別に特別甘いものが好きなわけではない。あれば食べるし、なければないでいい。そんな感じなので、別段こんな行事を意識したことなんてなかったのだけど。
「はい、みんな後ろ向いて。リボン結ぶよ」
「はい!」
「はい」
「ん」
横一列に並んだジュナオ達のエプロンの紐を順番に結んだ。可愛くリボン結びにしちゃおう。あ、これみんなしっぽに結び目乗っちゃうな…え、まて、これ可愛くないか?
「ちょ、ちょっとそのままそっち向いてみんな待機!」
「?はい」
すかさずスマホを構えて3人の後ろ姿を撮った。やだぁ…かわいい…待ち受けにしちゃう。
「マスター、手洗い完了です」
「チョコを、砕いた」
「次は?」
手際の良い助手たちはもう料理を進めるようだ。俺はそのままスマホ片手に、ネットでゲットしたレシピを読み上げる。
「うん、よし。じゃあまず、バターをボウルに入れよう」
灰ジュナオが薄い銀紙を剥がし測りに乗せたボウルに切ったバターを入れた。俺はこういう時、少しくらいの誤差ならまぁいいだろうと適当にしてしまう人間なのだが、灰ジュナオは神経質にレシピ通りのグラムになるまでバターを移した。
「次」
「はい、ではそこに砕いたチョコを入れます」
ジュナオが数枚チョコを入れ、これまた真剣な表情でぴったりのグラムになるよう都度パキパキと板チョコを砕いて調整して入れる。
「ぴったりです」
「はなまるです。で、それを湯煎で溶かして混ぜます」
バターとチョコが入ったボウルを掴み、白ジュナオが予め沸騰させていた小鍋へと飛んだ。鍋の方では既にヘラを握りキリッとした顔で待ち構える灰ジュナオがいる。
白ジュナオがゆっくりとボウルを鍋に下ろすと、溶けだしたバターとチョコを灰ジュナオがヘラで混ぜていく。
「ジュナオは卵を混ぜよう」
「はいっ」
その隣で俺が新しいボウルに卵を割入れる。泡立て器を持って、よし来い!という顔をしているジュナオにバトンタッチした。
カチャカチャと小刻みに上手にかき混ぜている。そこに測っておいたグラニュー糖を入れてもうひと混ぜ。
「できた」
白ジュナオがボウルを持ってやって来て、布巾の上にボウルを置く。ジュナオの卵の方もいい感じだ。
「混ぜまーす」
「はい、いきます!」
ジュナオがバターとチョコのボウルに泡立てていた卵液をそっと入れていく。その様子を残る2人はキッチンのヘリに掴まってじーっと見つめていた。
「混ぜるぞー」
合わせたふたつを今度は俺が混ぜる。それを3人はまたじっと見ているのが面白い。
「はい、薄力粉!」
「了解」
先に振るっておいた薄力粉を灰ジュナオは待ってましたとばかりに素早く持ってきた。手元を真剣に見つめながら、入れ残りが無いようしっかりとボウルに粉を落としていく。
ダマが残らないように、だったな。さっきよりも大きく泡立て器を動かして練り込むように混ぜていく。混ぜすぎも良くないらしくて、加減が難しい。お菓子って繊細なんだなぁ、絶対こんなの1人じゃやんないわ。
白ジュナオがボウルを抑えてくれているので、今のうちに型にバターを塗ってくれと残り2人に頼んだ。…よし、これくらいでいいだろうか。
「いいかなぁこれ」
「画像と差異なし。良好かと、マスター」
白ジュナオのお墨付きも貰えたので、いよいよ型に流し込む。小さいのがいくつか焼くことが出来るシリコンの型だ。全員で円になるように見つめられる中、フォンダンショコラのタネはトロトロと型に収まった。
ぞろぞろと揃ってオーブンの前に集まり、余熱で温まっている中に型をそっと慎重に置いた。バタンと蓋をしめ、ネットの記載通りの時間にセット。初めてこんな事をしてるのだが、思ったより焼き時間っていうのは長くないんだな。いや、他のケーキのこととか分からないけどね…。
3人はオレンジ色に光るオーブンの中のケーキに釘付けで、顔を寄せ合い中を覗いている。俺はその隙に洗い物を片して焼き上がりを待った。
3...2...1...0。焼き上がりを知らせるアラームが鳴ると、それまでずっと中を覗き込んでいた3人が勢いよくこちらを振り返った。みんな瞳がキラキラしている。
