吾輩は猫である。名前は普通にある。今日は何故だか、朝から浮かれた人間が多く見受けられると思ったら、どうやらハロウィンという西洋の催しがあるらしい。
エリチャンブレイブとかいう小娘が「お前をパーティに加えてやるわ!」とこの私を愚かにも捕獲しようと追いかけてきたので弄びながら逃げていれば、カボチャだのオバケだのの仮装をしたチビどもに囲まれてヘンテコな被り物を付けられた。
「まぁ!可愛いわ可愛いわ!」
「ねーねー!これもつけてー!」
「ネコさん、お菓子食べますか?美味しいですよ!」
ええい、撫でられるならまだしも、よく分からない色のキャンディなど押し付けられても嬉しくはない。被り物も窮屈で鬱陶しい!足の間をくぐり抜けて脱出すれば、「まてー!」と追いかけてくる。
人の間をすり抜けて上手く出し抜いてやった。足音は逆方向に消えていく。まったく、ハロウィンだろうが、私の日課の穏やかな昼寝を邪魔されてはたまらないのだ。
頭の被り物をなんとか取ろうと身をよじる。しかしてっぺんの留め金がどうしても取れない。ひっくり返って脚をバタつかせても、なかなかうまくいかない。
「フハハハハハ!!何だこの生き物は!!何がしたいのだお前は!!」
どうにもいかずにイラついてとにかく身体を動かしまくっていると、鼓膜が弾け飛ぶかと思う声量がいきなり上から降ってきた。固まって自分にかかる影の主を見上げれば、キャンディみたいな色の杖を持った、威圧感のある褐色の男が私を見て爆笑していた。
「見よニトクリス!口を開け、余を見ているぞ!フハハハハハ!愛い!!!!!」
「は、はい!たしかに…。しかしオジマンディアス様、もしやこの猫、頭に被っているものが取れなくて、困っているのではないでしょうか…」
男の後ろにいる女が、何やら親近感のある耳を揺らして言った。そう、そうなのだ!笑っていないで取ってくれ!
みゃーみゃー鳴けば、男が屈んでてっぺんの金具をパチリと外した。
「あぁっ!?申し訳ございません!王の手を煩わせるなどっ……!」
「よいわ。ほれ、取れたぞ」
ぐりぐりと存外優しい手つきで頭を撫でられる。みゃんと鳴いて起き上がり擦り寄れば、体をなぞるように触り、また笑いだした。
「こ、こら!不敬です!ほら、離れなさい!」
「よいと言っておろう。お前も撫でろ、懐っこいぞ」
「王と共に猫を撫でるなど恐れ多い!!!………で、でも……」
遠慮がちにしゃがみ込んだ女が、おず、と手を差し出してきたのでちろりと舐めてやれば、「ひゃわあ!」と飛び退いた。
「舐めていいとは言っていません!」
顔を真っ赤にして怒られてしまった。珍しい、人間は大抵泣いて喜ぶのだが。
「む?おい、余はされていないぞ。よい、特に許す。余の指も舐めるがいい!」
感謝を込めて指先を舐めれば、男は「ハハハハハ!!!!こそばい!!!!!!」とまた爆笑し、女は「不敬ーー!!!!」と叫び出した。助けてくれて嬉しいのだが、どうにもうるさい連中だ。充分意は伝わっただろう。踵を返してその場を離れれば、女が「まちなさい!」と追いかけてくる。何がいけないのだ、負ける気はしないので適当に走り回って撒いてやり、近場の部屋へ飛び込んだ。
遠ざかる匂いにフンッと鼻を鳴らしたはいいが、どいつの部屋かも分からず駆け込んでしまった。清潔な部屋だ、埃ひとつ落ちていない。
くるくると室内を見渡す。物がないな、だが奥の作業台に、なんとなく嗅ぎなれた嫌な臭いがする。
思わず後ずさると、何かに後ろ足がぶつかった。飛び退いて見れば、フードを被ったやたら髪の長い男か女かも分からんやつが私を見下ろしていた。特徴的なのが、ワシのように鋭いマスクをしている所だ。それのせいで表情は読めないが、しかし目だけでも冷めたその視線が伝わってくる。ゴクリと唾を飲み込み、また後ずさった。なにより嫌なのが、あの殺菌女と同じような臭いがする事だ。
「なんだお前は。患者か?」
男か、声でわかった。患者?意味がわからず首を捻ると、男はチッと舌打ちをした。
「違うなら出ていけ。毛が落ちる」
しっしっと手で払い除ける仕草をした男に愕然とした。その態度には、微塵も猫を、猫可愛がる心が見えない。ば、馬鹿な…猫だぞ!?傾城には猫がなる、猫はおやまの生まれ変わり、猫は長者の生まれ変わりなのだぞ!?猫は可愛がるもの、猫は尊ぶもの、これは、この世の摂理であるのだが!?!?あ、ありえないのだが?!
ワナワナと震え、男の目を見つめる。
「患者でないのなら出て行けと言っている。僕の部屋が毛だらけになるのはごめんだ。診察室を不潔にする医者など医者ではない」
言っている意味はよく分からないが、本気で私を邪険に扱っているのだけは分かる。体中に電撃が走った気分だ。あの殺菌女でさえ、私の体を乾かし終えた後は、頬を緩めて撫でるというのに…!?
