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「名前くん、けっこう髪伸びたね」
言われて、自分の前髪を触る。確かにちょっと伸びてきたかもしれない。
「目にかぶってるよ?切った方がいいんじゃないかい?」
「そうかも」
たしかに、自分としてはどうでもいいけど、人から見たら鬱陶しいかな。
「うんうん、ここらでさっぱり切っちゃいなよ、目も悪くなるし」
俺が前髪を弄りながら悩んでいると、ドクターはやたら笑顔で散髪を勧めてくる。そういう自分は随分と長いポニーテールを揺らしているくせに、人の事言えないだろ。
「うーん」
「なんで悩むの?もしかして伸ばしてる?」
「そういうわけじゃないんだけど…」
単に、面倒だから。切るっていっても、これくらいなら自分で切らなきゃいけないし。そう考えていると、ドクターが何を考えているのか、やたらニヤけ面でいそいそと近づいてくる。一体何を言い出すのかと睨んでいたら、
「ねぇねぇ、なんなら僕が切ってあげようか?」
「うわ…絶対嫌だ」
「なんでさー!」
絶対嫌だった。普通に自分で切った方がマシな気がする。
「一回人の髪の毛切ってみたかったんだよ。ね、前髪ちょきんってするだけだからさぁ」
「無理絶対無理絶対斜めにされる」
「しないってば!これでも医者だから、鋏ぐらい扱えるってばぁ!」
ねー!としつこく肩を揺すってくるドクターがめんどくさいのでおつかれさまでーすと管制室を出る。相手するのもめんどくさい。
「気が変わったら言ってね!」と何やら言っているが無視した。ドクターって変なところで幼児化して好奇心出してくるよな。


管制室を出て右に曲がる。小腹もすいたし、食堂に行こう。今日はオムライスが食べたい。
キャットのふわふわオムライスに想いをはせながら食堂への道を歩いていると、不意に肩をトントン、と優しく叩かれ、驚いて後ろを振り向く。
「やぁ、スタッフの方だね」
随分な美丈夫がいた。背が高い、180くらいありそうだ。顔を見ようとすると、自然と見上げる形になる。気品が漂う青い瞳が印象的だ。ハーフグローブをつけた綺麗な指先を口元にあて、何やら俺の顔を見ながら「ほほぅ…これはなかなか…なかなか…」と呟いてるのが非常に気になるのだが、かなりのイケメンに遭遇してしまい少し見とれてしまう。
俺が惚けて彼を見ていると、「ふむ」と何やら一人納得した様子で、彼は佇まいを正すように姿勢を整えていた。紳士とはこういう人のことを言うんだろう、手慣れた優雅な動作で俺に向き直ると、微笑みと呼ぶに相応しい表情で彼は口を開く。
「君、今からどこへ行くのかな」
「あ、えっと、食堂、です」
忘れかけていたが、オムライスを食べに行く所だった。空腹を思い出し、目の前のイケメンからオムライスへ天秤がガシャンと傾く。
「食事かい?そうか、君さえ良ければ私の船に招待しよう。ご馳走を振る舞うよ。その代わり、君の話を是非詳しく聞かせて欲しいのだが」
「へ」
なんだろう、何に誘われているんだ?なんで俺の話を聞きたがるんだ?ていうか、船?
はてなマークが浮かびまくるが、今の俺の心の中はオムライスでいっぱいだった。オムライス…キャットのオムライス…ふわっと、トロッと…ケチャップの酸味とライスの比率が絶妙なんだよな…。
「ごめんなさい。今日は食堂で、オムライスが食べたいんです」
正直に言うことにした。彼の考えていることはよく分からないが、今の俺はオムライスしか考えられなくなっていた。まるでにんじんを前にした馬並である。
すると「そうか…オムライスが好きなのか…」とまた何やらウンウンと頷いている。なんだろうこの人、イケメンだし紳士的だけど、さっきからどうも勝手に一人で納得してる感じがあるな。
俺はそろそろ食堂に行きたいのだが、目の前の彼をどうすればいいのか迷う。よく分からないが声をかけてもらって、そのまま放置というのはどうなんだろう。でもなんか、思考の海に潜ってしまっている感じもあるし…。
……いや、もしかしてこれは、チャンスなんじゃないか?
頑張れ、名前。お前は人と話せるようになってきているじゃないか。立香くんとなら目を見て話すことも恥ずかしくなくなったし、カルナやジャンヌオルタとも最近は話せている(※個人の感想です)。人見知りというコンプレックスを、なんとかこのまま、治していきたい。
………………よし。
「あ、あの」
「うん?」
俺から話しかけられて、彼が首を傾げる。そんな姿もイケメンは様になっていてズルいな。
「よ、かったら、…一緒に、食べに行きませんか…お、オムライス…」
「おや、いいのかい?」
ぱぁっと嬉しそうに笑う彼に内心ほっと胸を撫で下ろしつつ、そういえば名前を聞いていなかったと思い出した。
「私の名前かい?是非とも覚えていってくれ、そして今後とも、何卒、よろしく頼むよ」



後日、俺が前髪を切った事で、彼が俺に話しかけた理由が分かったのだが割愛しよう。そんなに?ってぐらい悲鳴をあげられたってことだけ言っておきます。