手袋をして中の型を優しく取り出しテーブルに乗せた。熱々だ、粗熱を冷ますのに…また数分待つらしい。
「わぁ…」
ジュナオが焼きあがったケーキを見て声を漏らした。俺もそんな感じだ。初めてにしては意外と、いい線をいっているんじゃないか俺たち。
4枚、白い小皿を用意したら、そこにバニラアイスとチョコソースを添えた。こういうのを綺麗に見せるセンスとかはあいにく持ち合わせてない。なるようになれの精神でやったら、案外それっぽくなった。
「いい?」
灰ジュナオが腕をつついて、珍しく急がせるように催促してきたので型からケーキを取り出すことにした。ぽこっと型から出てきたケーキは手のひらサイズだがずっしりと重い。
「よし、みんなお皿用意!」
「はい!」
なんともいい返事ですね。ジュナオから順番に並んでお皿を手に持ち掲げている。そこに取り出したケーキを乗せていった。
最後に俺の分をお皿に乗せて4人分のフォークを片手に、みんなでリビングに向かう。部屋の中は既に甘い香りで満ちていた。
まだまだ活躍中のコタツにみんなで足を入れて座った。何故か3人ともやや緊張した面持ちで、出来たてのフォンダンショコラを見つめている。
「えーっと、どうぞ、ほら、みんなで食べよう」
「まっマスター!」
ぴっ!とジュナオが手を挙げる。
「はい、ジュナオくん」
「あのっ…!…マスター、最初に、フォークを入れてみてくれませんか…?」
「え?」
白ジュナオと灰ジュナオの方を見れば、2人もうんうんと首を縦に振った。いいの?
「それじゃあ…」
少し突起しているケーキの中央に銀のフォークを挿し込んだ。そのまま下にぐっと力を入れると、フォークはすんなり中に吸い込まれていく。力を大して入れることもなく左右に割ると、中からドロっとチョコがゆっくり流れてきた。
「お、おぉ〜」
思わず感嘆の声が出てしまった。すごい、これあれだ、テレビで見るやつ。
1人で感動していると、ジュナオ達が固まっていることに気づいた。どうした?と尋ねると「これは…」と白ジュナオが呟く。
「…失敗?」
「え?成功だろ?」
「生…」
「違う違う、こういうケーキなんだって。フォンダンショコラっていうの。言わなかったっけ?」
そう言えば、曇っていた3人の表情がみるみるうちに明るくなっていった。
「成功…」
「そうそう。まぁ食べてみないことには分からないだろ。じゃ、みんなで食べよう」
いただきます、とみんなで手を合わせる。俺はフォークで1口分を刺しつつ、3人を窺った。
ジュナオはゆっくりとフォークを挿し込み、中のチョコを見て目をぱちくりさせた後、そーっと顔を近づけて小さいひとくちを口へ運んだ。
灰ジュナオは掬ったフォークの上のケーキを色んな角度から見た後、意を決したようにパクリと口に入れた。
白ジュナオは豪快に半分に割って2分の1をフォークに突き刺すと、そのまま口へ。
俺もそれを見届けた後、1口目を口に入れた。
「…うわ、これうま…」
引け目なしに、今まで食べたどんなケーキよりも美味しいと感じる。うわぁ、すごい、トロトロだししっとりしてるし、外はちょっとカリカリで美味しい…。
気づけば夢中で平らげていた。アイスを添えたのは大正解だ。合う、もう物凄く合う。ソースまで綺麗に拭き取るように食べたあと、そういえばジュナオたちはどうだっただろうかと顔を上げた。
「どう?」
「マスター!あぁ、マスター!すごいです、これは素晴らしい出来です…!」
そう言うジュナオはまだケーキを半分ほどしか食べていなかった。でも手はちまちまとケーキを掬って口元まで運んでいるし、口に入れる度、ほぅ…と目を閉じて味わっているようだ。
「食べてしまった…」
灰ジュナオは名残惜しそうに綺麗に完食したお皿の上を見つめている。
「甘い…ふむ…」
白ジュナオは目を閉じ余韻に浸っていた。
これはどうやら満場一致で、大成功のようだ。俺はテーブルに頬杖をついて笑った。
「みんな」
それぞれケーキを堪能していた3人に声をかければ、すぐにぱっとこちらを見てくれた。
「ハッピーバレンタイン。…あー、その、…大好きだよ」
「私達もです、マスター」
口元にチョコをつけた俺のサーヴァントたちは、そう言って目を細め笑った。