藤丸立香
人の口と口がくっつくと、こんなに気持ちがいいんだな、ってぼんやり思った。重ねた唇の隙間から、自分じゃない人の湿った体内の温度がする。いっかい少し離すと、磁石みたいに引き合って、すぐにまた繋がる。
彼の口が、俺を食べようとしてるみたいに動き出した。やわい甘噛み。食んで、舐めて、吸って、また角度を変える。
食べられるな、って思った。食べられてもいいな、って思った。別にいい。君が欲しいなら、もう全部全部君にあげたい。
「ん、ふ、っ、はっ、」
溺れてるみたいに呼吸が苦しい。それに気づいたのか立香くんが動きを止めてしまった。
「名前さ、」
ん、と言い終わる前に、その口に噛み付いた。絡めていた指はもっと強く握った。
唇を離すと、はっ、と立香くんが息を吐いた。どっちのだか分からない唾液は糸を引いてぷつんと切れて、すぐに冷たくなって口の端にヒヤリと張りつく。
立香くんの口の端からこぼれた唾液がつたっていた。名残惜しいけど握っていた手を片方解いて、人差し指でその唾液を拭う。
ビクッ、と立香くんの肩が揺れた。人差し指についた唾液はテラテラと光に反射している。冷たい。そのまま自分の口に運んで、ちゅっと吸い上げた。
「っ、」
ぐっと肩を押されて柔らかいベッドに押し倒される。立香くんが、俺に覆いかぶさっている。彼のいつもの明るく真っ直な瞳は今、確かな熱を持って自分だけを見ていた。
荒い呼吸が聞こえてくる。自分もそう変わらないだろうけど。だけど目の前の彼は、それから動こうとしてこない。
「あ、の、」
耳まで赤くして途切れ途切れにようやく声を立香くんは絞り出した。その瞳はずっと俺を見てる。吸い込まれそうだった。
「好きです。好き、好きなんです」
真っ直ぐで真っ白な告白だった。分かってるのに、もう何回も聞いてるのに、立香くんは絶対にこういう時、何度だって俺に好きと言ってくれる。
「好きです…」
彼を心から信頼し、背中を預けたサーヴァント達も、彼と強い絆を結んでいるマシュも、きっとこんな立香くんの姿を見たことはない。俺だけ、俺だけなんだ。この立香くんは、俺だけのものだ。
情けない優越感。とめどない高揚感。英霊でも特別でもない、俺はただの人間なのに。
「なんで?」
「え?」
聞いちゃダメだって思っても、飛び出してしまった言葉は変えられない。今更だ。彼が好きと言ってくれた日から何度もこうして求め合うけど、なぜ、どうして、なんて聞いたことはなかった。
「なんで、俺のこと、好きなの?」
めんどくさいなって自分で思った。好奇心はすぐ後悔になって涙に変わる。嫌われたらどうしよう、そう思ってしまうような自分の思考が嫌だ。彼はそんなに人じゃないことぐらい分かっているのに。
「そんなの、今、ここで伝えきれません」
真面目に返されてしまった。もっと適当に流してくれていいのに。「そ、そう」と頷けば、真剣な顔で立香くんは「パワポとか使って1日かけて説明してもいいです」とか言い出した。1日かけて俺を殺そうとしないで欲しい。
「でも、そうですね」
鼻先が触れるくらい立香くんが近づいてきて、両頬を包み込まれる。顔を背けることが物理的に出来なくなった。
「たとえば、においとか」
すん、とうなじに顔を近づけて息を吸われる。ひ、と声が漏れてしまって慌てて身動ぎするも全く離してくれる気配がしない。
「声とか」
ちゅ、とキスをされる。気持ちがいい。
「しぐさとか」
立香くんの指が急に耳に触れてきて腰が浮いてしまった。わ、と急いで手を退けようとしたけど、予想通りだと言わんばかりに掴まれてしまう。
「全部、全部好き」
やっぱり、聞くんじゃなかった。恥ずかしさで人が死ねたなら完全に俺はこの間で10回は死んでる。
「もっともっと細かく言ってもいいんですけど」
「やめて…」
懇願した。流石にこれ以上は致死量だと思う。
「はい」
やけに素直に頷いてくれた。ホッと胸を撫で下ろすと、立香くんはぐっと体重をかけて上に乗ってくる。
「これ以上は、持たないので」
あ、そういうことですか…。


後日、本当にパワポを作ってきたという立香くんから俺は全力で逃げた。