それじゃ、と挨拶をしてジャンヌオルタの部屋を後にする。今日は一昨日オススメした少女漫画の感想を話してくれたのだが、好みに合っていたようで安心した。頬を上気させて、あのコマの描き込みが〜!あそこの展開が〜!と話すジャンヌオルタが楽しそうでよかったが、評価の仕方が若干、読み手というより編集者っぽくて面白い。俺はそういった細々とした所に気がつけるような人間ではないので、「色んな褒め方ができて、ジャンヌオルタの感想は聞いていて楽しいな」と素直に思ったことを口にしたら「そういうとこよアンタ」と何故か呆れられてしまった。
廊下に出ると、サーヴァントが1人、ジャンヌオルタの部屋の目の前で、壁に寄りかかり立っていた。特徴的な黒い神父服に真っ赤なマントを羽織った彼は、部屋から出てきた俺と目が合うと「あぁ」と言って、口元に笑みをたたえ近づいてくる。
緊張して動けずにいる俺に「そんなに警戒なさらなくても」と笑いかけてくれたが、もしかしなくても出待ちをされていたのかと自然に警戒の色が出てしまう。
「はじめまして。天草四郎と言います」
「はじめまして…名字、名前です…」
丁寧に名乗られたので名乗り返した。なぜだか釣られてフルネームだ。「えぇ、もちろん知っていますよ」と言う天草に首を捻る。今はじめましてと言われた通り、初見な筈だが。
「ジャンヌオルタが話していましたからね。今私がここにいるのも、彼女に関係していますから」
やっぱり出待ちされていた。別にサーヴァント達と全く話さない訳では無いし、幾人かとは顔見知りになったりもする。特に最近は以前にも増してそれが多くなったようにも思うが、基本俺は平凡な一般スタッフで、どうにも彼らのような歴史の偉人、はたまた神様に相対するのは気後れするのだ。当たり前の話だが。
俺が口に出さずとも何故?という顔をしていたのだろう。天草は「いえね、何も取って食おうだなんてことではないですから、安心してください」と言って言葉を続けた。
「そうですね…率直に聞きましょう。ジャンヌオルタと何を話しているんですか?」
「何って…」
今さっきまでは紳士同盟クロスについて熱く語られていましたけど…とは言えなかった。一応、他のサーヴァント達には言いたくないからと彼女に頼まれて始まったことなのだ。ペラペラ口外してしまっては面目ない。
「その、約束で…。ジャンヌオルタの為に、秘密にしてあげたいんだけど…」
「ふむ、そうですか。では深入りはやめましょう」
天草はこちらが拍子抜けするほどあっさりと引き下がってくれた。だが、天草から立ち去る様子は見られない。
「多くの微小特異点に、聖杯が関係しているのはご存知ですよね」
突然話を変えた天草が、真っ直ぐな瞳で語りだした。なんだ?何の話だろうか。
「まぁ、そう…だよな。大抵は、サーヴァント達が聖杯を見つけたことが始まりだったりするし…」
「えぇ。そして、その始まりは、決してレイシフト先だけの話ではないでしょう?」
そう言われれば、異変が始まる前にはカルデアにも何らかの変化は生じていることが多い。俺が記憶を思い起こしているうちにも、天草の話は続く。
「例えば、謎のサンタクロース。例えば、甘い甘いバレンタイン。例えば、突然の水着バカンス…そしてこれは本当に例えばの話。あるサーヴァントとスタッフさんの、突然の密会、とか」
「み、密会て」
そんな言い方をされるようなことは決してしていない。…していないぞ。
「違うって、本当に話をしてるだけですから」
「おや、そんなに真っ赤になって弁解されると、逆効果ですよ」
この男、言葉は丁寧だが全く容赦がない。ムッとして睨み返すが、「まぁ、本当に違ったみたいですが」とサラリと受け流される。
「なんてね、ちょっと気になっただけです。彼女、ああいった性格なので、スタッフの方と親しくしていると聞いた時に、貴方が何か大変な目に合ってるのかと思ったんですけど…。杞憂だったみたいですね。安心しましたよ」
今度こそ呆気にとられてしまった。じゃあ、もしかして、俺を心配して扉の前で待っていてくれたのか?
「では」と赤いマントを翻し、今度こそ立ち去ってしまう天草に向かって「あの、ありがとう、ございます。本当に、大丈夫なんです。すいません」と慌てて声をかける。
クルッと振り向いた彼のピアスが揺れる。聖職者ってピアスいいのだろうか、そういうの意外と関係ないのかな。
「いえいえ。今回は違いましたけど、もし何か異変を感じたら、私に声をかけてください。聖杯は大変貴重な魔力リソースですので、私からマスターに伝えておきましょう」
「は、はぁ」
どうしてだろう。多分、いい人には違いないんだろうけど、コイツにだけは聖杯を渡してはいけない、と何故だか脳が警鐘を鳴らしている。本当に何故かは分からないが。
俺が返事をしたのに満足したのか、ニコリと笑って今度こそ行ってしまった。
「………はぁ」
なんだかどっと疲れた。緊張が解けて、無意識に力を入れていた肩を降ろす。なんかお腹すいたな。…食堂行こう。
「…………………………」
その背後を、ユラユラと揺らめく炎のような影が見つめていた。ジャンヌオルタとスタッフとのやり取りは別段警戒するに値ない事だと男は早々に掴んでいたが、天草が何やら思案顔でいたため、念の為に後をつけていたのだ。
「フン」
全く油断ならない。あれやこれやと言っていたが結局伝えたかったのは最後のだろう。だが心配していたというのも嘘偽りのない天草の行動なので、そこがなんとも言えないところだった。
(それでこその天草四郎なのだが)
本当に人騒がせな連中だと肩を竦める。とぼとぼと食堂の方へ向かうスタッフの男の背中をしばらく眺めて、アヴェンジャーはまたカルデアの景色に姿を霞ませるのだった。