「わっ」
「へあっ」
横から急に驚かされて情けない声が出た。じとっとした目で睨めば、イタズラが成功したと嬉しそうな顔で立香くんが笑っている。
「名前さん、こんにちは」
「…はい、こんにちは」
少しいじけた態度が滲み出てしまうのは許されたい。抱えた書類で口元を隠して不機嫌に返事をすれば、立香くんは何故かさらに嬉しそうに隣に並んで俺の顔を覗き込む。あぁもう、顔が赤いはずなので見ないでほしい。
つい先日、また訳の分からない特異点先でもみくちゃにされてきたとは思えないほど元気そうな姿を見て、内心ほっと胸を撫で下ろす。サーヴァント達の司令塔をやっている時とは違う、とても少年らしい表情で立香くんは喋る。
「名前さん、今度シミュレーターの中でですけど、俺とデートしませんか」
「いや何言ってんの…」
ようやく火照りが収まってきたのに、変な言い回しで困らせないで欲しい。要するに遊ぼうってことだろうに、どうにも立香くんは俺をからかって遊ぶのが好きだな。かなり悔しいぞ、俺の方が歳上なのに…。
自分で言うのも悲しいが、虫一匹も殺せなさそうな眼力で精一杯の威嚇すると、立香くんは眉を下げておやつを取り上げられた犬のようにしょんぼりした表情をする。
「駄目ですか…?」
クゥーン、という幻聴まで聞こえてきた。いや、それはずるいだろう。半歩後ずさりして、視線を逸らす。
「駄目とか、そんなことは言ってないけど…」
途端にぱっと顔を輝かせて笑顔になった立香くんは、「約束ですよ」と声を弾ませている。
俺と話していて楽しいのかなんて聞くのは、こうしてわざわざ声をかけに来てくれる立香くんに失礼だから言わないけど、本当に俺なんかでいいのだろうか。魅力的な英霊の彼らと絆を深めることも大切だろうに、俺に時間を割いてくれるというのだから、こう、なんと言っていいか分からない。多分、そんな面倒な思考をとっぱらえば、残るのはきっと、嬉しいとか、そんなありふれた感情なんだろうけど。
「変な奴…」
ここで素直に言えるほど、立香くんみたく可愛げのある性格ではない。あながち嘘でもないけど、濁しまくった本音で目を逸らしておいた。そう言ってもなお、小さく笑う声が聞こえるのが悔しい。
「あの、」
立香くんが何かを言おうとしたその時、廊下の端の方から、何やらけたたましい足音と擦れるような金属音が聞こえてきた。逃げているのか追っているのかは分からないが、とにかく急いでいる様で、音はどんどん近づいてくる。
俺と立香くんは、どうやらここを通過しようとして来ているであろうその人物と衝突しないよう、壁側に寄る。若干立香くんの方が俺より前側に立って廊下からやって来る疾走者が現れるのを待っていたが、程なくして、その人物は強烈なインパクトで姿を見せた。
むせる様な金色が飛び込んでくる。粒子でも放出しているかのような煌びやかなオーラが、全力疾走でカルデアの廊下を移動していた。何やら顔がめちゃくちゃ険しい。ただでさえ穏やかそうな時でも恐ろしいのに、そんな顔をされるともう、一般より更に雑魚メンタル寄りな俺は縮こまってしまう。思わず「ヒッ」と悲鳴をあげ立香くんの肩に掴まる。立香くんでさえ体を強ばらせて「な、何事…」と硬直していた。
最古の英雄王、ギルガメッシュ王がフルマラソンよろしく全力疾走してきた。下手なホラー画像より怖い。顔というかその空間自体が怖い。一周まわってギャグっぽいのも怖い。
「ざぁぁぁぁぁぁっしゅぅぅううううううう!!!!」
「お、俺ー!?」
流石の立香くんでも叫んだ。脳のキャパシティがオーバーしそう。最早立香くんの影に震えているしかない。
キキーッと急ブレーキをかけて英雄王が立香くんの前で止まった。凄い、俺実際に止まる時こんな音出す人初めて見た。
