※第1部クリア後の世界
もうレイシフト出来るなら君も来てくれと言われて引っ張りだされてしまった。猫の手も借りたいぐらい、リラクゼーションルームの厨房班は大変らしい。かといって俺が厨房の中にいても出来ることは皿洗いくらいなので、主に俺はホールを任される事になった。
頼られるのは嫌いじゃないし、注文とって配膳するくらいなら大丈夫だろう。そう思っていたけど、これが結構大変だ。見知った顔ばかりだから何かと捕まるし、皆よく食べる。
ペンテシレ…いや、CEOから支給されたウェイター用の制服の袖を巻くって、お客が途絶えた合間に深呼吸した。汗が出るな、けど、厨房の中は戦場だ。俺なんか彼らの数分の1も働いてない。
「あの、注文お願いしまーす」
「はい!」
注文を打ち込む電子機器を持ってすかさず向かう。みんな頑張っているのだから、俺ももっと頑張らないと。
「お待たせしました、ご注文をどうぞ………あ」
席に座るお客さんを見てみたら、立香くんと刑部姫だった。目が合ったので自然と笑ってしまう。
「お疲れ様。何になさいますか?」
「ウェイターさんをテイクアウトで!!!」
「へ?!」
カッ!と目を見開きテーブルに手をついて立香くんは叫んだ。俺が困惑していると「あ、間違えました」と言ってスッと席に座り直す。
「ウェイターさんを店内でお願いします」
「まーちゃん、変わってない、あんま変わってないよそれ」
「あれ?」
「あれじゃないよ。あ、姫パンケーキね」
「えっあ、えっと、パンケーキですね…」
頭が追いつかないけど、取り敢えず刑部姫からはパンケーキが注文されたので打ち込んでいく。立香くんは…ウェイター…………あっそういう…わ、え、えっと…その…。
「あの…お客様…」
「すみませんでした。えっと、俺はですね、」
「ウェイターは…今は、だ、だめ……」
恥ずかしい。でももうちょっとで俺も休憩時間なので、終わったら話せるかな、とか思いながら手でバツ印を作ると、立香くんは前のめりに倒れた。
「うっごふっ」
「まーちゃん!!!まーちゃーーん!!はっ…!し、死んでる…」
「なんで!?」
心配なので背中をさすろうとしたら刑部姫に止められ、「オーバーキルだよ!」と怒られた。
「可哀想にまーちゃん…幸せ死だね。あ、まーちゃんはオムライスだよ」
「あ、う、うん」
ポチポチと追加注文を入れる。厨房から「オムライスだワーーーーン(遠吠え)」と声が聞こえてきた。いいな、俺も早くキャットのオムライス食べたい。
「では少々お待ちください」
そう言っている間に、また違うところから声がかけられた。ただいま参ります、と返事をしてから突っ伏している立香くんに耳打ちをした。
「あのな、あと1時間で休憩だから…その時に、その…」
そこでまたもう1組やって来たので、これ以上は時間に余裕がなくなってしまった。「じゃ!」と言って刑部姫と手を振って挨拶しテーブルを離れた。
「よかったねまーちゃん。推しのウェイター姿だよ」
「無理」
「語彙を失っている…」
「お待たせしました、ご注文は…」
「コーヒー」
「はい。…エドモン、コーヒーだけなのか?」
エドモンは組んでいた手を解いて体勢を直し俺の方に向き直った。
「……そうだな、なら、これも貰おう」
そう言って、トン、とメニュー表を綺麗な長い指で示す。いちいち所作が優雅だ。
「コーヒーゼリーのソフトアイス乗せ、ですね」
メニューを打ち込み、コーヒーとこれなら直ぐに出せるなと取りに行く。トレーに2つ乗せ、エドモンの元へ急いだ。
「お待たせしました」
テーブルの上へコーヒーとゼリーアイスを並べると、エドモンは「あぁ」と口を開いた。
「失敗したな。両方コーヒーだ」
「?…あ」
ホントだ。俺も疲れてて気づかなかったな。何かに取り替えようと言うと、エドモンは「いや」と首を振ってスプーンでアイスをすくい、俺の方へ向けた。
