ハロウィン
『今日はハロウィン!こちら渋谷スクランブル交差点では、今年も異様な賑わいを見せています!』
畳んだ洗濯物をタンスに仕舞うためリビングを通り過ぎようとした時、ふとテレビからそんな声が聞こえた。アルジュナオルタがなんとなく視線をテレビに向けると、黒い長髪のオルタが正座をして画面に釘付けになっている。
『ご覧下さい、街中、仮装を楽しむ人々でいっぱいです!ちょっとインタビューしてみましょうか!』
アナウンサーがそう言い終わる前に、画面には思い思いにピースをしたり身を乗り出してテレビに映ろうとする若者がひしめき合っていた。
「わ、人がいっぱいいますね」
アルジュナオルタは畳んだタオルを両手に持ちながら、テレビ前に立って驚いた顔でそう言った。テレビ画面を見つめながら、座っている方がこくりとそっくりな顔で頷く。
「ここでは全然人を見ないので、なんというか、不思議ですね」
この家の近辺でお隣さん、と言えば、歩けば30分以上かかる老夫婦の家しかない。人のひしめき合うテレビの中の街は、アルジュナオルタたちにとって第2の別世界のように感じた。
「ハロウィンとは、このような行事だったか」
ぴっ、と指で画面をさす彼に、アルジュナオルタが苦笑いを浮かべた。
「いえ、確か違うと思うのですが…。ああでも、私達の世界とは異なった文化を持っていても、不思議ではないですよね」
自分の知識がこの世界では通用しない可能性が高い。そう言うと、座っていた少年は突然立ち上がりパタパタと走ってどこかへ行ってしまった。アルジュナオルタは別に気にする様子もなく、自分もタオルを洗面所へ仕舞いに向かった。
タオルを仕舞い終えて、戸棚を閉めると先程突然走り去って行った彼が1冊の絵本を持って自分の所へ戻ってきた。首を傾げると、ぱかっとあるページを開いて見せてきた。
「ええと…『こんばんは、今日はたのしいハロウィンですね。』」
「違う、ここ」
どうやら読み始める箇所が違ったらしい。てしっと小さい手で左端の文を示した。
「ああはい、『かわいらしいすがたをしたうさぎのきょうだいたちに、おかあさんうさぎはとってもうれしくなって、にっこりえがおで言いました。「ぼうやたち、なんてステキな仮装(かそう)でしょう。さぁ、あの合言葉を言ってみて?」うさぎのきょうだいたちは、声をそろえて言いました。「ハッピー、ハロウィン!おかしをくれなきゃ、イタズラするぞ!」』………これがどうしましたか?」
声に出して読み終えたアルジュナオルタが問いかけると、長い角をチカチカ光らせて彼の分身は「ここ」ともう一度読んで欲しい箇所を指で示した。
「『かわいらしいすがたをしたうさぎのきょうだいたちに、おかあさんうさぎはとってもうれしくなって、』ですか?」
「そう」
「なるほど」
アルジュナオルタはふむ、と視線を下にして思案した。ハロウィン、仮装、喜ぶおかあさんうさぎ。キーワードが頭に浮かんでは、言葉のパズルがパチリとピースを合わせていった。
「喜んで貰えるでしょうか」
「頑張る」
2人して顔を見合わせ、真剣な表情でコクリと頷き合った。そうと決まれば、実行あるのみである。あまり時間はあるとは言えない。今は昼も過ぎ15時になるので、早くとも夕飯までには準備をしなくてはいけなさそうだ。
いつもはできるだけ歩くようにしている2人も、時間短縮のためにフワリと浮いて移動する。そろり、ゆっくりと彼らのマスターが作業している部屋の戸を開けると、音をたてないように慎重に天井へ登る。
2人がそれぞれ頭のツノと尻尾を掴んで、白い長髪のアルジュナオルタをマスターに気づかれず部屋から運び出す事に成功すると、運び出された彼がこてっと無表情に首を傾げた。