何故だか廊下を疾走してきたギルガメッシュは、流石というか当たり前というか、全く息切れをしていなかった。それどころかとてつもなく元気そうだ。溢れんばかりの王様オーラを出して仁王立ちである。
「貴様ァ!今すぐマーリン(グランドクソ野郎)を呼べい!令呪を使ってでもな!」
「何故です王様!?」
気のせいかな、マーリンって呼んでたはずなのに、副音声が聞こえたような気がする。
「ええい、早くせんか!俺を待たせるな雑種!」
「理由!理由を教えてください!」
まぁ、確かにいくら英雄王の命令だとはいえ、理由も分からず貴重な令呪を1つ使うというのは避けてもらいたい。何故マーリンのことを、廊下をダッシュするほど探していたのかは知らないが…いや、出来れば知りたくないが。
ギルガメッシュが心底嫌そうに「理由だとぉ…?」と口を開いたと同時に、ふわり、と甘い匂いが鼻を掠めた。
未だに立香くんの後ろで動けない俺と、恐怖に向き合う立香くん、そして不愉快そうな顔のギルガメッシュの周りに、場違いな優しい香りの花びらが舞う。
「…ハッ。来おったか」
「いやいや、面倒だから隠れていようと思ったんだけどね、流石にマスターと職員さんにまで迷惑をかけちゃうとアレだからね。いやぁ、優しいなぁ私は」
よくもまあヌケヌケと、この状況の原因である張本人が言ってくれるという感想を持ってしまうような、そんな飄々とした声だった。どうしてだろうか、初めて相対したが、こいつはとんでもないクソ野郎ではないか、という失礼な感想を抱かずにはいられない。
真っ白な男が、いつの間にかそこに立っていた。周囲には花びらが舞い、泡のように溶けて消えていく。人間離れした容姿。白いシルエット。浮世離れした雰囲気の男は、胡散臭そうに見ている俺らの事などこれっぽっちも全くもって気にしてません、と言わんばかりに、ただその場でふんわり笑っていた。
「そんなに慌てて、どうしたんだい英雄王?いやまぁもちろん知っているけどね。そろそろ気づかれる頃かなぁ〜とは思っていたんだけど」
「うるさいわこの一人花畑牧場めが!貴様ァ…」
あの英雄王がワナワナと震えている。一体何をしたんだこの男は、と立香くんと2人でマーリンの方を見つめる。当の本人はというと、肩を竦めてすっとぼけていた。む、むかつく…。
しかし、俺たちは次の英雄王の言葉で、なんとも言えない気持ちになるのだった。
「貴様が俺の行き先をチクるせいで、セイバーが我をことごとく避けるではないかァーーーーーッッ!!」
立香くんと顔を見合わす。花の魔術師は、やれやれといった表情で手を挙げていた。
「要するにね、アルトリアからちょっと頼まれて見てあげてたんだよ。彼に絡まれて面倒臭いから、ってね」
なんとまぁ可哀想なことに、騎士王はストーカー被害にあっていたみたいだった。うんうん、こんな人に付きまとわれたら嫌だよね。
「俺とセイバーの間に入ってくるなど不敬にも程があるわ馬鹿者!」
対して、王様は憤慨されていた。いや、アルトリアさんたってのお願いだったみたいですけど…。
「こうなるだろうから最初は断ってたんだけどねぇ、いや〜でもやっぱりホラ、助けたくなっちゃうというかなんというか」
「たわけっ!自慢か、自慢しおって!オイ雑種!即刻このクソ野郎との契約を切らんか!」
「いやいやいや」
なんかもう、大変だな。立香くん、いっつもこんな感じのに巻き込まれたりしてるんだろうか。
改めてその心労を考えていると、またしてもふわっとした甘い香りが鼻腔をくすぐる。何やら距離が近い気がして横を向くと、香りの張本人が、かなりの至近距離で俺を覗いてきていた。
