※第1部クリア後の世界
光に包まれて目が覚めると、教室の席に座っていた。
いや、自分でも何を言っているんだというかんじなのだけど、本当にそう表現するしかない。高校だろうか、目の前には大きな黒板と教卓、懐かしい風景だ。
「…ゆめ?」
『ざんねーん、夢じゃないんだよねー』
独り言だったのだが、俺の呟きに答えてくれた声には聞き覚えがあった。
「ダヴィンチちゃん?」
『はーい!今ね、こっちでも状況を調査中なんだけど、どうやらその特異点、サーヴァント達が学生になってるんだよね。あ、先生もいるんだけど!』
またヘンテコなのに巻き込まれてしまった。よく見ると周りにいる学生服の生徒達は、確かに見知った顔ばかりだ。ただ。なんだか男性の比率がやけに高い気がする。
『先にレイシフトした立香くんは原因の探索に行ってるわけだけど…うーん、なんだか君の数値がおかしいね、いつもと違うようだよ?』
「え、俺、大丈夫なの?」
『うーん、身体面では問題ないと思うんだけど…なんだろう、ある種のバフ、みたいなのがかかってる感じかな?』
「バフ?」
自分では何も感じないし、普段通りのような気がする。いつの間にか学生服を着ていた自分の服の袖を見ながらちょっと懐かしさに浸っていると、うんうんと唸っていたダヴィンチちゃんが『仕方がないね』と言う声が聞こえた。
『分からないものはしょうがない、こちらで調査を進めるさ。戻ってきて貰ってもいいけど、できれば君の方でもその特異点について調べていて欲しいかな。エネミーがうろついていたりはしないし、周りにはサーヴァントが大勢いるから危険はないよ』
「うぅん…まぁ、そういうことなら…」
そうは言われてもちょっと心配は残る。俺が葛藤していると、ポン、と誰かに肩を触られた。
「名前?」
「カルナ?」
声をかけてくれたのはカルナだった。学生服に身を包んだカルナは似合わないことも無いが、見た目の神秘的さと合わさりどうにも浮世離れした学生だった。
「またレイシフトしてしまったのか」
『あぁ、カルナが傍にいるなら安心だね。カルナ、名前くんのことを頼めるかな?』
「承知した」
一も二もなく頷いてくれたカルナは、何故か俺の手を取る。やたら顔を近づけて、こちらを見つめた。
「お前は俺が守ろう」
「え、あ、ありがとう…?」
そんなに近づかれる必要はないと思うのだが。恥ずかしくて目を逸らすと、『んん?』というダヴィンチちゃんの声が聞こえた。
『ほぅほぅ…なるほどなるほど?』
「な、なんか分かったのダヴィンチちゃん」
『君にかかってるバフなんだけどね』
むふふ、と笑い声が聞こえる。こういう時のダヴィンチちゃんは、その姿の製作者に似て愉快犯に見えてくる。
『なんか、サーヴァントの行動を積極的にさせるみたいだね!』
「…?」
『つまり分かりやすく言うのなら、モテモテというわけさ!…ちょっと違うかな?まぁでも、乙女ゲームの主人公みたいだねぇ』
「え」
「それは知っているぞ。ジナコが好んでやっているゲームだ」
うんうん、とカルナが頷いているが、頷いている場合じゃない。そんなの俺の場合下手したら恥ずか死ぬだろ。
「帰らせてください」
『あー、忙しいなー、帰還レイシフト1人分も確保できないなー、立香くんの方も補佐しなきゃだしなー、あーあー』
物凄く棒読みで言われている。ちょっと、と呼びかけるも、完全に聞く耳持たずだ。
『という訳でよろしく!…マシュ!ビデオこっちまわしといて!』
通信が切れる前に聞こえた言葉が完全にワクワク声だった。遊んでる、絶対遊んでるよ。
「安心しろ、何があろうと守ってやる」
「逆に安心できない…」
やたらと距離の近いカルナをパーティに加え、じっとしている訳には行かず、ひとまず校内を歩くことにした。
「おや…名前?何故ここに…?」
「ガウェイン…は、ジャージなんだな」
赤いジャージに身を包んだガウェインは爽やかに笑った。
「ははは、サッカー部エースという配役です」
キラッと白い歯を覗かせて笑えば、周りの女子がどこからともなくキャー!と歓声を上げた。
「似合うね…」
「マネージャーを随時募集しています。どうです?」
ずい、と前のめりに顔を覗き込まれる。いやいやと首を降って後ずさった。
「こぞって女子がやりたがるんじゃないのか?」
