ハロウィン
「はい、兄さん。あーん」
「しないから。バカじゃないの?…あーもう、分かったよ…。…あ」
「ふふ、もっと召し上がってくださいね」
手を添えて、桜がもっと食べろとカボチャのプリンが乗ったスプーンを差し出してくる。さっきから自分で食べると言っているのに聞きはしない。拒めば露骨に不機嫌な顔をするので仕方なく口を開けていると、追加で料理を運んできた衛宮がニコニコと見てきて不快だ。
「カボチャのパウンドケーキ、焼けたぞ。あとアイシングクッキーも出来た」
「シロウ、このチョコレート、とても美味です」
「ありがとな、セイバー」
目の前で止まることなく手を動かし、ひたすら出来上がった衛宮のお菓子を口に放り込んでいたセイバーがアホ毛を揺らしてそう言うと、嬉しそうに答えながら衛宮もようやくその横に腰を降ろした。
「慎二ももっと食べてくれよ。調子にのって作りすぎたんだ」
「本当に作りすぎでしょ。近所にでも配れよ」
目の前に広げられている手製のお菓子たちは、どう考えてもこの人数で処理できる数ではない。呆れて言えば、衛宮も苦笑いした。
「なんか作り出したら止まんなくて…あ、でも、そろそろ遠坂も藤ねぇも来るしさ」
それを聞いてさらに気分が悪くなった。藤村先生はまだいいとして、遠坂を呼んだのか?コイツ…。
露骨に嫌そうな顔をすれば、はは、と困ったように笑われる。桜の方をなんとなく窺えば、これといって表情を変えることなく俺にスプーンを向けていた。
「子供じゃないんだから1人で食べるってば。やめろ」
「私がやりたいんです。いいじゃないですか」
よくねぇ、げんなりして顔を背けた。にいさーん、とぺしぺし腕を叩いてくる妹を無視していると、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。
「お、来たかな」
立ち上がって衛宮が玄関の方へ消えていく。少し話し声が聞こえて、程なくして戻ってきた。後ろには遠坂凛とそのサーヴァントがいる。
「お邪魔します、あら桜、もう来てたの」
「はい、先に頂いてました」
「うわ、本当にたくさん」
机の上を見渡した遠坂が、俺に目を止める。
「アナタも来てたのね」
「もう帰りたいんだけど」
「なんで?まだこんなにいっぱいあるじゃない」
そう言って逃げるな、と目でも言いたげに視線を寄越すと、遠坂は桜の前に座った。そして顎をすいっと隣に向けて、「アーチャー、貴方も座って」と後ろに控えていた男に言う。
「凛、私は結構だ」
「命令よアーチャー。いいじゃないたまには」
腕組みをして嫌そうな顔をしているアーチャーの事など全く気にせず遠坂が目の前のお菓子に顔を輝かせ、いただきまーすと口に運んでいく。それ以上の反論は聞きません、というのがひしひし伝わった。深い溜息をついて、アーチャーが俺の前に仕方がなさそうに座る。
「…………」
「…………」
目の前にいるので、自然と視線が合う。気まずい。お互い無言で見つめあっていると、桜が痺れをきらしてスプーンを俺の頬に押し付けた。
「おいコラ」
「口をあけなさーい!」
「んむっ、ちょ、さく、んんっ」
叱ろうと開いた口にズボッとスプーンを入れこまれぐりぐりと口内をつつかれる。
「っ、う、ふっ、」
そのまま引き抜くことなく遊ぶように動かしてくるので桜の腕を捕まえて止めようとしたが、何だか気持ち悪い感覚が広がって力が出ない。舌で押し出そうとするとうまく逆になぞるように動かされて、目を閉じて悶えてしまう。
「〜〜〜っ!」
「…………………………さ、桜、それくらいにしといてあげなさい、苦しそうよ」
遠坂がちょっと遅い気がするストップを入れると、はぁい、と言ってようやくスプーンを引き抜かれる。
「っ、お前ぇ…」
「はい、兄さん。口拭きますね」
口元を手で押さえながら睨みつけると、少し垂れてしまった唾液をティッシュで拭かれる。恥ずかしさと生理的な涙が目に溜まって、動くと流れてしまいそうだ。そっぽを向いて抵抗すると、もー兄さん!と言われる。こっちのセリフだ。
顔を背けた先に、気まずい顔をしたアーチャーと少し頬の赤い衛宮がいた。セイバーだけは気にもせず真剣にもりもりとお菓子を食べている。なんなんだよもう、帰っていいか?