「ウェイター、お前が余計な事を言ったせいだ。責任を持って食べてもらおう」
「え゙。いやそれはむぐっ」
空いた口にスルッとスプーンを差し込まれた。舌にひんやりとした感覚がして「ひ、」と声が出てしまったが、すぐに口内には甘みが広がっていく。
「おいしい!…あ」
思わず言ってしまった。エドモンはふ、と笑ってまたスプーンを動かした。
「まだあるぞ、早く口を開けろ」
「い、いやでも、お客さん待たせちゃうから…」
「だから早くしろと言っている。開けろ」
結局全てエドモンに口に運んでもらい完食してしまった。小ぶりなゼリーアイスだからすぐに食べれてよかったけど…。いやでも、本当に美味しかった。
「美味かったか?」
エドモンは口角を上げてそう言った。もしかして、わざと間違えたのだろうか。
すいませーん、とまた声が聞こえた。はい!と返事をして、エドモンに頭を下げる。
「ご馳走様でした!」
「あぁ」
満足気にコーヒーを飲みはじめたエドモンにもう一度頭を下げ席を離れた。
「あら、顔が良いオトコ!でもちょっと体が貧相ね、私の好みじゃないわ」
新規のお客様のテーブルへ辿り着くと、開口一番振られて落ち込んだ。そう、ですか…。
「ご注文をどうぞ…」
「私はこれ。スカサハ、貴方はアイスとこれだっけ?」
「む、待てメイヴ。こちらのシロノワールとかいうのも気になるのだが」
「だめよ、カロリーの高いものはひとつに絞りなさい?いくら太らないといっても暴食は美しくないわ」
「しかし…」
「そ、そんなしょげたってだめよ」
「むぅ、むぅ…決められん…。…ウェイター」
「は、はい」
メイヴに諌められたスカディが、助けを求めるように俺を見た。
「オススメはどっちだ?」
スカディがスフレパンケーキとシロノワールの選択権を何故か俺に委ねてきた。メイヴからの視線が痛い。これは多分、(何で私じゃなくてコイツに聞くのよ)という視線だと思う。
しかしそう聞かれるとすごく迷う。俺はどっちも美味しいと思うし、選べないほどどっちも好き。しばらく考えたが、断言することが出来ないので違う解決法を提案することにした。
「どっちも頼んで…メイヴちゃんと一緒に食べればいいんじゃないですかね」
「!」
ぱぁ、と顔を輝かせてスカディがメイヴの方を見た。
「メイヴ」
「あーもう、仕方ないわね、今回だけよ?全然、全然半分こするのが嬉しいとかはないからね、仕方なくよ?」
満更でもなさそうに、寧ろ笑顔から嬉しさが溢れ出ているメイヴにほっと安心して注文を受けた。
「そろそろ休憩したまえ」
厨房へ料理を取りに行くと、エミヤに声をかけられた。
「これを運んだらそうします」
「そう言って先程も30分戻らなかったのだが?」
「ぐえ」
進もうとした所を、襟を捕まれ停止させられた。そうだったっけ?とはてなマークを浮かべていると、はぁ、とため息をつかれた。
「君は本当にそういう所があるな。はやく休憩に行け。でなければまたアスクレピオスに頼みに行くぞ」
「休憩頂きます!」
以前働きすぎた俺にストップをかけるため、アスクレピオスに誰かが"俺に何をしてもいい"という条件で医務室へ運んでくれと頼んでからというもの(ひどい)、アスクレピオスは俺をモルモットと呼んで色々してくる。本当に死なない程度で色々してくる。怖い。すっかり今では逆らえない存在なのだ。
「待っている者もいるからな」
エミヤが顎で厨房の入口を指した。見ると、立香くんが手を振っている。その横には途中で会ったのだろうか。マンドリカルドが気恥しそうにぺこっと頭を下げていた。
「行ってきます!」
「あぁ、よく休むといい」
辛い日々でも、こういうレイシフトがあるなら悪くない。モニター越しでは少なくなる満面の笑みを浮かべた立香くんへ、俺は駆け足で向かった。