「というわけで、猫カルナの世話を頼むよ、名前くん」
「…なんて?」
はい、と手渡されたのは、脇に手を入れて抱き抱えられた真っ白な猫だった。どこか既視感のある鋭い目に、目じりに赤いアイラインが引かれたように見える高級そうなその猫は、ダヴィンチちゃんに抱えられたまま俺を見ると、愛らしい声でただ一言、「み」とだけ鳴いた。
なんでも、霊基の異常で何故かランサークラスだけ姿が獣になってしまったそうだ。なんだそりゃ。元に戻すことは出来るが、全員の安否を確認するのは1人では無理だと、俺にもカルナの世話を任せたらしい。世話と言ったって、カルナ自身はそのままなのだから、別に本当の犬や猫と同じような扱いをする必要はないと思うんだけど。
2匹の青い艶やかな毛並みの犬を真っ赤な首輪を片手に持って追いかけ回しているメイヴとすれ違いながら、腕の中でじっと大人しくしているカルナを見る。デフォルトで眠そうな半目に見えるカルナ猫は、視線を感じたのかこちらを見上げてきた。そしてそのまま、吸い込まれそうな瞳でじっと俺の目を見つめてくる。
…いや、さっきも言った通り、中身は変わらずカルナのままなのだから、俺があれこれ犬や猫のようにする必要は無い。ただ傍にいて、霊基が治るまで一緒にいればいいだけだ。そう、なにもお世話なんて…。
「か、かわいい…」
部屋に連れてきてベッドへ降ろすと、ちょこんと俺のベッドの真ん中に座ってこちらを見上げてくるカルナ猫を見て思わず本音が漏れた。かわいい。元から猫や犬は大好きなのだが、カルナ猫は格別にかわいい気がする。もふもふとした白い毛に愛嬌のある眠そうな目、モップみたいな尻尾とチャームポイントの目尻の赤ライン。なんかもう全てがかわいい。
恐る恐るカルナの頭に手を伸ばす。これがもし人間なら絶対にできない行為だけど、今のこの猫状態で彼の頭を撫でたい衝動を抑えきることなど俺には不可能だった。しかしたとえ猫といえどカルナなので物凄く緊張する。ぷるぷると頭の上で手をかざし、(いややっぱダメだろ…!)と葛藤していたら、手にふわ…と極上の羽毛みたいな柔らかい感触が。
「あ、」
「にぃ」
カルナが逡巡していた俺の手に自ら擦り寄っていた。撫でてもいいぞといわんばかりに何度も頭を上下するので、その瞬間俺は、ぶぁぁぁぁっと枷が外れた気がした。
「っ!か、かわいい〜!!!」
「みっ」
ガバッ抱きついて、ずっと触り倒したかった首あたりの毛量が多い所をわしゃわしゃと両手で包んだ。柔らかい、そしてなんとも言えず動物特有のいい匂いがする。鼻を近づけて息を吸い込めば、仕事の疲れなどその瞬間に全て消し飛んだ。
「ほ、ほぁ〜っ!すごい…やわらか…肉球ぷにぷに…かわ…かわ…」
「…にー…」
「はっ」
困惑したような鳴き声がして、ようやく我に返った俺は素早くカルナから飛びあがって離れた。やばい、何してるんだ俺は。たとえ見た目が猫でも、中身はそのままカルナなのである。物凄く恥ずかしいことをしてしまった。
顔に集まる熱を冷ますために両手で頬を包むがこれはしばらく収まりそうもない。なんてことをしてしまったんだ、恐るべし猫の魔力。
「みー」
「う、ごめんカルナ…つい出来心で…」
顔を覆って座り込む俺を心配そうに前足でちょいちょいとつついてくるその仕草も死ぬほどかわいい。また抱きしめて頬ずりしたくなる衝動をどうにかこうにか堪えて、カルナの方に向き直る。
「…えっ」
チャリ、とカルナが口に咥えている何かが音をたてた。ぽとりと落ちたそれを拾い上げると、どうやら音のなるネズミの人形のようだ。尻尾が長く、持って追いかけ回させるタイプの猫用おもちゃに見える。
