思う。そんな、当たり前なのにここじゃ不正解になるような世間一般の認識を、今更わざわざ目の前で本人に言ったりなんかしないけど。
胸元にデカデカとプリントされたBusterの文字が妙にダサい真っ赤なTシャツを着て、艶やかな黒髪が地面につくのも気にすることなく、織田信長はさつまいもを焼いていた。

廊下で。


「これ、火災報知器とか平気なんですかね」
「んー、大丈夫なんじゃね?わしの炎、本物じゃなくてなんかこう魔術的なアレだし?あ、これとかもうええじゃろ!ほれほれ」
そう言って、懐から何か鋭利な物を取り出し網の上の芋を突き刺すと、こちらへ芋を向けて抜き取るようにと腕を動かしてくる。見るからに熱そうなそれを、上着の袖を使って受け取った。いやちょっと待て。この人、懐刀で芋突き刺してるぞ。
「これはまだじゃな〜」
しかもそのまま残りの芋もそれで転がしているし。
いろいろツッコミどころしかなかったが、面倒だし、それよりも手の中にある焼きいものいい匂いが鼻腔をくすぐる。アルミホイルの包みを開くと、中からホクホクと湯気が立ち上がった。紫と、切れ目から覗く黄色の鮮やかさが目にも美味しそうに映る。
「いただきます」
「そんな所に突っ立ってないで、そなたもここに座ったらどうじゃ?」
「いや、そんな所もなにも第一、ここ廊下ですし」
「それもそうじゃな!というか、初見でそこにツッコミ入れずにいたそなたもそなただと、わし思うネ!」
まぁそうなんだけど。あとやっぱり一応、隣で座って食べるとか不敬だよなぁとか、なんとかかんとか。
「おっきたさんっ♪だっいしょっうり♪…ってあーーー!!ノッブ!?何やってるんですか!?」
「なーんじゃそのクソダサい歌。宴会芸なら猿のがまだ上手かったぞ」
「なにをー!?沖田さんは次回アイドルイベで霊衣開放予定なんですからね!?(※分かりません)っていうか、ダサさならそのTシャツの方が上ですしーー!!」
「は〜?このオシャレが分からんとか、幕末からセンスが追いついてないんじゃないかの〜!?」
なんだか賑やかになってきた。2人の口論を横目にみつつ、皮を爪で剥き、少し粘り気もあるしっとりした焼きたての芋を口へ運ぶ。口の中に広がる自然な甘さとあたたかさ。美味しい。思わず口元が緩くなる。
「「…………」」
ふと気がつくと、さっきまでコントのように言い争っていた2人がパタッと静まり返りこちらを凝視していた。口の端から綺麗に揃ってヨダレが垂れている。
「さて、わしもそろそろ食べようかの」
「狡いですよノッブ!私にも!」
「え〜どうしようかなぁ〜、Tシャツダサいって言われたしのぉ〜」
「ぐ、ぐぐぐぎぎぎぐぅ…」
沖田さんが錆び付いた金属みたいなうめき声をあげている。それを見ながら、これみよがしに信長は焼きいもを剥き始めていた。
「だ、大体、こんな廊下で何をしてるんですか。スタッフさんも!美味しそうに食べてる場合じゃなくありません!?」
「ふぁっへ、まらふひにはひっへるはら(待って、まだ口に入ってるから)」
「え、あ、すみません…」
律儀に私が咀嚼し終えるのを待ってくれた。優しい。
「しょーがないのぉ。ほれ、食べれ」
「やったー!」
結局貰うんかい。
「……ん?」
不意に、今まで芋の焼ける匂いで満たされていた空間が、何やら焦げ臭くなった。2人を見るとまだ気づいていないのか、美味しそうにもぐもぐ焼き芋を食べている最中だった。臭いの原因を探して辺りを見回す…………………焼けてる。髪が。

「あの、焼けてます」
「ん?あ、もうこれも焼けてるかの?どれどれ、今わしが……」
「いえ、あの、髪の毛…」
「え?カニ鍋?」
「いいですねぇ!沖田さんすき焼きも食べたーい!」
全然気づいてくれない。とか言ってる間に、火はどんどん信長の髪を燃え上がらせている。
「いや、髪!燃えてます!髪の毛!」
「え〜?………どぅあーーーー!!??」
「ぎゃーー!!ノッブ!髪が、髪がーーっ!!」
ようやく気づいてくれたのはいいけど、もう軽くボヤ騒ぎになってしまった。みんなしてワタワタと慌てふためいている中、髪は更にバーニング。
「わし、一人本能寺なんじゃがー!」
「言ってる場合ですか!み、水!水ないんですか!?」
「自販機!」
1番近くの自販機に駆け寄り、慌てて財布を探す。…持ってなかった。振り返って2人に助けを求めるが、沖田さんが最早髪を斬ろうとしており、ノッブが転げ回って逃げていてそれどころではなさそうだ。
「あわわわわわ」
「あ?んだアレ。何してんだあの馬鹿共は」
すぐ横で声がして振り向くと、強面の男が至極めんどくさそうに転げ回るノッブ達を眺めていた。180はある高身長、腰には大振りの刀が差してある。たしか、沖田さんとよく一緒にいたはずだ。
「織田信長の髪が燃えてます!」
「そうか」
そうか!?いや、今はそんなことより水を……金がないんだった。チラッともう一度沖田さん達の方を見ると、口でフーフーして火を消そうとしていた。ダメだ、早くしなければ…。
と言っても手持ちが無いのには変わりない。こうなったら一かバチか、このいかめしい男前に頼むしかないのか。
手を合わせて頼みこもうと男の方を向くと、ピッという電子音のあと、鈍い音がして取り出し口からペットボトルが1つ転がり出ていた。
「ん」
「え、あ、ありがとう、ございます…」
拾い上げたボトルを私に持たせると、黒い上着を翻してスタスタと通り過ぎてしまう。その背中に向かって感謝を伝えると、片手だけ挙げてそのまま歩き去って行った。
「…か、カッコイイ…」
消えた廊下の先を見つめていると、わぎゃー!おのれミツヒデー!と悲鳴が聞こえ我に返る。いや、今回信長を襲ったのは明智光秀じゃなくて、焼き芋の火なのだが。
急いでペットボトルの水を届けに走る。今度から廊下で焼き芋をする時は、髪を縛っていただこう。ていうか張り紙しとこう。火気厳禁。