かくかくしかじか、説明しつつ場所をリビングへ移動する。理解したのか、コクリと彼も首を縦に振った。
「どうする」
「えーと、霊衣を弄ってみますか?」
「できないこともないと思う」
3人でこしょこしょと円陣を組んで話し合う。3人の中では真ん中に位置する少年が再び絵本を開いた。
先程のページに、仮装したうさぎの兄弟たちの絵が描かれている。先頭の子が白い布を被っていて、2番目の子が包帯をクルクル巻いており、3番目の子がほうきととんがった帽子を被っている。
ふむ。3人は同じ顔で同じように眉を寄せた。白いのが「これは可能」と布の衣装を指して洗面所へと移動して行く。
「これも可能だ」
と言ってもう片方も包帯の子を指さすと2階へ行ってしまった。ぽつんと取り残された短いツノの少年は、では私はこれか。とまずは箒を取りに行くのだった。




「ふぁ…。うわ、もう17時か」
依頼された古書の解読を進めていたら、いつの間にか窓の景色が暗くなっていた。寒々しく木々が風で揺れる姿が見える。天井を見れば、いつの間にか浮いていた白ジュナオも居なくなっていた。
「そろそろ夕飯作るか」
あの3人が現れるまでは、定時でご飯を作って食べるという行為なんて考えもしなかった。おかげでここ最近、めっきり調子が良くなったと思う。目のクマなんて見る影もない。
閉じこもっていた部屋を出てキッチンへ向かう。通り過ぎたリビングに灰ジュナオの姿を探すと、誰もいなかった。珍しくテレビだけがついたままで、リモコンの電源ボタンを押してニュースを垂れ流していた画面を消した。
絵本でも読んでいるのだろう。そう思って再びキッチンへ向かった。
たどり着いたキッチンにも、誰の姿も見あたらなかった。いつもなら夕飯の準備を手伝いにジュナオがトコトコ現れるのだが、忙しいのだろうか。それなら仕方が無いと冷蔵庫を開けて今日は1人で作ろうと昨日買いだめした食材を眺めて料理を考える。袋麺を手に取る。今日は焼きそばの気分だ。
材料を並べていると、バタン、と戸が閉まる音がした。廊下に顔を出すも、誰もいない。不思議に思い振り返った瞬間、視界が暗闇に包まれた。
「え?なに?」
目を手探りで触ると、何やら布を巻かれているようだ。ぺたぺたと手を動かしていると、触りなれた感触の小さな温もりが当たった。
両手を掴まれて、くいくいと引っ張られる。されるがままについて行くと、数歩もしないうちにパッと離された。
急に布が外されて、視界が元に戻る。ちょっと目を細めて光に慣れるのを待てば、目線の下に見慣れぬ格好の3人組が仲良く並んで立っていた。
「「「ハッピーハロウィン、おかしをくれなきゃイタズラするぞ」」」
両手を挙げてバンザイのポーズで声を揃えてそう言われた。ぽかん、とほうけて3人を見直す。
左端のは、白いタオルを被っているようで目の辺りをぐるぐるとペンで囲っていた。おいそれバスタオルじゃないか、と思ったが、その前に鋭利な角が布を引き裂いて貫通しているのが見えたので見なかったことにした。
真ん中のはもはや目しか見えていない。グルグルに巻きすぎだろ、というくらい包帯を全身に巻いている。角にも巻いてる。尻尾にも巻いてる。これ救急箱のやつ1ロール使ったな。視線を外して、端っこの奴を見た。
いつものマントが、中の色がオレンジになっている。どこから持ってきたのだろうか、とんがり帽子を被っていた。手に持っている箒には見覚えがある。いつも玄関を掃いている竹箒だ。
ひとしきり見終えた頃、3人がしおしおと両手を下げた。笑いを堪えて、どうしたんだと言えば同時に下を向いてしまった。
「失敗…」