「それがですね…顧問である我が王(りっぱなむねのほう)の姑のごとき審査が厳しく、」
そこでわざとらしく咳払いをすると、なんでもなかったかのようにまた爽やかに笑った。
「ともかく、あなたならいつでも歓迎しますよ」
「俺もその条件、クリアできる気がしないよ…」
その時、急にリコーダーの音色が響いた。綺麗な音色なのだが、リコーダーというのがなんだか間が抜ける。
「マネージャーが男とか、悲しいー!(ぴぽぴぽ)」
「えっと、トリスタン?」
「はい。サッカー部兼吹奏楽部のトリスタンです。諸事情によりいつものポロロンが没収されました。私は悲しい…」
しょんぼりしながらやってきたのは、片手にリコーダーを持ったトリスタンだった。猛烈に違和感のあるその組み合わせに困惑する。
「没収?」
「あぁ、風紀委員のメルトリリスにですね。トリスタンは何故か彼女を逆撫でするような事ばかりしますので」
「私はただ制服姿の彼女のために曲を披露しただけなのに…」
ぷぴー、と悲しげにリコーダーを吹くトリスタンには申し訳ないが、その姿は面白いとしか思えない。
「そう言えば、カルナはどういう配役なんだ?」
「ふむ。配役とはよく分からんが、部活は農園部に所属している」
「農園部」
土いじりをし、育てた野菜を収穫するカルナを想像した。意外に似合うかもしれない。
「お前も入部するといい」
「あー、うん、考えておこうかな…」
「マネージャーの件も考えてくださいね?」
「それはちょっと」
「吹奏楽部も募集しています。現在部員が私とベディヴィエールしかいませんので」
「それ、同好会では?」
円卓の2人に別れを告げてカルナと歩き出す。…さっきからカルナがやたらと距離が近いのは、気にしたら負けな気がする。
しばらく廊下を歩き、制服姿や教員姿のサーヴァント達を眺めていると、後ろで大きな声が聞こえた。
「カルナじゃねーーか!!」
「あぁ。アシュヴァッターマンか」
ガッとカルナの肩に手をかけやってきたのは、カルナの友人だというアシュヴァッターマンだった。着崩した制服と容姿もあって、とてもヤンキーにしか見えない。
「あ?あー、お前、なんつったけな」
俺が気後れしてカルナの後ろに隠れていると、ひょいと覗かれてマジマジと見られる。咄嗟に声が出ずもたもたしていると、カルナが「名前だ」と代わりに答えてくれた。
「おー、聞いたことあるわ。なんだお前、レイシフトできんのか」
「できるというか、事故るというか…」
その時後ろから、誰かが急にもたれかかってきた。驚いて振り返ると、白く長い髪がふわりと揺れて見える。
「ねむい…」
「オイ、勝手に人の肩で寝んじゃねーよ!ったく、起きろ!」
「些事…」
「些事じゃねーわ!」
アシュヴァッターマンの声に反発するように、ぎゅっと腰に手をまわされ尻尾も脚に巻きついてくる。アルジュナオルタは俺になんとなく気を許してくれている気がする。ひょっとしなくても俺がちょくちょく話しかけたりなんだりしていたからだとは思う、だって尻尾が可愛いから…。
「えっと、オルタ、ちょっと重たい」
「…そうか」
そう言って少し体重をかけるのはやめてくれたが、離れる気は無いらしい。ぎゅっと腰にまわされた手に力が入った。
「…それではまだ重いだろう。体ごと離れるべきだ」
「拒否する」
「む」
「むぅ…」
俺を挟んで睨み合う2人。硬直して動けない俺に見かねたアシュヴァッターマンは、頭をガシガシとかきながら「そこまでにしとけ」と呆れ顔で言った。
「つーかよ、お前1人でいたのか?」
「オルタ、ここにいたんですか…って、ちょっと」
タイミングよくアシュヴァッターマンがそう言い終わった瞬間に、曲がり角からアルジュナがやってきた。どうやらオルタを探していたらしい。カルナを見つけると一瞬鋭い目線になったが、俺に抱きついているオルタを見つけると目を丸くさせた。
「何をしているんですか。名前が困っていますよ、離れなさい」
「…拒否する」
「え?いや、ちょ、ちょっと!」
アルジュナに注意されたオルタは尚更拗ねた子供のように顔を背けて腕に力を入れた。痛くはないので加減はしてくれているらしい。
「離れなさいオルタ!」
「したいなら私もすればいい」
「へ?」
ぽかん、とした表情で、オルタによく分からないことを言われたアルジュナは俺の方を見た。目が合うと慌てて逸らされる。
