エミヤ・ガウェイン
喉が渇いたから水を貰いに厨房へ来たのだが、なんだが調理場の方が賑やかで少し気になり顔を覗かせて見ると、いつもの豪華な鎧を脱ぎ、シャツにエプロン姿という格好でガウェインとベディヴィエールがなにやら話し合っているみたいだった。彼らの前にはこれから使用するらしい食材が並べられている。珍しく2人で料理にでもチャレンジしようとしているのだろうか。
その光景が面白くてそわそわして眺めていると、ふいにガウェインがこちらを振り返った。うわイケメン。顔の周りに光る微粒子とか飛んでない?
「名前!」
ぱぁっと表情を綻ばせて名前を呼ばれてしまった。ただ手を振って通り過ぎるだけでは申し訳なくなるほどのリアクションだったので、邪魔してしまわないかと怖々近づいていくと、隣にいたベディヴィエールもニコリと笑って会釈をした。
「何作るの?」
「芋以外の料理です」
白い歯がキラッという効果音をたてて輝いた。雨でも降るの?とベディヴィエールの方を見て無言で訴えると、意外に背の高いベディヴィエールが少し屈んで耳打ちしてくれた。
「今芋の在庫は無いと伝えています。合わせてください」
顔を見合わせゆっくり頷き合う俺らに、ガウェインがなんだか寂しそうな顔で首を捻った。
「何の話ですか?」
「名前さんも卿の手料理を食べたいそうですよ」
「んっ!?」
ベディヴィエールさん!?驚いて振り向くと、(合わせて!)と言いたげな表情でベディヴィエールが頷く。待って。
「なんと…!それは、もちろんです!待っていてください、名前!このガウェイン、腕によりをかけましょう!」
ブォンブォンと逞しい腕が空気を斬る。料理は戦闘ではないので腕を振り回さないでください。
「ご安心を、エミヤ殿に助力を頼んでいます。大丈夫ですよ」
ベディヴィエールがまたコソッと耳打ちしてくれた。それは何よりも安心できる名前だ。
「先程から、2人だけで耳打ちしていて私は寂しいのですが…」
しゅん、とガウェインが眉を下げて寂しそうな表情をする。そんな子犬みたいな表情をされると、罪悪感が凄い。
「む、このままではガウェイン卿の士気に関わりますね…名前さん、何か激励をお願いします!」
「え、えー!」
相変わらず、この人真面目そうに見えてちょっと外れてる。というかそうやって話してる間にもガウェインがしょんぼりしてきてしまっているので、激励…?頑張ってとかでいいのかな…。
「あの、楽しみにしているので、頑張ってください…」
少し届かないのでつま先立ちでガウェインに耳打ちした。これで仲間はずれではないだろう。
「わっ」
突然、ガウェインが俺の手を包み込んで目線を合わせる。また屈まれたのがちょっと悔しい。
「はい!このガウェイン、全力を尽くします!」
飛んでる飛んでる、微粒子飛んでる。というか顔が近すぎる。目を合わせていると顔から火が出そうだったので、視線を地面に落としながら俺はか細い声で「ひゃい…」となんとか返した。

「すまない、待たせた……君もか?」
厨房の奥から、お馴染みの黒いエプロンを付けたエミヤが腕まくりして俺の存在に首を傾げた。自分としては喉の乾きを満たせればそれで良かったのに、まんまと捕まってしまっただけなのだが。
「準備は万端です。では、何からすり潰していきましょうか!」
「ま、まってまって」
料理って材料をぺちゃんこにする所から始まったっけ?マッシュマッシュと素振りをするガウェインに、俺は思わず肩に手を置いた。
「どうしました、名前」
「たまには、こう、潰さない感じでいかない?」
「ふむ」
俺の言葉に、ガウェインは憂いを帯びた顔で思案する。横顔が彫刻のように綺麗だが、彼は今すり潰すかすり潰さないかを考えているだけである。
「いきなり自ら他のものを作ろうとするのは早計だ。今回は、今日の厨房で出すランチの手伝いをして慣れてもらおう」
「何を作るのですか?」
やれやれ、と肩を竦めるエミヤにベディヴィエールが尋ねる。少し首を傾げて揺れた色素の薄い髪が、なんだか愛らしいなと思った。
「何、と1つにくくれんな。ここには多くの英霊がいるんでね…。まずは野菜の下ごしらえから教えよう。話はそれからだ」
「なんと………。…いえ、どんな事にも、下積みというものがある、ということですね。剣も料理も鍛錬あってこそ、このガウェイン、円卓の騎士の名にかけて、野菜を潰します!」
「ガウェイン卿、そろそろお巫山戯が過ぎます」
威勢よくエプロン姿でポーズを決めたガウェインに、ベディヴィエールがニコリと微笑み、あくまで落ち着いた声色で言った。が、そのオーラはそこはかとなく「いい加減にしろよ」という想いが滲み出ている。
「冗談です……」
ガウェインは大きな体を縮めて顔を伏せた。俺の中でまた、カルデア内逆らっちゃいけない英霊ランキングの更新が行われたのだった。