ぽそっと灰ジュナオが呟く。ジュナオが尻尾をへにゃりと下げて「ごめんなさい…」と何故が謝りだした。白ジュナオは後ろを向いて天井へ浮かび出す。
そのしっぽを捕まえてズルズルと引っ張り、頭のてっぺんからバスタオルを引き抜く。目を真ん丸にさせたいつもの白ジュナオが現れた。俺は白ジュナオのツノの位置に見事に穴があいたバスタオルを見て、さすがに堪えきれなくなって爆笑した。
「っは!!!おま、これ、どうすんだよ、は、あほ〜っ!!」
マスター、と言って寄ってきた灰ジュナオが解けてきた包帯を引きずっている。そのせいで余計に笑えてくる。
「お、お前も〜!こんないっぱい使って、も、あ、あはははははっ」
「ご、ごめんなさいマスター、私も注意したんですが、もう既に出来上がっていて、」
ジュナオが何か言い終わる前に、堪えきれずがばーっ!と背の低い3人を抱き寄せた。ちょっとまだ笑いは止まりそうにない。
「あ、はははは!何その格好!ちょー可愛いんだけど!でもあほ!マジあほかわいいんだけど!も、もっかいみせて、ふ、あはははは、かわいー!ア゙ッ!写真撮らせて!」
最高の格好をやめてしまう前に、何とかしてこの光景を後の世に残さなくては。バスタオルを再び白ジュナオに被せて2階に置きっぱなしのスマホを取りに全速力で駆け上がる。いややっぱデジカメの方がいいか!?
バタバタと慌てて廊下を走る。右手にデジカメ左手にスマホを持って戻ると、3人が口をあんぐりあけて微動だにせず立っていた。いや白ジュナオの顔は見えないが。
「おい!ちょっと!もっかい!もっかいアレやって!手上げるやつ!」
「え、えっと、マスター、」
「ほら!さっきの!頼むよー!もっかい!もっかい!」
俺が急かすと、戸惑いながらもさっきと違い若干照れた感じで3人がぱ、と手を上にあげた。ピントを合わせて、パシャパシャと撮りまくる。ジュナオと灰ジュナオの頬が赤い。
「よし!次は1人ずつ撮るぞ!」
「ハ、ハイ!」
俺が意気込んで言えば、緊張したようにピシッと姿勢を正してジュナオが答えた。いそいそとカメラの準備をすると、白ジュナオがぐいっと腕を引っ張ってきた。
「なんだ?お前から撮るか?」
「おかし」
「へ?」
そのまま、おかし、とまた呟いた。俺が固まっていると、「あ」と灰ジュナオも声を出した。
「マスター、おかし」
ぱ、と手を広げてこちらへ差し出してくる。それを見たジュナオも理解したのか、おずおずと両手を差し出してくる。
「…………………あ」
そうか、今日ハロウィンか。だからこいつらこんな可愛いことしてたのか。ようやく頭の霧が晴れて、ふと3人の顔を見つめる。
じーっとこちらを見てくる丸い6つの瞳に、えーっと、とポケットをまさぐる。ない。なんにもない。慌ててキッチンへ向かい、戸棚を漁る。ない。お菓子とか普段全然食べないので、昨日の買い出しでも買ってない。
冷凍庫を開ける。アイスが残ってないかと探したが、あれは確かもう食べてしまっていた。ぎゅうぎゅうに詰められたアユの瞳と目が合って、そっと閉じる。
「……………………」
振り向けば、廊下の壁越しに、じーーっと見つめてくる視線があった。3人仲良く縦に並んでこちらを凝視している。
「マスター、おかし」
「おかしないんですか、マスター」
「おかしがないなら、しかたない」
上から順に白ジュナオが喋り、灰ジュナオがしかたない、と締める。嫌な予感がする。じりりと後ずさりすれば、キッチンの壁にぶつかった。
あ、と思う頃には、遅かった。俺が次に見た光景は、一斉に飛びついてくる3人のサーヴァントの姿。
わーーーーーっ!!という悲鳴が屋敷中に響き渡るも、歩いてざっと30分、お隣の老夫婦にさえ、そんな声は届くことはないのだった。