なんで俺はこんなに人見知りなんだろう。立香くんをはじめ、世の中には出会って間もない人間と気さくに会話出来る人間が多すぎる。
俺は先程から目の前で腕組みをして日頃の愚痴を生き生きとぶちまけているジャンヌオルタに、大したリアクションもできずひたすら聞き手に徹していた。聞き手というか、本当にもうひたすら頷いてるだけだが。
「だからね私は言ったのよ、別にアンタと仲良しこよししようってんじゃないって!なのにあの女、まるで話を聞かないでニッコニコしちゃって!まぁあの女が私の話を聞いたことなんて全然ないけど」
大体がというか、全てジャンヌダルクへの悪口なのだが、それはともかく俺なんかに話をしていて楽しいのだろうか。立香くんから以前風邪を引いた時のお見舞いに貰った手紙を部屋でニヤニヤ読んでいた所、意外にもしっかりとノックをして訪ねてきた彼女は「暇?暇ね?ちょっと付き合いなさい」と言って問答無用で俺を連れ出した。逆らうと怖いのと、先日の件でちょっと同情していた俺は、まぁちょっとなら…とノコノコついて行ったのだが、あれからかれこれ30分、ジャンヌダルクの部屋でこうして話を聞いている。
「そしたら今度はあのジャンクフード女が……ちょっとアンタ、聞いてるの?」
首がちぎれるくらい頷いた。前にジャンヌダルクよりは話ができそうだとは思ったものの、やっぱりジャンヌオルタの纏うトゲトゲした雰囲気だって怖いもんは怖い。俺の必死さが伝わったのか、ジャンヌオルタは腕を組み直し「フン、まぁいいわ…それじゃあ本題に移るけど」と言った。
「ほ、本題…?」
てっきり愚痴をぶちまけるサンドバッグが欲しかっただけだと思っていたので、思わず聞き返した。ジャンヌオルタは「そ」と短く返事をして、その長い脚を組み直す。白くて綺麗な太ももが顕になり、ちょっと気まずい。
「アンタ……名前って言うんでしょう?ナヨナヨした医者に聞いたわ」
ナヨナヨ…ロマニかな。俺はあはーと頭に手をやって笑うドクターを思い浮かべた。
「あー…そうです」
「漫画って読む?」
これまた予想外な単語が出てきた。ただ、そう聞いてきたジャンヌオルタの顔は真剣そのものだったので、冗談とかではなさそうだ。
「えっと、結構、読む、かな」
「ジャンルは?ギャグ?アクション?ファンタジー?」
テーブルに乗り出して、グイグイ来る。俺が気圧されて返答に詰まっていると、「じゃあホラー?恋愛?スポーツもの?」と、さらに続けてくる。
「アクション、とか、ファンタジー…も、読むかな」
「ふぅん、恋愛は?」
「読んだことはあるけど…」
姉からオススメされたのを数冊読んだことはある。ただ、どちらかというと少年漫画系の方が好きだ。
そう答えれば「なるほどね」と、割と満足そうにジャンヌオルタは座り直した。
「アクションとファンタジーね…」
「そういうの、興味、あるのか?」
率直に聞いてみた。ジャンヌオルタと漫画、なんというか、パズルのピースがカチッと嵌らず首を傾げてしまう。すると聞き方が悪かったのか、ジャンヌオルタは顔を曇らせ「何?」と逆に聞き返してきた。
「私が漫画に興味をもっておかしい?似合わない?」
「いや、そういうわけじゃ、ないけど…」けど、の後が続かない。だってそりゃまぁ、ちょっと、想像しなかったけど…。
ジャンヌオルタは俺の煮え切らない返答に、「いーわよ」と予想より穏やかに返した。その表情は、不貞腐れた時のうちの犬に少し似ていた。
「言われなくても分かってます。似合わないわよ、私に漫画なんて」
「なら、どうして?」
俺の問に、「別にいいでしょ…」とそっぽを向いてしまったジャンヌオルタは完全に拗ねていた。俺は、彼女が漫画に興味を持った理由を、何となくだが想像してみる。
「えっと、…ジャンヌダルクが、読んでたからー…とか」
「なんでわかんのよ!!」
当ててしまった。
ダンッと勢いよくテーブルに手をついて叫んだジャンヌオルタは、自分のその行動が何よりの答えになってしまっていることを自覚すると、顔を下げブツブツと呟き始めた。
「あの女が…なんかちょっと前から"オルタも読みましたか?ワ〇ピースのあの回!あ、オルタは読んでいませんでしたね、すみません。"だの、"はぁ…素敵です〇に届け…オルタは誰派ですか?あ、すみません、読んでませんでしたね。"とかなんとか煽ってくんのよ!?話しかけてくるくせにそう言って他の奴らとワイワイ盛り上がってるし!ふざけんじゃないわよ!私だってねぇ!漫画くらい読めるわよ読むわよ読み書きだって練習したし!!」
「お、おお…」
なんか大爆発してしまった。要するに優位に立たれてる感じがして嫌なんだろうな…。当のジャンヌダルク的には、多分全くなんの悪意もなく、ただ単に話しかけたかっただけなんだろうが。…いや、本心は分からないけど。
溜まっていた本音をぶちまけて落ち着いたのか、立ち上がって叫んでいたジャンヌオルタは乱暴に椅子に座り直したが、それでも頬杖をついて不機嫌顔だ。