俺が本気で走って逃げ出そうかと考えていると、玄関が開く音がして、ドタドタと騒がしい足音が響いた。スパッ!と客間の戸が開く。
「ハッピーハロウィーン!お菓子よこしなさーーーーい!!!!」
何とも言えない雰囲気になっていた空間が、元気にそう叫んだ藤村先生の方へ注目を変えた。全員の視線を浴びた藤村先生が、「はにゃ?」と目を丸める。なんか頭にネコミミつけてるけど、大丈夫かなこの人。
「あ、あれぇ、人多いね…あ、ははは…」
そのままパタンと戸を閉める。少しして、また戸が開いた。
「いやーただいま帰りましたー!」
頭のネコミミを後ろ手に隠して、もはやなんの意味もない仕切り直しをしだした。
「藤ねぇおかえり。お菓子ならいっぱいあるぞ」
「うぉー!本当だ!やっほぉー!おっ遠坂さんも間桐兄妹もいらっしゃーい!」
「お邪魔してます」
「藤村先生、おかえりなさい」
遠坂と桜がぺこりと頭を下げる。俺も習って軽く頭を下げた。うんうんと頷きながら、セイバーの隣に座る。
「美味しいでふ」
「口の端についてるよ〜」
もふもふとパウンドケーキを頬張るセイバーの口元についた食べかすを笑いながら取ってあげ、目の前に広がるお菓子に目をキラキラさせていた。
藤村先生のノリで、なんとか誤魔化せた。心の中でひっそり感謝しつつ、さっきから疑問に思っていたことを桜に尋ねる。
「なぁ、ライダーどうしたんだ?」
「ちょっとお使い頼んじゃいました。そろそろ戻ると思います」
じゃあまだこの場に人が増えるのか。げんなりして、帰りたいオーラを桜に向けて発するも、気づいているクセに「美味しいですね」とクッキーを口に運んでいる。
「緩みすぎではないかね」
「今日はそういう日にしましょ。お菓子食べたいもの」
アーチャーのごもっともな指摘は有無を言わせない遠坂の一言で一蹴された。
また玄関のチャイムが鳴る。ライダーだろう、はーいと衛宮が玄関に向かっていく。
「桜、ちゃんとテスト勉強してる?」
「はい!兄さんと一緒に、毎日欠かさずやってますよ」
「あらそう」
ちらりとこちらを見てくる遠坂から顔を背けてチョコを頬張る。甘い。
「桜、買ってきましたよ」
「ありがとうライダー」
縦縞のセーターを着て、ジーパンを履いたライダーが衛宮に通されやって来た。何やら大きめの袋を桜に手渡す。俺を一瞥すると、「似合うと思いますよ」と意味のわからない事を言う。
「桜、なんだそれ」
衛宮も不思議そうに首を傾げる。桜が笑顔で答えた。
「ハロウィンといったら、お菓子だけじゃなくて仮装もですよね。だから、ちょっと衣装を買ってきてもらったんです」
サッと嫌な予感がして血の気が引く。先程の言葉の意味が分かってしまい、ライダーの方を見た。
「私が選んだのではないですよ。桜に渡されたメモの通り買いましたから」
涼し気な顔でそう言われても、はいそうですかとなるわけが無い。
「遠坂先輩も来ると思って、魔女の衣装買っちゃいました」
「えっ!わ、私も着るの?」
突然自分に回ってきた無茶振りに遠坂が慌てふためく。それを聞いて、藤村先生がソワソワしだした。
「おおーっとぉ!こんな所にネコミミがーっ!」
いやそれさっき見たから。かぶりたかったんだなこの人。
「さ、向こうで着替えてきましょう?兄さん、逃げないでくださいね」
「ひ、」
俺がそそくさと席を立とうとしたのを見逃すはずもなく、腕をガシッと掴まれた。腕力で振り切ろうとするもピクリとも動かせない。
「皆さんのもありますからね?」
「お、俺も!?」
衛宮も、お菓子を頬張るセイバーも、素知らぬふりをしていたアーチャーすら驚いている。どうやら全員分揃えてきたらしい。ぬかりなさすぎる。
「ふふ、楽しいです」
本当に嬉しそうに、桜が笑った。それを見て観念した俺は、もうどうにでもなれと結局朝までどんちゃん騒ぎとなったハロウィンパーティーに付き合うのだった。
俺の衣装が女物だったことについては、帰ってきてからも永遠と文句を言ったが。