「…そういえば」
ダヴィンチが別れ際、俺のポケットに何か押し込んだ気がしたけど、もしかしてこれか?カルナの方を見れば、ネズミのおもちゃを前に行儀よくお座りをしている。
「にぃ」
「え、も、もしかして、遊んでくれるのか…?」
いやまぁ普通はこっちが言うべき言葉ではないのだろうけど、俺はわなわなとネズミのおもちゃに手を伸ばした。カルナのふさふさしっぽがピンッと上がる。はわわ。
右に動かすと、チャリンと音がした。本能なのか、釣られてカルナがバッ!と同じ方向を追う。
「〜っ!!!」
左に動かすと、またカルナが素早く顔を動かした。気のせいか、眠たげな目が少し開いてランランとしている。たしったしっと前足でネズミを叩き出した。
「ぅっ、かわいっ…!」
「にゃう」
はやく、と催促されている気がして、もういいや!と開き直りおもちゃを振り回す。ダカダカと走り回りながら後を追ってくるカルナに悶えながら、俺は時間を忘れ夢中で遊び倒した。
「っはーっ!!!!つっかれた!」
ベッドに大の字で横たわった俺の上に、おもちゃを咥えて満足そうにしているカルナが乗ってきたので頭を撫でた。ゴロゴロと聞こえる喉の音と、目を細めて撫でられている姿がかわいくて、ほぅ…とため息をつく。
「はぁ〜…ほん、と、かわいい…」
息が切れてる俺と違って、あれだけ動いたのにカルナの方は微塵も疲れた様子などない。おもちゃを口から離して、胸の上でじっと俺を見つめている。
「…そういえば、あとどれくらいで、これ、戻るのか『ピンポンパンポーン!お知らせです!霊基の異常修正完了〜!お疲れ様、ランサークラスのみんなは、一応最終チェックするから後で私の部屋に来るよ〜に!ピンポンパンポーン』な…?!」
ダヴィンチちゃんの間の抜けたフルボイスでの放送と同時に、ぼふっと昭和な煙の演出でカルナの姿が元に戻った。それは別に喜ばしいことなのだが、場所が場所で心臓が止まった。
俺を潰さないためについてくれた両手のせいで、まるでカルナが俺を押し倒しているような体勢になってしまっている。咄嗟に離れようとするも、身動きが取れない。顔から火がでそうなくらい熱くなってきた。
「あの、カルナ…さん」
「あぁ」
「戻って良かった…ですね」
「そうだな」
「えっと、あの、で、出られないんです、けど…」
「…」
何故かカルナは動かない。何か考えているようで、じっと俺の首あたりを眺めている。いたたまれなくなって俺は目をギュッとつぶった。だってこんな至近距離で顔面宝具浴びてたら溶ける。
「…?……へ、わ、ひあっ!?!?」
顎にふわっとした感触がして不思議に思っていたら、首筋に吐息を感じて肩が跳ね上がった。カルナが何故か知らないが俺の首筋の匂いを嗅いでいる。死ぬ。なんで?
「カカカ、カルナさん?!なん、な、なん?!」
「…いや」
耳元で声が聞こえる。見た目よりも男性的な低い声が響いて、「ひ、」と声が漏れた。
やっとカルナが体を少し起こした。それでも上から退く気はないらしく、以前覆いかぶさったままだが。ふ、と口元を上げてカルナが笑う。
「お前も俺に同じことをしていたと思うが」
そう言われると、ぶあっと羞恥心が込み上げ頭のてっぺんで大爆発したような気さえした。仰る通りです。
「先程は、楽しませて貰ったからな。次は俺がお前を楽しませよう」
そう言ってカルナはネズミのおもちゃを手でチリリと鳴らす。俺は顔を手で覆い、「勘弁してください…」と蚊の鳴くような声を絞り出した。