確かに俺は医療スタッフだけど、いつから彼の助手になったのか分からない。医薬品の整理をしていた俺に「仕事だ助手。来い」と言って、アスクレピオスは混乱して固まったままの俺を引きずり自身の工房へ放り込んだ。
もう見慣れた彼の自室には、不気味な紫色の煙を吹き出しながら、小鍋の中の液体がぶくぶく煮えたぎっていた。煮詰めたカラメルみたいに粘度のあるその液体を震える指でさして、製作者であるアスクレピオスに問う。
「あの、…先生、これはなんでしょうか…」
「試作品の媚薬だが。ちなみに依頼主は匿名希望だ」
「び」
何作っとんだこの人!しかも医療と関係がない!一体何故そんな依頼を受けたのだろうか。絶句して見つめれば、アスクレピオスは眉根を寄せて睨んできた。
「勘違いするなよ。サーヴァント共の愛だの恋だのに僕は関心などないからな。ただ、コレを作成するのと引き換えに、前々から欲しかった素材を提供してもらうのが目的だ。金も貰えるしな」
目的のためなら割とこういった物に協力を惜しまないのがこの人の怖いところだ。俺はひきつった顔でいやいや、と首を振る。
「何してるんですか先生…ていうか、え、俺は何をすればいいんですか」
「決まっているだろう。被検体だ」
「え゙っ」
時が止まったままの俺に、アスクレピオスは涼しい顔で火を止め謎の液体をスポイトですくっている。
「安心しろ、毒はない。それだけは保証する」
「他も保証しましょう!?」
「効能が立証できればいい。分かれば直ぐに解毒してやる」
「解毒って言ったよね今!?」
「煩いぞ、静かにしろ」
扱いが酷すぎる。俺は喋るネズミかなんかか。それでも、アスクレピオスがその目で俺をじっと見つめれば、情けないことに俺は言われた通りにただ口を噤んで大人しくするほか無い。
座れと言われ椅子に座った。俺の気持ちなど露も知らず、アスクレピオスはカチャカチャと煮詰めていた液体と透明な粘ついた液体を混ぜて「うん」と頷いた。
「よし、いいだろう。おい、舌を出せ」
「え、えっと…ひゃい…」
「垂らすぞ。…2、3摘くらいか」
口を開けて突き出した舌の上に、ぽたぽたとスポイトで液体が垂らされた。物凄く甘いようで、垂らされた部分の舌がビリビリする。
このまま飲み込んでいいのか。分からず舌を突き出したままアスクレピオスを見上げると、顎の下を親指で押された。
「さっさと口を閉じろアホ面」
あんまりだ。なんで大人しく実験体になっているのに罵倒されなきゃいけないんだろう。若干涙目でやけくそ気味に飲み込む。もうどうにでもなれ。
やっぱり液体は物凄く甘かった。喉が焼けるように熱をもってひりつく。手渡されたコップの水を全て飲みほしても、胃の中が煮詰めたジャムを流し込まれたように甘くて気持ち悪い。
「どうだ、変化は?」
「まだ…胃が甘くて気持ち悪いです」
「お前は甘いのが好きだろう」
何故かムッとしていた。そう言われてもこの甘さは好きとか嫌いとか以前の問題だと思う。
「まぁいい、味はどうとでもなる。…即効性にしたからな、そろそろ何かないと困るぞ」
「困るぞと言われ、ましても、」
そうこう言っているうちに、本当に効果が出てきてしまったようだ。呼吸が荒い。吐き出す息は熱いし、恥ずかしいことに下半身も落ち着かない。そわそわとしだした俺に、アスクレピオスは途端に上機嫌になりだした。
「成功だな」
よかったよかった。じゃあ早くなんとかしてくれと解毒剤を待つも、目の前の男はカルテを書き続け一向に動こうとしない。慌てて俺は「あ、のっ」と声をかけた。
「なんだ」
「薬っ!解毒、剤は?」
「は?まだ症状を全て見れていないだろ」
「え、えええ、ええ」
話が違うじゃん!と叫びたかったが、どんどん熱は上がり呼吸も途切れ途切れになって苦しい。そんな俺を観察しながら、アスクレピオスは「ふむふむ」と書く手を止めない。鬼畜。
「はぁ、は、はっ、はっ、はっ、」