「ちが、そういう意味ではありませんっ」
「嘘つき」
「嘘じゃ…ああもうっ」
「アルジュナ、大丈夫だから…」
「私が大丈夫ではないです!」
何とかしてオルタを引き剥がそうと奮闘するアルジュナに言うと、珍しくカルナの事以外で声を荒げられてしまった。
どうしよう、オルタは離す気はなさそうだし、カルナとアルジュナはそんなオルタを難しい顔で睨んでいる。そして俺は無力である。
「いーかげんにしろ!」
「う」
ゴンッと鈍い音がして、腰についていたオルタがべりっと剥がされた。アシュヴァッターマンが制服の襟元をつまんでオルタを引き離していた。あ、オルタ、ポニーテールだったのか。
「しつけぇっつの!めんどくせーからお前マスターんとこ行くぞ」
「…」
ほんの少しだけ眉を寄せてオルタはアシュヴァッターマンに引きずられて行った。後に残った俺とカルナとアルジュナはしばらく無言で顔を見合わす。
「……では私はこれで」
「う、うん」
咳払いして、そそくさとアルジュナはその場を去ろうとする。が、途中で振り返って言いにくそうに口を開いた。
「決して、決して私もやりたかったとか、そういう事ではありませんからね。オルタはあくまでも、私でなくオルタですからね?」
コクコクと頷けば、今度こそアルジュナは「よろしい」と言って去っていった。…そう念押しされると、逆に考えてしまうんですが…。
「名前」
「ん?」
カルナに呼ばれて振り返る。が、無言で見られるだけだ。いくら慣れた相手だとしても、そうじっと見られると恥ずかしいのでやめてほしい。
「なんでしょうか…」
「………」
手で視線を遮りながら言うと、カルナは手首を握って退けようとしてくる。いやいや、やめてください死ぬのでと必死に抵抗していたその時、廊下からドドドドドとかなり急いだ、というか迫力のある足音が響いた。
さすがに2人して音のする方へ顔を向けると、廊下の端から白衣を着た誰かが猛ダッシュで駆けてきていた…………だんだん姿がくっきり見えてきた、アスクレピオスだ。
「ちょっと、廊下は走らな…」
「ええい!知ったことか!貴様は救急車にも同じ事を言うのか!?」
注意を促す他サーヴァントなど意に介さず、まっしぐらにこちらに向かってきていた。物凄く嫌な予感がするのだが、もしかしなくても俺の事を見ながら走ってきている気がする。
「おいモルモット!そこから1ミリでも動くな!動けば即座に麻酔を打ち込む!」
「はい!!!!!」
俺がモルモットと呼ばれている理由は省略させてもらうとして、気迫と歓喜の入り交じった声に背筋が勝手に伸びて、とてもいい返事をしてしまった。麻酔も打ち込まれたくないが、アスクレピオスに捕まるのも物凄く怖い。というか捕まったら普通に何もしなくても麻酔されそう。
「ダヴィンチから聞き出したぞ!何やら訳の分からんものに罹ったらしいな、でかした!それでこそ僕のモルモットだ!」
「うれしくない…」
ゼーゼー息を切らしながら大興奮で俺の元に辿り着いたアスクレピオスはさっそく俺の瞳を開かせたり頬をつねったり口を開けさせてみたりと忙しい。あらかた見終わると、ふむ、と手を当てて考え出した。
「見たところ何も変化はないな。よし、解剖か」
「ヒェッ」
思わずカルナの制服の袖を握る。アスクレピオスの勢いに目を見張っていたカルナはハッとしてやっと口を開いた。
「まて、話を…」
「なんだ?邪魔をする気か?…いや、いい、貴様も手伝え」
アスクレピオスは俺とカルナを凄まじい気迫で引きずって歩き出した。詰みだ。
「ははははは、学生だ何だのくだらない特異点だと思っていたが、思わぬ幸運だ!」
「だ、ダヴィンチちゃーん…」
最後の頼みのツナ、ダヴィンチちゃんに通信を試みる。
『いやー、ごめんごめん、君の状態を立香くんに喋っていたら運悪く聞かれちゃってね』
困った困った、と言うダヴィンチの声はそれほど困ってなかった。寧ろどこか楽しそうである。
「助けてください…」
『まぁまぁ、これはこれで、アスクレピオスも君のバフにかかってるのかもしれないし。今立香くんもそっち向かってるからさ』
それなら、まぁ…。ポカンとしているカルナと一緒に連れられながら、解剖される前には助けて欲しいかな…と立香くんに拝むのだった。