「だから読んで読んで読みまくって、私が今度はあの女に言ってやんのよ。"ねぇあの巻のあの話読んだァ?あ、まだ読んでなかったわね、ごめんなさァ〜い"ってね!!」
多分、それ逆に喜ばれると思うけど。とは言わない方がいいだろう。何はともあれ理由は分かったが、ひとつだけ腑に落ちないことがある。
「じゃあ……なんで俺なの?」
「なによ、私が選んでやったのよ?光栄に思いなさい」
答えになっていなかった。確かに一応初対面ではないが、あの時俺はロクに彼女の役にたてなかった気がするので、むしろ恨まれていると思っていたのだが。
「あぁ、あの時の事?いいわよ別に、ハナからアテにしてなかったし」
アテにされてなかった。ショックだったので項垂れると、目の前の彼女が小さく何か言ったのが聞こえた。
「…別にどうせ捕まるしどこ逃げたって一緒だから、顔のイイヤツがいる部屋に決めただけなんだけど」
もしょもしょと小声で何か言っている。ジャンヌオルタはフン、と鼻を鳴らして、今度は俺にも聞こえる声で話し出す。
「漫画が読みたいってバカ正直にあの聖女様なんかには死んでも言いたくないし、サーヴァント連中にも世話になりたくないの」
「じゃあ…立香くんは?」
立香くんなら、茶化さずにしっかり意向を汲んでくれるだろう。そう言うと、ジャンヌオルタはちょっと驚いてこっちを見た。
「何あんた、マスターと仲良いの?」
「いや、まぁ…たまに、話すけど…」
そう答えるとなんだが不思議な顔をされたが、すぐに元に戻り「まぁいいわ」と仕切り直される。
「マスターはダメ。別に嫌じゃないけど、傍にサーヴァント共が多すぎるでしょ。聞かれるとかぜっっったい嫌」
心底嫌そうな顔で言われた。さっきから見ているが、けっこう表情がころころ変わる子だ。
「それで…俺?」
「そ、アンタ読んでんでしょ?オススメ教えなさいよ」
これでようやく合点がいった…のか?まだちょっとだけ納得がいってないが、まぁ、問題はそこではないし、いいか。
「そういうことなら…ただ、好みが合うか心配だな。一応、メジャーなやつとかが好きなんだけど…」
「私まずそれもわかんないからいいの。ホラ、いいから教えなさい」
ホラ、と手渡された端末には、電子書籍のサイトよろしく、ありとあらゆる漫画がラインナップされていた。なるほど、サーヴァント達ってこういうのから知識を得たりもするのか?ひょっとしたら職員も見ているのかもしれない。俺はここに来て仕事漬けだったから、こういったものは触ってこなかったけれど。
適当に指で画面をスライドすると、いくつか読んで面白かった覚えのあるやつを見つけた。画面を見せながら、ジャンヌオルタに「これと、これと、これと…」と指で示して説明すると、ふんふん、と真剣に聞いて頷いている。さっきも読み書きを勉強したと言っていたし、真面目な性格なのかもしれない。
あらかた紹介し終えると、「分かった」と端末を手元からひっぺがされる。
「取り敢えず、全部読むわよ。今度感想言いに来るから」
「え」
てっきり役割は終わったとばかり思っていたがそうではないらしい。思わず声を出してしまったが、やっぱりそれが気に食わなかったようだ。ジャンヌオルタは露骨に眉を寄せた。
「なによ。来ちゃ悪い?あーあーそうですよね、迷惑ですよねごめんなさいねーーー」
また拗ねてしまった。
「あ、いや、そうじゃなくて。俺、話下手だし、そういう話とかしても、ジャンヌオルタは楽しくないんじゃないかなって…。俺は、その、話しかけてくれて、ちょっと、嬉しい、けど…」
自分でも後半はいらないかなとか思ったけど、気がついたら言ってしまっていた。いやまぁ本当になんでかは知らないけど、ジャンヌオルタが俺なんかを選んでくれたのは嬉しかったというか、ドキドキ(半分恐怖)したし…。
言い終わる頃にはもう自分でわかるくらい顔が赤くなっていたので、咄嗟に下を向いてしまう。怒らせてしまっただろうか。おそるおそる、少し顔を上げてジャンヌオルタの表情を窺えば、ピシッという効果音が聞こてきそうなぐらいに固まっていた。
どうしたのだろうか。俺が「ジャンヌオルタ?」と言うと同時に、ものすごく顔をしかめたジャンヌオルタが「ハァァァアアアァァァ??」と大きな声を出した。
「えっと、ジャ「ハァァァーあ〜あ〜あ〜!」ンヌ、え、何?」
なんだかため息ともとれるようなよく分からない奇声を発しながら、ジャンヌオルタは端末を手にドアへと向かって行く。何。なんなの。怖い。
「いい?絶対行くわ。アンタはせいぜい美味しいお菓子とか紅茶とか用意して私のことを待っていなさい」
「は、はい」
よく分からないが、怒ってはいないらしい。ジャンヌオルタはそのままドアを開けると、去り際に俺を一瞥した。
「じゃあね名前。…ちゃんとまた話しかけてあげるから、泣いて喜びなさいよ」
そう言うと、スタスタとどこかへ行ってしまった。取り残された俺は、ただ1人、ポカンと座ったままだ。
あれ、そういえばここ、ジャンヌオルタの部屋なんだけど…。