ヤングモリアーティと男主
数学が好きだと言う俺のサーヴァントは、天文学者だった祖父の研究室が気に入ってそこを部屋にし生活している。壁という壁一面に古びた英字のポスターが貼られている印字の匂いが染み付いた部屋には、唯一の空白として大きな黒板が取り付けられている壁がある。これでなくてはダメだと生前何度も聞かされたお気に入りのメーカーのチョークがダンボールに大量の在庫で余っていたのを、彼は「分かるなぁ」と1ケースつまみ出して頷いていた。
数学は別に好きという訳でもない俺は、部屋に入る度黒板に埋め尽くされている計算式の意味を1つも理解出来たことがない。書かれている数式が毎回変わっているのは分かるが、正直どれもこれも違いが分からない。黒板の前で首を捻る俺にモリアーティは必ず一言は説明してくれるのだが、毎度毎度理解出来た試しがなく「分かりません」という顔で黙って見つめ返すのに、肩を竦めるだけで結局次も解説をしてくれる彼は実は凄く良い奴なのかもしれない。
歳も同じだし、学生なんだから、そんなに勉強が好きならお前も学校に通っちゃえばいいのにと提案したら「マスターの通う学校のレベルではねぇ」と言われた。首をひねって別に俺と一緒のとは言ってないけど、と返すとしばらくフリーズして、その後1時間口を聞いてくれなかった事がある。難しい。何がそんなに怒るポイントだったんだろうか。友達にも聞いてみたが、「お前ほんとそういうところだから」と言われてしまった。どういうところなんだろうか。難しい。数式ぐらい難しい。
彼が、祖父の部屋の古めかしいロッキングチェアに座り足を組んで祖父の学術書を読んでいた事がある。適当にゆらゆらと揺れながら、薄い唇をおそらく無意識に少しひらいて顎に手を添えページをめくる姿は正に祖父そのもので、思わず「爺ちゃんとそっくり」と言った時の彼の表情を例えるなら、祖母と喧嘩した翌日砂糖をまるまる抜かれたレモンパイをおやつに出された時の祖父そっくりだったのだが、流石にそれは言うのをやめた。しかもそれ以降、何故かロッキングチェアを警戒して座らなくなってしまった。残念だ。
「そんなに爺ちゃんに似てるのは嫌なのか」
「いや、そういう訳じゃない…、けど、ノーコメントだ」
だ、そうだ。

小難しい教材をぺらぺらと捲り、こっちを見ない。彼のテーブルの前には積み重なった本と暗号のような文字列の書かれた紙。俺の前には何も無い。さっきまで友人からの連絡に返信をしていたが飽きてしまい、ほっぽり出したスマホを片手でつつきながらその真剣な顔を眺めるしかやる事が無くなってしまった。
本人は少し気にしているようだが、目が綺麗だと思う。均整なパーツが揃っている顔面に、目立つ灰色がかった髪。祖父の髪色に近い色だ。小さい頃、書斎で図面を一心不乱に描く祖父を見るのが好きだった。彼を見ていると、それを思い出す。
多分、これも言ったらまた怒られるのだが。

「……見すぎではないかね。気が散る」
「あぁ、ごめん」

しっしっとネコを追い払うような仕草で注意をされてしまった。謝りはしたが、暇なのでそのままぼーっとしていると、大きなため息と共に本を閉じる音がした。眉間に皺を寄せたモリアーティと目が合う。
「何かな。用があるなら済ませてしまいたいんだが」
「暇だからゲームしようと思って」
「しない。ほら、これで用は済んだろう」
「これ。古いテーブルゲームなんだけど」
「君は本当に人の話を聞かないな!…なんだい、これ」
机の下から燭台に似た形の枝分かれした大きな天秤を取り出し、幾つもある球状のパーツを並べると、モリアーティは少し興味を示したのかそのうちの1つを手に取り眺めだした。
「ユニバースバースっていう、爺ちゃんが作ったボードゲーム」
「ふぅん。……………どう遊ぶんだい?」
「この天秤に交互に球を配置していって、完全な平衡にして太陽系を目指す」
「へぇ…ふぅん………これ、ただの球じゃないよね?」
「原理は知らないけど、袋に入れてシャッフルすると球の総重量がランダムにバラけて毎回gが変わるんだ」
「ほぉ………で、この枝分かれした天秤に吊るしていくわけだね?位置も変えられるのかい?」
「位置変えか球の配置で1ターン使う。相手の配置した物を変えるのには制約があって……」
「ふんふん」




────2時間後。




「よォし!僕の勝ち!!!」
「負けた〜」

「ふん、どうだマスター!だがまぁ、なかなかやるじゃないか、見直したよ。…………………… …………あぁ!!」
「どうした?」
「また乗せられて遊んでるぞ、私!!!」
「楽しかった。じゃ寝るねおやすみ」
「本当に君そういうところだぞ!あ〜もう……はいはい、おやすみ」
彼は俺の事をどう思っているかは知らないが、俺は多分、このサーヴァントのことをかなり気に入っている。別れがいつになるのかは分からない。でもそれまではこうして、彼と遊べればまぁ、いいかな。