こんな態度を取られたのは、猫生初めてだ。あまりのことに意識が宇宙まで飛んでいきそうである。ありえない、ありえない、
「ありえないのだ…」
「…………………は?」
停止した思考で、入ってきた扉に向かい足を進めた。尻尾がへたる。耳が縮こまる。あぁ、屈辱である…いや、これは悲しいと言うべきなのか?悲しいという感情など、一体いつぶりであろうか…。
「貴様……………待て、おい。待てと言っている。今、喋ったか?神性も持たないただの猫が、喋ったな?」
後ろで男が何か言っている。だがもう聞きたくない。どうせさっさと出て行けと言っているのだろう。お望み通り出ていってやるさ。グスッ。
「待てと言っているだろう!クソ…!病気か?!病状は?!診せろ!!」
ついに男が怒鳴りだしたのを皮切りに、バッと駆け出す。怒ることないじゃあないか!私は猫なんだぞ!
何故か追いかけてきた男に恐怖しながら廊下を駆ける。すると、前方から朝方私を追いかけ回したエリチャンブレイブの姿が見えた。私を目に留めると、指を指して「あーーー!!!」と叫ぶ。
「やっと見つけたわよ使い魔!さぁ早くパーティに入りなさい!」
ダメだ、こっちではなく別の道に進もう。私は分かれ道をエリチャンブレイブのいない方向に足を進めようとした。が。
「えぇ!かぼちゃの被り物、取ってしまったの?」
「え?えぇ、慈悲深くもオジマンディアス様が。あなた達だったのですか?いけませんよ、無理やりしては…」
「でも、可愛かったもん」
「ネコさん、どこに行っちゃったんでしょう…」
こっちもダメだ、踵を返すと、曲がり角からさっきの男が駆けて来るのが見える。
な、なんだと!?進む道全てに障害があるではないか!あたふたと足踏みをしている間にも、奴らはこちらに近づいてきている。このままでは全員と鉢合わせになるだろう、それだけはまずい。
「ハッピーハロウィン!いらっしゃい!仮装してる子には、特別にキャンディを配ってるよー」
チビ共と褐色女の通路の方で、そんな声が聞こえた。思い出して見渡せば、今日はハロウィンとかいうトンチキな行事の最中であった。普段とは違う見慣れぬ格好の人間共がウロウロしているではないか。
一か八かだが、紛れるしかあるまい。少々魔力は使ってしまうが、奴らのうち誰にも捕まる気はないのだ。
真横を通った人間の影に隠れる。そのまま数名が壁になるよう移動しつつ、頃合を見て、私は姿を変えた。
「使い魔〜!…あれ?」
キョロキョロと辺りを見回す。先程たしかに目視した小さい影が見当たらない。エリザベートはサイズの危ういビキニアーマーを揺らして、はぁ、とため息をついた。
「エリザベートさん、どうしましたか?」
「ジャンヌオルタサンタリリィ……」
がっくしと廊下の真ん中で肩を落としているエリザベートに、仮装を思い思いに楽しんでいるナーサリーライムとジャック、ジャンヌオルタサンタリリィが不思議そうに首を傾げた。
「使い魔にしようとした猫がすばしっこいのよ。もう全然捕まらないの。はぁ、使い魔持ちの剣士ってテクニカルな感じでカッコイイと思ったのに。もうフォウでもいいかしら」
「猫?その猫、ここに居たのですか?」
ずい、とニトクリスが前のめりになる。エリザベートが「ええ、たしかにこの目で見たもの」と頷いた。
「逃がしてはなりません!あの不敬猫、恐れ多くもオジマンディアス様の指を舐めて…。説教です!そ、それが終わったら、ちょっとくらい頭をですね」
「クソ!見失った!」
息を切らしたアスクレピオスが苛立たしげに舌打ちをした。キョロキョロと辺りを見るも、追っていた人語を喋る猫は見当たらなかった。
「どこだ…どこにいる…僕が必ず治してみせるぞ…」
人だかりが少し引いているのも気にせず、アスクレピオスはずんずんと廊下を進んでいくのだった。
「や、少年。カッコイイ仮装だね。和風テイストってやつかな?はい、キャンディどうぞ」
「頂こう」
差し出されたカラフルな飴を受け取り口へ入れる。コロコロと転がせば、どぎつい見た目とは裏腹に優しいカボチャの味がする。
どうやら自分の姿は今日に限り、目立ったものでは無いらしい。飴をくれた赤毛の女に礼を言い、作家共の部屋にでも逃げるかと足早に立ち去った。
「うーん、あんなサーヴァントいたっけなぁ」
今しがた飴を手渡した和装の少年の顔を思い浮かべながら、ブーディカは目をつぶって考えていた。仮装かと思ったのだが、魔力を感じたし、纏う雰囲気は酒呑童子や茨木童子に似たような感じがしたのだ。
「あら、いつも見てるではありませんか?」
不意に横から声がして、へ?と驚く。いつも見ていると言われたが、ブーディカには全く見当がつかなかった。
「玉藻ちゃん、それ本当?」
「ま、気持ちが分からないこともないですけどね。過去とかなかったことにして、私もかわいーだけの狐になっちゃおうかな」
コン、と手で狐を作ってひと鳴きすると、玉藻の前は行ってしまった。後に残されたブーディカは、ただただはてなマークを浮かべていた。