間桐慎二な誰か
※慎二の成り代わりです。







後ろから抱きつかれた衝撃で、バランスを崩しかけた俺は正面の掲示板に手をついたものの、結局勢いに負けて顔面をそのまま押し付けることになった。右頬をぺしゃんこにして、ジト目で振り返ると、案の定嬉しそうな顔をした桜が腰に引っ付いていた。
「兄さん、何見てるんですか?」
「見れてないよ。お前のせいで」
ふふ、ごめんなさい、と言ったものの離れない義妹の手を緩く引き剥がして体勢を整える。学校内で、しかも廊下で家のように接してくるなと言っているのに全く言うことを聞かない。普段友人達の前ではお淑やかにしているくせに。猫かぶりをするなら、少しは人目を気にしたらどうだ。
引き剥がされた桜はわざとらしく頬を子供っぽく膨らませて、「兄さんのケチ」と拗ねてみせた。そんな事を言われてもこの歳になってまで昔のように抱きしめ返してやるのは、いくらなんでも恥ずかしすぎる。というか学校だし。
「今日お前1人で帰れよ。僕やることあるから」
そう言えば案の定非難の目で見てくる。
「兄さん帰宅部のくせになにがあるって言うんですか」
「うるさいなぁ。委員会だよ」
「兄さん、委員会とかやってたんですか?!何で教えてくれないんですかー!」
「今日決まったんだよ!オイ!近い!」
ずいっと顔を近づけて怒り出した桜に気圧されて後ろに下がると、ドン、と人に当たってしまった感覚があり、慌てて振り返って「ゴメン!」と言う。
「いや、大丈夫だ。慎二の方こそ平気か?」
「なんだ衛宮かよ」
肩を掴まれて支えられたのが癪だったので急いで振りほどく。「なんだってなんだよ」と笑っているのがまたイラついた。
「慎二、体育祭の実行委員だろ?ここにいたら遅れるんじゃないか?」
「え?うっわもう時間じゃん」
桜に伝えようと待っていたらごたごたとしている内に予定の時刻間際になってしまっていた。未だに不服そうな桜に「今日は衛宮と帰れ」と言い残してさっさと階段を駆け登り退散した。何やら桜が言っているのが聞こえたが、下校する生徒の声にかき消され、耳には届かず喧騒に溶けていった。

自分が間桐慎二になったことに気づいたのは幼少の頃。小綺麗な服を着せられて、傍には女中なんかがいる洋館で第二の人生を送っていた俺がその事に気づけたのは物心ついてふと鏡を覗いた瞬間だった。あれ?なんか自分の顔、見覚えあるくない?驚いてつんつんと頬をつつきながら鏡を見ていると、困惑した女中に声をかけられたので慌ててその場は取り繕った。その日から、もしかして、もしかして、の連続で、ただの"前世の記憶を持った生まれ直し"だと思っていたのが、まさかの"見知った二次元のキャラクターとしての生まれ直し"だったと気付かされるのに時間はかからなかった。そして困惑も頂点に達していた頃、トドメの義妹の登場で遂に推測は確信に変わり、自分、近い未来、死ぬのか…という悲観がぐるぐる脳を駆け巡った。逃れられそうにもない家の事情、ヤバすぎる間桐桜という存在、あとなんか絶対関わるであろう衛宮士郎とか遠坂凛とかの事を考えるとここらで死んじゃった方が楽では?と思ってしまう程だった。
だけど、と手首を見つめて立ち尽くした風呂場で、思考の海に沈む。だけど、間桐慎二は、自分の知っている間桐慎二という少年は、確かに生きていた。何故彼になってしまったのか、そんなこと考えたってなってしまったものはなってしまったんだ、どうしようもない。名字名前はもう、どうしようなく間桐慎二としてここまで過ごしていた。未来が怖いから、苦しむのが嫌だから。そうやって彼の人生を拒み、あまつさえ終わらせてしまうのは、そんなのは、侮辱なのではないか。
延々とそうして考えているうちに、結局自分がどうしたいかなんて分からないままこんなにも時間が過ぎてしまった。それでも、自分は自分なので、どうしたって彼にはなれなかったみたいだ。

最終下校のチャイムが鳴り響く。秋空の校庭はやや薄暗い。なんでこんなに委員会なんかの話し合いで時間食うんだよ!それもこれも、あの妙に熱の入った先生と実行委員長の女が悪い。多分Fateのアニメにも出てたと思うんだけど、(思うも何もここがそうなんだけど)ニワカでアニメをサラっと見ただけの自分にはピンとこなかった。いや、正直もう主要人物とかしか覚えてない。仕方ないだろ!体感何十年前だと思ってんだ!
秋風が吹いて、少し身震いする。委員会終わりに何人かが声をかけてきたのを「急ぐから」と言ってすり抜けてきたのでちんたらしていると追いつかれてしまいそうだ。
駆け足で下駄箱に向かい靴を履き替える。そのまま校門まで早足で向かうと、こんな時間なのに人影が見えた。部活動の生徒かと思って通り抜けようとしたら、「あ!」と言う声がして腕を掴まれた。
「兄さん!やっと終わったんですか!」
「はぁ!?なにお前待ってたの!?」
「お疲れ様、慎二」
「なんで衛宮までいんだよ!」
何してんだこいつら、どう考えても2時間は経っているのに。呆れた顔で2人を見るも、片方はニコニコと、もう片方はぷんすかとこちらを見ている。
「桜が待つっていうからさ。1人だと退屈だろうと思って」
「先輩、ありがとうございました。ほら!兄さんもお礼言ってください」
「なんでだよ。…悪かったな。妹が迷惑かけて」
「いや、迷惑なんかじゃないぞ」
本気でそう思っているらしい。あぁもうそういうことするから桜の甘え気質が加速していくのに。
「兄さんこそ遅いですよ!妹が待っているんですから、もっと早く退散してきてください!」
「うるさいなぁ!分かったよ!ジュース買ってやるから怒んな!」
プンプンしておさまらない桜にそう言うと、衛宮がなぜか吹き出して笑う。意味がわからない。
桜とのやり取りを誰かに見られると無性に恥ずかしい。だって昔っからどう接すれば分からず、とりあえず前の妹のように話しかけ続けていたので素の自分が出てきてしまう。普段はこれでも、間桐慎二という人間を思い出して話しているんだけど、自分でも分かるくらい多分ズレてると思う。なんか周りの態度が違うもん。それも仕方ないと思うことにした。どう足掻いたって生き写しでは居られない。それが唯一、俺が出した答えだった。
「…兄さんがいないと嫌なんです」
突然、ぽそりと桜が呟いた。この一言に逆らえたことがない。頭をかいて、桜の背中をポンと叩き帰宅を促すように歩いた。しばらく歩いていると、小走りで横に駆け寄ってくる。その顔が先程のように曇っていないのを確認して安堵した。
反対側になぜか衛宮がついてきた。睨みつけても相変わらずニコニコしていて効果がない。
「3人で手でも繋ぎますか?」
「バカ、お前ほんとバカ」
「慎二、手」
「アホ、お前はほんとアホ」
本気で繋ごうとしてくる2人の手をべしべし叩き落としながら歩く。どうか、これからもこうして生きていけますように、と、祈りながら。