驚いて思わず抱えていた書類で鼻先までガードしてしまった。「おや、怖がらせてしまったね」と、一旦は距離を置いてマーリンが言う。
「いやね、最近マスターくんがよくキミの話をするもので、どんなものかとよく見てみたかったのさ。うんうん、いやー美人じゃないか。女の子じゃないのが勿体ないなぁ」
「ちょっと、名前さんにセクハラやめてください」
「雑種共の事情などどうでもよいわ!!今は!俺と!セイバーの問題を「ハイハイもう口出ししないよ。そろそろギルガメッシュも我慢の限界だろうってアルトリアには言ってあるしね。戦闘シミュレーションルームにいるんじゃないかな」遮るなァ!……………おい、貴様、今なんと言った」
発言を遮られたことに激怒したかと思えば、マーリンの言葉を聞いてピタリと動きをとめた金ピカ王。心なしか、少しご機嫌が回復しているような気がする。対するマーリンは、「だから」と面倒そうに続けた。
「今、戦闘シミュレーションルームにアルトリアはいるよ。多分、会いに行っても逃げないだろうね。ほら、早く行ってみたらどうだい」
「………………」
英雄王、沈黙。しかし、表情は落ち着いている。立香くんが小声で「あ、機嫌なおった」と呟く。
「フ」
「「「フ?」」」
3人で声を重ねて疑問符を返す。すると英雄王は、
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
と、高笑いのギネス記録出せるんじゃないかというくらい、それはそれは満面の笑みで笑いだした。なんだろう、もう、ホントに怖いなこの人。
ギルガメッシュはひとしきり笑い終えたのか、スッキリした顔で口を開いた。
「フフ…なんという…アレだけ避けておいて、今度は我が恋しいということか…。全く、いじらしいにもほどがあるぞぅセイバーめ。よいよい、実に良いわ。待っておれセイバー、今我が行くからなァ!!」
そう言うとシュンッと姿を消して、恐らくシミュレーションルームに向かって行った英雄王は…いや、これ以上言うのはやめよう。
残された俺と立香くんとマーリンは、3人とも同じ気持ちで、ギルガメッシュの消えた廊下の先を眺めていた。
「戦闘シミュレーションルームにいる、って、どう考えても迎え撃とうとしてる…よね?」
立香くんが耐えきれず零す。マーリンはそれに「うん、まぁそうだね」と軽く返した。
「いいんじゃないかな、ご機嫌直してくれたみたいだし」
「いいのかなぁ…」
俺もなんだか不安だった。脳裏に浮かぶのは、以前目の前で幸せそうに黒蜜団子を頬張っていたアルトリアの、仁王立ちでエクスカリバーを構える凛々しい姿だ。きっとシミュレーションルームの扉を睨みつけているに違いない。
「さてさて、それじゃ」と、これで用は無くなったのか、マーリンがこの場を去ろうとしている。が、くるりと振り返り俺と立香くんに、ふふんとにやけた表情で向き直った。
「いや〜マスターくんはそうかぁ…そういう感じなんだなぁ、ふ〜ん」
「ちょっと」
若干赤くなった顔の立香くんがマーリンに抗議したそうに返す。が、言葉は続かない。意味が汲み取れず、愉快そうにしているマーリンの方を見れば、少し無機質にも見える笑顔で返された。
「今度、是非私ともお喋りしてくれたまえ。では」
そう言ってパッと花を散らし夢のように消えてしまう。出来ればお断りしたかったが、返事をする間もなかった。
不意に腕を引かれる。立香くんが、服の袖を子供みたいに引っ張っていた。珍しくムッとした表情でこちらを見ている。
「だ、駄目ですよ?」
…何となく意味を察してしまい、本日3度目くらいの赤面になった。
あぁやだな、俺、赤くなってばっかりじゃん…。