これ普通に人体に悪影響を及ぼすだろ…項垂れた俺は口から溢れ出てしまった唾液が床にこぼれるのが見えて(ヤバい!)と顔を上げた。案の定、眉間に皺を寄せられていた。
「貴様…僕の工房の床を汚すな」
「ご、めんなさい」
いや元はと言えばアンタが悪いだろ!と言えるような元気がない俺は、大人しく身を縮めて謝った。これ以上唾液を零さないように必死で流れ出る分をその都度飲み込もうとするも、上手く息を吸えなくなって過呼吸になってしまう。
「ゲホ、ぐ、ぅ、んぅ、は、」
「…」
ぐいっと顎を持たれ上を向かせられる。肩で息する俺とは正反対に、アスクレピオスは涼しい顔だ。けど、もう手にカルテもペンも持っていない。
もしかして解毒剤、貰える?と期待していたら、何故かアスクレピオスの端正な顔が近づいてくる。まつ毛、長いな…と熱でぼんやりした頭で考えていると、口が何かで塞がった。
驚いて目を見張る。アスクレピオスにキスをされている。訳が分からず彼の服の袖を握ると、右手で耳をなぞられた。
「ん、んぅ、」
ゾクゾクして仕方がない。つ、と指先で上になぞられると、薬のせいで下半身が簡単に熱を持った。
これ以上はヤバい。けど角度を変えて何度も口を塞がられるせいで声も出せない。力の入らない手では袖を引っ張るので精一杯だ。
5分ほどそんな状態が続いて、完全に意識が朦朧としてきた頃、ようやくアスクレピオスは口を離した。俺はなだれ込むように前のめりに倒れ、アスクレピオスの胸にしがみつくしかない。
荒い息で何度も深呼吸する。酸素を吸えるって素晴らしい。
「顔を上げろ名前」
耳元で名前を呼ばれ、肩が跳ねた。触られた訳でもないのに、今までで1番体が熱くなる。恐る恐るしがみついたまま顔を上げれば、また口を塞がれた。
「ん、ふ、…?」
舌が口内に入ってきたかと思うと、口に何か小さく硬いモノが押し込まれた。なんだこれ?と戸惑っていると、目の前で水を口に含んだアスクレピオスに、また口を重ねられた。
今度は水を流し込まれ、先程のモノが喉を通り胃に落ちていく。
ちゅ、と音を立てて離した自身の口元を、アスクレピオスは医療用の抗菌ガーゼに消毒スプレーをかけて拭き取った。オイ、バイ菌か?俺は。
「今のは解毒剤だ。変化は?」
「え?…あ、なんか、だんだんスっとしてきた…」
呼吸のリズムも徐々に元に戻ってきた。体の奥の方はまだ熱いが、重かった体が楽になっていく。
「よし、成功だ。あとはこれを濃縮して…」
何事も無かったかのように、ぶつくさと己の作業に没頭し始めたアスクレピオスにポカンとしてしまう。え?さっきのは一体なんだったの?
「え、あの、先生?」
「オイ、実験は終わりだ。次はこれを改良する。さっさと準備に入れ助手」
そう言ってテキパキと器具の準備を始めてしまった。これはもう人の話など聞く耳を持たないモードになってしまっていると諦めた俺は、椅子から立とうとした、が、足に力が入らずよろめいてしまった。
「うぁっ」
べしゃ、と顔面を打つ覚悟をしていたのに、衝撃はいつまでたっても来ない。不思議に思い顔をあげると、目の前には先程も近くにあった綺麗な顔。
さっきのことを思い出し顔に熱が一気にのぼっていく。媚薬は抜けたはずなのに、湯気が出るほど熱いし。
「す、すみません」
謝って腕から抜け出そうと動くと、がっしり掴まれて身動きがとれなかった。
「ああ、そうか。内服していない状態でも、どうなるのかを確認し比較しなければ意味が無いな」
「へ」
今なにか、すごく不吉な言葉が聞こえたのだが。
「いやすごい効果でしたよ大丈夫ですよもう物凄かったですからハイ!」
身振り手振りで必死に主張するも、目の前の男はシラっとした顔で見てくるだけだった。なんでだ。
「チッ…」
「え?って、ちょっと、な、なんでベッド行くんですか!」
何故か舌打ちをされて引きずられて行く俺の叫びは、誰にも届くことはなかった。