加州清光
静かな夕方だった。薄いオレンジ色の入道雲が塀の上を覆っていた。少しだけ吹く風はぬるくて、額からつたう汗を乾かすには物足りない。指で汗をすくい、縁側の砂利にぱらっと撒いた。落ちた雫は小さな影になったが、ものの数分で跡形もなく消えているだろう。
「人の姿は好きだけどさぁ、汗とかでるのは嫌」
清光は隣でそうボヤいた。横目に彼を見れば、切れ長の赤い目は丁寧に磨かれた彼の中指の爪にぼぅっと焦点をあてていた。親指から人差し指までにはムラなく綺麗に紅が塗られている。
「塗らないのか?」
左手にハケを構えたまま中指を見つめてる清光の頬につたった汗を、さっきと同じように指ですくって地面に落とした。赤い瞳は彼の爪からこちらにゆっくり焦点を変えた。
「真ん中だけさぁ、色変えてみたら可愛くない?」
「可愛いよ」
「ぜったい考えて言ってないじゃん…」
拗ねてしまった。自分としては清光が何をしていても可愛いと思うのだが、そういうことではなかったらしい。いや分かっていたが。可愛い?と聞かれたら彼には反射で可愛いと答えてしまう。
清光はまた爪に集中し直していた。ムッと眉を寄せ器用に紅を塗り始めている。
「色変えないんだ?」
「どっちにしろ今持ってないし」
てきとうに返事されるしー、と続けられた。正直センス的な話をされると困ってしまう。短刀達が塗り絵をしていたので混ざってやったことがあるのだが、その時の薬研からの評価は「うーん大将、目が痛くなる配色だが、強そうで俺はいいと思うぜ」との事だった。アニキ、優しいな…。
清光は左手を動かしながら「だめじゃん」と笑った。中指の爪はムラなく綺麗に赤色だ。
「そーじゃなくて、主がさ、キレーって思うか、思わないかって話。センスとかはいーの」
薬指の爪にハケを移動させて、清光はこちらを見ずに言った。夕日が彼の頬を照らして、汗がさっき通った彼の肌の上を同じ道筋でつたう。
「可愛いよ」
「ちょっと、会話して」
今度は考えた上で率直に答えたのだがダメだったようだ。
「ちゃんと考えて言ったんですが…」
「うそ。主のばかー」
組んでいた脚を解き、隣に座る俺のふくらはぎを足の甲でぺしぺし蹴ってきた。塗り終えたばかりの爪に息を数回吹きかけている清光の頬の汗を、またすくって落とした。
「可愛いね」
「…………」
バシッとさっきより強めに叩かれたが、赤い顔でこっちを睨んでいる清光はやっぱり可愛かった。