「つ、つかれた……」
包丁を握りすぎて痺れた指先を擦りながら、昼時を過ぎた食堂のテーブルに俺は突っ伏していた。料理の練習というか、かなりこき使われた気がする。ただまあ、エミヤは厨房内で3つも4つも同時に仕事を掛け持ちながらも、すかさず的確にアドバイスをくれたり指示をくれるので、困った事とかは全く無く全部がスムーズだったのが流石だ。そのせいで疲労感が物凄いという感じだが。
「お疲れ様。見事な手際だ。お世辞でもなく、是非厨房班でのアルバイトを検討してくれたまえ」
「いや、それは……………コレ何?」
声をかけに来てくれたのと同時に、目の前に差し出された爽やかな香りのする透明な炭酸飲料に思わず目が輝く。縁にレモンが刺してあり、なんとバニラアイスまで上に乗っている。
「疲れただろう。これはほんの気持ちだ。今回の礼は、また何か別に考えておくさ」
「の、飲んでいいの?」
「当たり前だよ。………そう子供のような表情で喜ばれると、作ったかいがあったというものだな」
からかうように笑われた事は恥ずかしいので置いておくとして、目の前の綺麗なクリームソーダに手を伸ばす。そう言えば元はと言えば喉が渇いたから来たんだったな。いや、とっくに水は飲んでたけど、こんないいものが貰えたなら結果オーライだ。
「おいしい…」
小さい頃、親にファミレスで強請ったクリームソーダを思い出す。確かただのジュースを頼んでいた姉に、てっぺんのさくらんぼを取られて大泣きした気が…………いや、いいなこれは思い出さなくても。
「名前!!」
厨房から、鼻のてっぺんに泡をつけたガウェインが駆けてくる。洗い物をしていたんだろうか。全然気づいていない。
「ガウェイン、ちょっとしゃがんで…」
「?」
不思議がりながらも、言う通りに目線を合わせてしゃがんでくれたガウェインの高い鼻先をティッシュで優しく拭った。うわ睫毛なっが、ボールペン乗りそう。
「泡ついてたよ。かわいいね」
「これは…すみません。全く気がつきませんでした」
照れ笑いながらガウェインはテーブルに何かを置いた。気になって見てみると、バスケットに綺麗なサンドイッチが3つ並んでいる。
「え、もしかして、ガウェインが作った?」
「ええ。教わりながらですが………どうぞ、召し上がってください」
その言葉にビックリして固まる。
「俺、貰っていいの?」
「もちろん。これは名前のために作ったのですから。さぁ、召し上がれ」
つまり、アルトリアには別で作ってあるから食べていいよ、という事だよな?うん、多分そういう事だろう、いくら王子様かよという台詞を言われたからといって簡単に赤くならないでくれ俺の顔。仕事してくれ脳みそ。頬が熱いんだけど。どうなってんの俺の体は、全然言うこときかねーんだが?
「い、ただきます…」
実は結構動いたので、お腹もそれなりに空いていたりする。なんだか2人にじっと見られていて恥ずかしいが、そそくさとサンドイッチに手を伸ばした。
「………おいしい!」
これはおいしい。レタスはシャキシャキだし、パンにはからしマヨが効いていて、口の中でタマゴとハムと合わさり幸せの味がする。
綻ぶ顔を抑えきれないまま、エミヤの作ってくれたクリームソーダも1口飲んで、思わず足がパタパタと動いてしまう。おいしい、最高すぎる。頑張ってよかった〜。


「………あの」
「…なんだね」
「思うのですが、かわいい、というのは、先程の私ではなく、名前にこそ相応しいのでは無いかと……」
「………まぁ、異論は無いな」
神妙な面持ちで腕を組む2人に対し、サンドイッチを頬張る名前はただただ嬉しそうにしている。なんというか、面白い光景だな……と、ベディヴィエールは少し離れたところで、それを見ているのだった。